3-3-3 魔獣討伐
ロキスヴェインは、魔法燃料採掘場からの報告を静かに待っていた。
通常であれば、採掘された魔法燃料は精製工程を経てから運用に回される。だが今回、彼が出した指示はそれとは異なっていた。精製を行わず、採掘されたままの状態──いわば原液のままで送るよう命じていたのである。
原液の魔法燃料は、精製されたものとは比べものにならぬほど反応が激しい。わずかな火花や魔力の揺らぎでも瞬時に燃え上がり、制御を失えば爆炎となって周囲を呑み込む。採掘場ではその危険性ゆえ、厳重な管理のもとでしか扱われない代物だった。
その性質を誰よりも理解しているはずのロキスヴェインが、あえてその状態での搬送を命じた理由を、周囲の者たちはまったく理解できずにいた。
やがて採掘場からの連絡が届く。
報告を受けたロキスヴェインは、何も言わぬままゆっくりと歩き出し、戦場の一角に設けられた巨大な燃料プールへと向かった。
兵たちは、その場所に近づいた途端、思わず顔をしかめた。
濃厚な刺激臭が、空気の中に重く滞っている。精製されていない魔法燃料が大量に蓄えられている証であった。
巨大なプールには、深く濃い青色の液体が静かに満たされていた。
その表面から立ちのぼる揮発した気体が、周囲の光をかすかに反射し、まるで薄い靄のようにゆらめいている。わずかな揺らぎが、どこか不吉な輝きを帯びていた。
ロキスヴェインはその光景を一瞥すると、兵たちを見回し、静かに魔法の準備を始めた。
彼がゆっくりと指を振るたびに、燃料プールの上空へ複雑な魔法陣が描かれていく。
光の線が空中に刻まれ、幾重にも重なり合いながら、やがて巨大な円環を形作っていった。
やがて魔法陣は淡い光を帯び、静かに脈動し始める。
その神秘的な光景に、兵士たちは思わず息を呑んだ。
だが、次の瞬間──
光がわずかに強まり、プールの液体が、まるで生命を宿したかのようにゆっくりと揺れ始めた。
深い青の表面が、内側から押し上げられるように波打っている。
まるで何かが目覚めようとしているかのようだった。
ちょうどその時である。
ロキスヴェインが術式を発動させる瞬間を見計らっていたかのように、遥か彼方の地平線の向こうから、新たな魔獣の群れが姿を現した。
黒い奔流のような群れが、地を揺らしながら迫ってくる。
無数の魔獣が大地を蹴り、唸り声をあげ、土煙を巻き上げながら一直線に戦場へとなだれ込んできた。
その光景を目にした兵士たちの間に、恐怖のさざ波が走る。
「な、なんて数だ……あんなものに、どうやって立ち向かえって言うんだ!」
一人の兵士が悲鳴のように叫んだ。
その声をきっかけに、隊列のあちこちから動揺の声が漏れ始める。
隊列の端にいた若い兵士が、肩に担いだノコギリを思わず握り直した。
丸太を切るための道具に過ぎない刃が、かすかに震えている。
魔獣の群れを前にして、この刃で何をしろというのか。その疑問だけが、頭の中でぐるぐると回り続けていた。
兵士たちは本能的にじりじりと後退し始めた。
誰もが、この異様な状況から逃げ出したい衝動を必死に押しとどめていた。
そのとき──
ロキスヴェインが鋭い声で、兵士たちを一喝する。
「狼狽えるな!」
その声は、まるで鋼を打ち鳴らしたように鋭く、兵士たちの動きを一瞬で止めた。
誰もが息を呑み、思わずロキスヴェインの姿を見つめる。
彼の眼差しには、冷徹な光と、揺るぎない確信が宿っていた。迫り来る魔獣の群れを見ても、眉一つ動かさない。
むしろ視線を細め、まるで戦場の様子を測るかのように群れを眺めている。
「……八千。いや、九千近いか」
ロキスヴェインは低く呟き、わずかに首を傾けた。
「この程度なら、問題ない」
ゆっくり振り返えると、その視線が兵士たちを一人ずつ射抜く。
そして、ようやく口を開いた
「準備は整った。全員、持ち場を離れるな。私の指示に従え」
その言葉には、兵士たちの恐怖を押し潰すほどの威圧が込められていた。
逃げ出したいという衝動を、力ずくで押さえ込むかのような重さが、その声にはあった。
兵士たちは恐怖と不安に身をすくませながらも、命令に従い持ち場を守る。
その間にも、燃料プールの発光は次第に強まり続けていた。
空中に描かれた魔法陣の光の円環が深い青色を帯び、燃料の液面と共鳴するかのようにゆっくりと脈動している。
戦場には、不気味な静寂が広がっていた。
迫りくる魔獣の群れ。
発光する燃料プール。
その上空で脈動する巨大な魔法陣。
兵士たちは、その異様な光景のただ中で、得体の知れない緊張と、わずかな期待を胸に、次に起こる出来事を待ち続けていた。
ブクマでサーラたちの応援をお願いします!




