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3-3-5 毒蛇の仮面

闇の女王アーゼラは、冷え切った城の広間に一人佇んでいた。

彼女の眼前には遠隔視の魔法が映し出す光景が広がっている。そこには、自らが放った魔獣たちが解体され、食肉として加工されていく様子が、淡々と映し出されていた。


まるで人間どもが勝利を確信し、無尽蔵に供給される獲物を享受するかのように、彼らは巨大な肉塊を手際よく切り分け、次々と運び出していく。

血と蒸気の混じる作業場の中で、人間たちは恐れも躊躇も見せず、ただ黙々と作業を続けていた。


その光景を見つめながら、アーゼラの胸には強い苛立ちが込み上げていた。

自らが放った闇の獣たちを、まるで「資源」であるかのように扱われるなど、彼女にとっては想像もしなかった屈辱である。


しかも、この屈辱はこれが初めてではなかった。


少し前にも、同じような失望を味わったばかりだった。

彼女が密かに街へ放った「ネズミ」たちは、人間たちの内部から混乱を引き起こすはずだった。しかしその策は、わずか数日のうちに見抜かれ、あっけなく一掃されてしまったのだ。


思わず握りしめた拳が、わずかに震える。

アーゼラの苛立ちはついに限界に達し、彼女は顔に張り付いていた仮面を荒々しく剥ぎ取り、冷たい石の床へと叩きつけた。


乾いた音が城内に響き渡り、仮面は床の上を転がって、やがて静止する。


「我をそんなふうに扱うとは……お前も随分と短気になったものだな、アーゼラよ」


床に転がったまま、その仮面が低く冷たい声で語りかけてきた。

アーゼラはわずかに眉をひそめる。


そもそも、この仮面を外すこと自体が極めて稀だった。長い年月のあいだ、それは彼女の顔に張り付き、常に共にあった。


《毒蛇の仮面》──その真名をテネブローヴァ。

闇の力を宿し、持ち主の魂すら試すと言われる魔法のデバイス。


それこそが、アーゼラの力の源であり、彼女を次元の果てからこの世界へと導いた存在でもあった。


「黙りなさい、テネブローヴァ。私は今、お前の助言を必要としていない」


アーゼラの声は冷え切っていた。

だが、《毒蛇の仮面》は微塵も動じない。むしろ、嘲笑うかのような歪んだ笑みを浮かべているかのような気配すら漂わせていた。


「そうか? それにしては顔が真っ赤じゃないか、アーゼラよ。ロキスヴェインとやらに、少々手を焼いているようだが?」


アーゼラは黙り込み、床に転がる仮面を鋭く睨みつけた。

その言葉が核心を突いていることを、彼女自身が理解していたからだ。


彼女は幾度も転生を繰り返し、数えきれぬ修練と闇の力を積み重ね、ようやく今の地位に辿り着いた。

だがロキスヴェインは違う。


あの男には転生など必要なかった。

たった一度の人生で、天才的な魔法の才覚だけを武器に、この高みに到達している。


その事実こそが、アーゼラの誇りを深く傷つけていた。


「それとも、前世のお前には、その程度の実力しかなかったのか?」


《毒蛇の仮面》の冷たい言葉に、アーゼラは一瞬息を呑んだ。

胸の奥から激しい怒りが湧き上がり、仮面を粉々に砕いてしまいたい衝動すら生まれる。


だが彼女は、その衝動を抑え込むしかなかった。


この仮面に選ばれた者でなければ、闇の力を完全に扱うことはできない。

そのことを、彼女自身が何よりもよく理解していたからだ。


「……私を苛立たせるな、テネブローヴァ。

貴様こそ、私が転生を繰り返して手に入れたこの力を、誰のおかげと思っている?」


「もちろん、我に選ばれたお前が勝者だとも。だからこそ、こうして忠告しているのだ、アーゼラよ」


仮面の声は静かだったが、そこには奇妙な威厳が宿っていた。


「だが、その苛立ちの原因が、生まれながらの才能を持つ者への嫉妬であるならば……それは無意味だ」


その言葉は皮肉のように響いたが、同時に揺るがぬ確信も含んでいた。


この仮面は、何世代にも渡って数多の持ち主を試し、淘汰し、そして最終的にアーゼラを選んだ存在である。

ゆえに力の価値を誰よりも知っているのは、他でもないこの仮面だった。


仮面に選ばれたという事実。

それこそが、アーゼラが他者に勝る唯一の証であり、彼女の誇りでもあった。


「心配するな、アーゼラ。我を手にする者は、いかなる天才にも打ち勝つ運命にあるのだよ」


仮面は囁くように言葉を紡いだ。


「たとえそれが前世の力だろうと、生まれ持った天賦の才だろうと、我を使いこなす者こそが最終的な勝者となる」


その声音には、甘く誘惑めいた響きがあった。

それはゆっくりと、確実にアーゼラの心へと染み込んでいく。


「……では、そのためにはどうすればよい?」


アーゼラは静かに問いかけた。

先ほどまで胸を満たしていた焦燥は、次第に薄れていく。


「答えは簡単だ」


仮面は低く囁いた。


「あのロキスヴェインに見せつけてやるのだ。我が宿した真の力を。

奴がどれほどの天才であろうと、究極の闇の力には抗えないということをな」


その声には揺るぎない自信があった。

その確信に導かれるように、アーゼラの顔にも再び決意が宿る。


「次の手を考えようではないか、アーゼラ。我と共に、奴に後悔の種を植え付ける策を……」


甘美な囁きが城の広間に溶けていく。

その声に導かれるように、アーゼラの瞳に冷たい光が戻っていった。


やがて彼女はゆっくりと仮面を拾い上げ、その冷たく硬い感触を指先で確かめながら、再び顔へと当てる。


「そうだ、アーゼラ。お前には我がいる。

勝利は必ず、我に選ばれし者のもとに……」


その声は、まるで彼女の心を内側から撫でるようだった。

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