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3-2-16 自己最適化

ネズミ騒動が終息した翌日、厳重に封印された抗魔法ウィルスのサンプルが魔法研究所へ運び込まれた。


ウィルスの危険性を考慮し、搬送には厚い物理隔壁と高度な防護魔法が幾重にも施され、誰一人として直接触れることは許されない。運搬用の容器は密閉されたまま研究室中央の防護台に据えられ、周囲には監視用の魔法式が静かに作動していた。


研究所では、エグバート先生とリアナが即座に検証を開始した。


エグバート先生は魔法学の権威であり、普段は温和な態度を崩さない人物だが、今回は顕微鏡を覗き込みながら険しい表情を浮かべていた。


隣では助手を務めるリアナが、試験器具を手に魔力の反応を慎重に測定している。

彼女も心の奥では、このウィルスが持つ異常な危険性を感じ取り、強い警戒心を抱いていた。


「先生、このウィルス……ただの抗魔法効果だけではないように思います」


リアナが沈んだ声で報告する。


「そのようだな。抗魔法性というのは通常、単純に魔力を無効化するだけのはずだが……これはどうやら違う。まるで生きているように、自分で対策を編み出している」


エグバート先生は顕微鏡から顔を上げ、険しい目つきで封印されたサンプルを見やった。

その目には、長年研究を続けてきた者にしか分からない「異物」への直感が宿っていた。


リアナはさらにデータを集め、解析を進めていく。

すると、ウィルスが持つ予想を超えた性質が次第に明らかになっていった。


それは魔力の流れを常に監視し、一度魔法に接触すると自らの構造を改変する──いわば「自己最適化能力」だった。

魔法による対策を施しても、その魔法を解析し、すぐに無力化してしまうのだ。


「このままでは、どんな魔法も通用しなくなります。戦場でばら撒かれたら、大変なことになります……」


リアナは不安を滲ませながらつぶやいた。


「魔力に依存して成長する生物のようだな。つまり、魔法を使うたびにこいつは強くなるというわけだ。だが、生物である以上、必ず弱点がある」


エグバート先生は腕を組み、しばし考え込む。

その落ち着いた姿に、リアナも次第に冷静さを取り戻しつつあった。


「先生、もしウィルスが自己最適化を始める前に、何らかの魔法を使えれば……」


「その通りだ、リアナ。最適化を発動させずに効果を及ぼせる“抜け道”が鍵になるだろう。しかし、その方法を見つけるには膨大な実験と解析が必要だ。こういう研究は一朝一夕で進むものではない」


リアナは研究ノートを広げ、小さくため息をついた。


「でも、また戦争が始まってしまったら……」


「だからこそ、私たちがその前にやり遂げる必要があるのだ。たとえ時間がかかろうとも、必ず突破口は見つかる」


リアナは先生の言葉に小さく頷き、再びノートを手に取った。

焦燥感を抑えながら、冷静に次の実験手順を確認する。


「次は、ウィルスが最適化を始める直前の魔力の変動を観察します。それを解析できれば、進展が見込めるかもしれません」


「うむ、それでいい。急がず、地道に進めることが重要だ」


エグバート先生も年季の入った書物を取り出し、机の上に広げた。


静寂に包まれた研究室の中央で、ウィルスのサンプルは淡い冷たい光を放ち続けている。

その異様な存在感は、この戦いが簡単には終わらないことを静かに告げているかのようだった。


リアナとエグバート先生は、これから始まる長い戦いを予感しながら、再び実験の準備を整えていく。

抗魔法ウィルスとの戦いは、地道な努力と知識の積み重ねによってのみ突破できる──それを二人は強く理解していた。


「さあ、始めましょう」


リアナが意を決して呟く。


エグバート先生も満足そうに頷き、最初の実験手順を指差した。


「これがどれだけ時間のかかる作業でも構わん。最後には、必ず勝つ方法を見つける。それが私たちの仕事だ」


二人は再び実験に向き合い、静かな闘志を胸に、終わりの見えない研究の道を歩き始めたのだった。


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