3-3-2 ルルヴィナ参戦
ルルヴィナ国王は、帝国から届けられた命令書を前に、深いため息をつきながら頭を抱えていた。
ルキウス皇帝の命により、帝国の魔法最高顧問ロキスヴェインが、直接ルルヴィナ王国に援軍の派遣を要求してきたのである。
王は当初、帝国の要請であれば応じるほかないと考えていた。だが、戦況の詳細を聞くにつれ、その表情は次第に青ざめていった。前線で起きている戦いは、通常の戦争とはまるで性質を異にしていたからである。
「前線では、魔獣の群れが無尽蔵に押し寄せているとか。兵士たちがそんな相手に立ち向かうなど……あまりにも無謀ではないか」
ルルヴィナ王の声には、隠しようのない懸念が滲んでいた。
魔獣や闇の眷属を相手取る戦いは、通常の軍勢では到底太刀打ちできるものではない。
ルルヴィナ王国は山岳地帯に築かれた小国であり、豊富な兵力を誇る国ではなかった。これまで少数精鋭の兵を鍛え上げ、地の利を活かした戦術によって国を守ってきたのである。
しかし近年の戦乱によって兵の数も減り続けており、これ以上の損耗は国家そのものの存続を危うくしかねない。
「ロキスヴェイン様、どうかお考え直しください。このままでは、ルルヴィナの兵士たちが無駄に命を散らすことになります。どうかご理解を……」
王は懇願するように訴えた。
しかし、通信越しに映るロキスヴェインの顔には、わずかな動揺すら浮かばない。
しばし沈黙が流れたのち、ロキスヴェインは静かな声で口を開いた。
「心配には及ばぬ。兵が恐れるのも無理はないが、私が手を打ってある」
そう言うと、彼は淡々と言葉を続けた。
「ただし、兵には二人用のノコギリだけ持たせて出陣させよ」
ルルヴィナ王は思わず目を見開き、怪訝な表情を浮かべた。
「ノコギリ……ですか?魔獣の群れを相手にするというのに、そんな道具で一体何を……」
だがロキスヴェインは、それ以上の説明を与えなかった。
わずかに微笑を浮かべただけで通信を終えると、その姿は魔法モニターから静かに消えた。
理解の及ばぬまま、ルルヴィナ王はしばらく呆然と立ち尽くしていた。
それでも帝国の命令に逆らうことはできない。やがて彼は重い決断を下し、兵士たちに二人用の巨大なノコギリを用意させるよう命じた。
数週間後、ルルヴィナ王のもとには、前線へ向かう準備を整えた二万の兵士が整列していた。
彼らは全員、二人で扱う巨大なノコギリを肩に担いでいる。
その光景は、軍勢というより奇妙な労働隊のようにも見えた。
兵士たちの表情には困惑と不安が浮かび、指揮官たちでさえ、この異様な命令をどう説明すべきか苦慮していた。結局のところ、彼らが兵に告げられたのは、ただ一言──
帝国の命令である、というそれだけだった。
ルルヴィナ王は整列する兵士たちを前に、唇を噛みしめていた。
魔獣の群れと戦うというのに、武器は巨大なノコギリのみ。その指示の意味は、どう考えても理解できない。
「魔獣の群れと戦うというのに……こんな粗末なノコギリを持たせて、一体どうするつもりなのだ」
やがて二万の兵士は、命令どおりノコギリを携え、帝国の前線へ向けて進軍を開始した。
行軍の途上でも、兵士たちの間には戸惑いと不安が広がり続けていた。
彼らが辿り着いた場所は、すでに荒れ果てた戦場であった。
瓦礫と化した町並み、焼け焦げた森、血に染まった大地──そこには激戦の痕跡が、あまりにも生々しく刻まれている。
やがて、兵士たちの到着を見届けるように、前線の奥からロキスヴェインが姿を現した。
整然と並ぶ兵士たちの肩に担がれたノコギリを一望すると、彼は満足そうに小さく頷く。
「よく来てくれた。ご苦労だった」
そう言ってから、ロキスヴェインはゆっくりと戦場を見渡し始めた。
兵士たちは次に何が起こるのかと、不安と期待の入り混じった眼差しで彼を見守っている。しかし彼は、彼らに具体的な指示を与えようとはしない。
ただ、戦場の静寂の中に身を置くかのように、黙したまま立っている。
その様子を、兵士たちは困惑しながら見つめ続けていた。
その頃、遠く離れた王宮でも、ルルヴィナ王が魔法モニターを通じて戦場の様子を見守っていた。
ノコギリを担いだ兵士たちが前線に整列し、ただ静かに立ち尽くしている光景を見て、王の胸にはさらに深い疑念が広がっていく。
「一体、何が始まるというのだ……」
兵士たちもまた、同じ疑問を胸に抱いていた。
ロキスヴェインの表情からその意図を読み取ろうとするが、次に起こることを知る者は誰一人いない。
ただ一つ確かなのは、戦場の向こうから、ゆっくりと闇の気配が迫りつつあるということだけだった。
ロキスヴェインの奇策は、いままさに幕を開けようとしていた。
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