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3-3-9 北の国から

帝国でクーデターが起き、皇帝ルキウスは姿を消した。

かつて絶対の支配力を誇った帝国は、闇の女王との戦争に敗れ、その国土は混乱と無秩序に覆われていた。


しかしその裏には、闇の女王が暗躍しているという噂が漂う。

次は自分の国も狙われるのではないか──誰もがそう怯えていた。


その噂は帝国よりさらに北の、極寒の地にある小さな街にも届いていた。


雪に覆われた石畳を歩く人々は、互いに顔を見合わせながら、ひそひそと不安そうに話す。

凍える手をこすり合わせ、息を白く吐きながら、通りの商人たちは値段交渉もそこそこに店じまいを急ぐ。煙突から上る薪の煙は、冷たい空気に反射して青白く揺れていた。


「まさか、あの帝国が…」

「闇の女王が動いているらしい。次はここも危ないかもな…」


そんなざわめきの中、氷晶湖で物資を調達していたルナも、街の異様な空気を感じ取っていた。

人々の目が合うたびに、誰もが視線を逸らす。噂がこんな辺境の地まで届いていることに、彼女は少し驚きつつも、買い物を淡々と終えると足早に帰路についた。


氷で滑る道を慎重に歩きながら、彼女は吐く息が白く広がるのを見て、ふと眉をひそめる。

何となく背後を振り返り、静まり返った街路に視線を走らせたが、そこには風に舞う雪しかなかった。

「……気のせいか」

そう小さく呟き、ルナは再び歩き出す。


やがて自分たちの拠点に戻ると、以前より立派に整備された雪の宿泊所が迎えてくれた。氷の壁は白く光り、寒さをしのぐための小さな暖炉や、毛布を敷いた簡易ベッドが整然と並ぶ。


ルナは思わず「随分変わったな……」と苦笑し、肩の力を少し抜いた。冷たい風が吹き荒れる外の世界と比べ、ここには安心感と温かさがあった。


宿泊所の一角では、レイラ、エヴァ、シェリーが待っていた。ルナは駆け寄り、帝国でのクーデターと皇帝逃亡の噂を報告する。三人の表情は緊張と好奇心が入り混じり、彼女たちの間に静かな緊迫感が漂った。


「街の住人たちもみんな不安がっていた。闇の女王が絡んでいるって話もあったな。次はどこが狙われるのやら……」


レイラが深く息をつく。


「……来る時が来てしまったのね。まさか帝国が自滅するなんて」


シェリーは、ふと考え込むように口を開いた。


「もしかして、《双魚の鏡》でも予知できなかったのはそのせいかもしれないわね。これは相手の行動を映すものだから、帝国の崩壊が内側からのクーデターだとしたら……」


レイラは小さく首を振った。


「そんな形の襲撃だったら、私たちは気づくことすらできないのかもしれない」


その言葉の重みを噛みしめるように、一同はしばし黙り込んだ。闇の女王の底知れなさが、静かに胸に沈んでいく。


ルナは重くなりかけた空気を払うように、窓の外へと視線を向けた。


「それにしても、私たちもずいぶんここに居座ってるな。氷晶湖に来てから、もう一か月。竜の影すら見えてこないなんて」


エヴァが少し顔をしかめ、真剣な表情で言う。


「……そうね、何か重要な手がかりを見逃しているかもしれないわ。これほど進展がないのは妙だし」


「サーラが修行中で連絡取れないし、すぐに相談もできないから困るわね」とレイラが続けた。


ふと、ルナがひらめいたように口を開く。

「もしかしたら、まだ見つかっていない水脈があるのかもしれない。その先に、目的の竜がいるんじゃないか?」


シェリーは少し考えながら、「なら、その竜を呼び寄せるには……釣りみたいに餌が必要かも」と言う。


ルナとエヴァは顔を見合わせ、首をかしげる。「竜のエサって……いったい何だろう?」


四人は少し笑いながら、困惑した表情で思案に耽る。

寒さに震えながらも、わずかな温もりと仲間の存在を感じ、息抜きのひとときを味わった。


—-


レイラはエーテルサインを通じてミーナに連絡することにした。


「ミーナ、竜って何を食べるの?」


『アルカンティスのこと?彼なら、野生の鹿や猪、時には家畜の牛や馬を分けてもらってるって言ってたわ。基本は肉食みたいね』


「そっか……」

レイラは小さく息を吐いたものの、すぐに首をひねる。「でも、ここにいる竜は水の中に住んでるし、それが好みかどうかも分からないよね」


シェリーが同意するようにうなずいた。


「それに、竜ってとっても聡明なんでしょう?罠だと気づいたら、簡単には近づかないと思う」


しばし沈黙が流れ、皆が考え込んだ。


その時、不意にエーテルサインに別の声が割り込んだ。応答していたのは、修行中のサーラの代わりに出たシオンだった。


『さっきから話を聞いていたが……』

シオンが少し神妙な声で語り始める。『遠い昔、私の先祖が住んでいた国で、ある神が洞窟に閉じこもり、長い間出てこなくなったことがあったらしい』


「神が?どうやって引き出したの?」

レイラは思わず身を乗り出した。


『面白い話だよ。村人たちは洞窟の外で大きなお祭りを開いたんだ。神が好む音楽と踊りを捧げ、にぎやかに祝ったそうだ。

すると、その楽しげな様子に好奇心を刺激されたのか、神は洞窟から顔を出したらしい。

今でもその国では、神を楽しませて外へ招く祭りが受け継がれているんだ』


シオンの言葉を聞いたメンバーの間に、ふっと希望の色が差し込んだ。


「なるほど、祭りか……使えそうだな」

ルナがぽつりと呟く。「水中の竜も、神みたいに知性が高いなら、楽しそうなものには興味を引かれるかもしれない」


「やってみる価値はありそうだね!」

シェリーが力強くうなずく。


「ただ、どんなお祭りにすれば竜の好奇心を引けるのかしら……」

エヴァが腕を組み、思案顔でつぶやいた。


レイラは目を輝かせ、湖に面した場所を思い浮かべながら言う。


「例えば、光の演出とかどう?夜に魔法で湖の上にきれいな光を浮かべて、竜が思わず見に来たくなるようにするの」


「それいいね!夜の静けさの中で光が揺れてたら、確かに竜も不思議に思って見にくるかも」

シェリーもすぐに賛同した。


「それだけじゃなくて、音楽も必要でしょうね」

エヴァが続ける。「竜がどんな音を好むのかは分からないけど、村で使う楽器をいくつか持ってきて、それを湖に響かせてみたらどうかしら」


『だったら、先祖の国の伝統的な楽器も教えるよ』

シオンが言う。『簡単に作れるものだし、先祖が神に捧げていた音色なんだ。竜にも響くかもしれない。踊りはフィーに教わるといい』


「決まりだ!」

ルナが声を弾ませた。


「準備を整えて、みんなで夜祭りを湖畔で開こう!」


ルナたちは手分けして準備に取り掛かることにした。湖を囲むように配置する魔法の灯り、風に乗って響く楽器の音、そして夜空に広がる光の演出。静かな湖畔に、小さな祭りの準備が少しずつ形になっていく。


すべてが整えば、湖の奥に潜む竜も、きっとその興味を掻き立てられるはずだ。


果たして、水竜が姿を現すのかどうか──

それは、メンバーの計画と、竜の気まぐれにかかっていた。


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