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3-3-8 帝国の黄昏

皇帝ルキウスは玉座から静かに命じた。


「ロキスヴェイン、任せる」


ロキスヴェインはその声を受け、迷いなく一歩前に出る。

そしてゆっくりと手を掲げると、支配された兵たちに向けて炎の魔法を放った。


紅蓮の炎が空気を裂き、一直線に兵たちへと奔る。

しかし──その炎は彼らに触れる寸前で、まるで見えない壁に阻まれたかのように霧散した。


火の粉だけが虚しく宙に散り、兵たちは何事もなかったかのようにその場に立ち尽くしている。


その瞬間、ロキスヴェインの視線が鋭く走る。


炎は自然に消えたのではない。

逆位相の魔法が一瞬だけ重なり、完全に打ち消されていた。


いかなる魔法にも適応する自己最適化──

禁忌に手を染めた者のみが理解できる魔法技術。

その可能性が、瞬時に彼の思考を駆け抜ける。


「まさか……抗魔法ウィルスか……!」


ロキスヴェインが苦々しい表情で吐き捨てる。


「ならば俺がやるしかない!」


ヴォルフガングは鋭く言い放つと、迷いなく剣を抜いた。

鋼の音が広間に響く。


支配された兵たちは皆、狂信的な使命感に満ちた表情で彼を見据えている。

その瞳には迷いも恐れもない。


彼らの先頭には、ナディアが立っていた。


「ヴォルフガング。あなたも帝国の未来を真に案じるなら、私たちと共に戦争を終わらせるべきです」


その言葉は、かつての彼女のものではなかった。


狂気の光を帯びた瞳で見つめるナディアに、ヴォルフガングは短く言い放つ。


「ナディア、お前は……支配されている」


だが彼女は、静かに微笑んだ。


「帝国のためです」


不気味なほど穏やかな声で、同じ言葉を繰り返す。


ヴォルフガングは剣を構え直し、皇帝に向けて低く叫んだ。


「陛下!今のうちにお逃げください!」


ロキスヴェインは迷うことなくマントを広げた。

その黒い布が風のように広がり、皇帝を包み込む。


次の瞬間、二人の姿は空気に溶けるように消えていた。


ヴォルフガングは兵士たちに向き直る。

深く息を吸い込み、そしてゆっくりと吐いた。


覚悟は、すでに決まっていた。


「行くぞ!俺が相手だ!」


ナディアと支配された兵たちは、使命感に燃えた目で一歩一歩彼に近づく。

その歩みは静かで、だが奇妙なほど揃っていた。


誰一人として迷う者はいない。

その眼差しには、ただ闇の女王への絶対的な忠誠だけが宿っているかのようだった。


「戦争を終わらせるために……」


ナディアが静かに呟く。


すると兵たちは、まるでその言葉に導かれるように動き出した。

次々と位置を変え、やがてヴォルフガングを取り囲んでいく。


ヴォルフガングはその場で剣を構え、決意に満ちた眼差しで彼らを見据えた。


「俺は帝国のために剣を振るう。

そしてお前たちを、ここで止める!」


その言葉と共に、彼は迫り来る兵士たちの群れへと突き進んでいった。


—-


森の高台から、皇帝ルキウスとロキスヴェインは遠くの城下町を眺めていた。


見慣れたはずの町は今、異様な混乱に包まれている。


通りのあちこちで暴動が巻き起こり、兵士も民衆も区別なく目を血走らせている。

そして誰もが同じ言葉を叫んでいた。


「「戦争をやめろ!」」


その叫びは怒号となり、波のように町中へ広がっていく。

人々は抑えきれない衝動に突き動かされるように互いに乱暴を働き、混乱は次々と連鎖していった。


ロキスヴェインは冷静にその光景を見据え、やがてふと口を開いた。


「……きっと闇の女王の仕業でしょう」


彼は腕を組み、町の動きを観察しながら続ける。


「ネズミか蛇にでも魔法を仕込み、城下町全域にばら撒いたのでしょうな」


皇帝ルキウスはその言葉にただ頷き、しばらく黙したまま城下町を見つめていた。


しかしその眼差しには、悲しみも後悔もない。

ただ静かな諦観と共に、すべてを受け入れたような落ち着きがあった。


ロキスヴェインはその横顔を見て、ゆっくりと息を吐く。


そして静かに言った。


「陛下……どうやら、私たちは国を失ったようです」


その報告を受け、ルキウスはようやく口元に薄い笑みを浮かべた。


「お前がそう言うのであれば、どうにもならんのだろうな」


穏やかな言葉だった。


ロキスヴェインはわずかに頭を垂れる。

そして言葉を詰まらせながらも、静かに口を開いた。


「……申し訳ありません、陛下」


するとルキウスは、ゆっくりと頷いた。


「いいさ。お前が力を尽くしたことは分かっている」


そして、穏やかな声で続ける。


「お前に赦しを与えるのは、当然のことだ」


二人はしばらく言葉を交わさず、ただ揺れ動く城下町を見つめていた。


やがてルキウスは静かに踵を返す。

ロキスヴェインもまた、何も言わずその後を追った。


「また、一からやり直しだな」


ルキウスが淡々と呟く。


その言葉を残し、二人は森の奥へと静かに姿を消していった。


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