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3-2-15 害獣駆除

人々が寝静まった深夜、赤いマフラーをしたネフィリスが街中を疾走していた。

暗がりの路地や裏道を縫うように駆け抜け、足を止めるたび、物陰に潜む気配へ向かって叫ぶ。


「地震が来るぞ!今すぐ逃げろ!

街外れの倉庫に行こう。広いし、食い物もたっぷりある。避難するなら今だ!」


最初は怪しんでいたネズミたちも、揺れぬ声と切迫した気配に恐怖を煽られ、次々と巣穴から姿を現す。


ネフィリスの後を追い、細い路地を抜けるたびに数は増え、やがてわらわらと黒い群れを成した。


街のあちこちから集まったネズミたちは、まるで黒い波のように路面を覆い、押し寄せるように進んでくる。その流れはやがて一つにまとまり、巨大な大群へと膨れ上がっていった。


「ったく、どんだけいるんだよ……」


振り返って見た数に、ネフィリスは心底うんざりする。数百──いや、千を軽く超えているかもしれない。

だが、立ち止まる暇はない。


後ろから、ネズミたちのざわめきが押し寄せる。恐怖と空腹が入り混じった、ざらついた音。

群れは広場を突っ切り、橋を渡り、ただひたすら街外れの倉庫を目指した。


「ご馳走が待ってるぞ!」


その一言で、ネズミたちの足取りは一気に速くなる。


倉庫の扉が見えた。大きく開け放たれている。


「ここだ!」


ネフィリスが倉庫へと駆け込むと、大群も雪崩れ込むように中へ押し寄せた。


備蓄されたパンやチーズ、果物に我先にと飛びつき、ネズミたちは甲高い鳴き声を上げながら食い散らかし始める。

倉庫は瞬く間に、騒然とした熱気と獣臭に満たされた。


その時だった。

倉庫の扉が、外側から重く閉じられる。


扉の向こうで、ヴァシリーが冷却魔法を発動させる。

霧状の冷気が倉庫全体に行き渡り、空気が一瞬で凍りつくように冷え切った。


「さあ、氷の宴の始まりだ」


その言葉と同時に、ネズミたちは次々と動きを止めていく。逃げ出そうとした者も、冷気に触れた瞬間、足を強張らせ、そのままバタリと倒れた。


倉庫全体が白い霜に覆われ、先ほどまでの喧騒が嘘のように消え去る。


やがて、完全な静寂が訪れた。


しばらくして、倉庫の隙間から小さなネズミが一匹、よろよろと這い出してくる。


その首には、例の赤いマフラーが巻かれていた。


ライザの足元まで来たところで、ネズミはそのまま崩れ落ちた。


「……もう限界だ」


かすれた声が漏れる。


「お疲れ様。うまくいったわね」


ライザは微笑み、そう声をかける。


やがて──

ネズミの瞳から、ふっと光が消えた。


その瞬間。

少し離れた暗がりで伏せていた黒猫の体が、ぴくりと痙攣する。


ネフィリスだった。


意識が、ゆっくりと広がっていく。


さっきまで感じていた、あの窮屈な世界が、まるで薄い膜のように剥がれ落ちていく。


低すぎる視点。ぼやけた嗅覚。鈍い神経。

まともに処理の回らない、狭くて頼りない感覚。


それらすべてが一瞬で遠ざかり、代わりに猫の体の感覚が戻ってきた。


ネフィリスはゆっくりと体を起こした。


「……はぁ……」


深く息を吐く。


尻尾が床に落ち、力なく揺れた。

しばらく何も言わず、ただ呼吸を整える。


その様子をじっと見ていたライザが肩をすくめる。


「途中で魔法薬の効果が切れると思ってたわ」


ネフィリスはライザを力無く見上げる。


「同感だ。魔法AIを、こんな低スペックの体に押し込むなんて……普通やらない」


再びネズミを見る。


「処理能力、最低。感覚器もほぼ使い物にならない。演算回路もろくに回らない」


尻尾が不満そうに揺れた。


「人間で言えば、研究所の演算装置を……

古い計算盤で動かすようなもんだ」


ライザがくすりと笑う。


「例えが極端ね」


「極端じゃない。割とマジで」


ネフィリスは小さく舌打ちした。


「ネズミの脳で、僕の処理を回してたんだぞ。途中で落ちるかと思った」


「よく成功したものだわ」


「ふふん……まあね」


ネフィリスはしなやかに尻尾を揺らしながら、じっとライザを睨みつけた。


「でも、二度とやらないからな。覚えておけよ」


足元に転がる、まだ息のあるネズミ──ついさっきまで、自分が使っていた体を一瞥し、前足で強く踏みつける。


「……そっちも、ご苦労さんだったな」


忌々しそうに吐き捨てると、何事もなかったかのように背を向ける。


ネズミたちは一匹残らず凍りつき、倉庫の中は白い霜に覆われていた。


だが、ヴァシリーの表情は晴れなかった。冷気の余韻が漂う扉を見つめながら、低く呟く。


「……で、これをどうする?」


その言葉に、ライザもすぐには答えなかった。

倉庫の中では、何千というネズミが氷の中に閉じ込められている。抗魔法ウィルスを宿したまま、完全に停止した状態で。


「このまま永久凍結するしかないわね」


ライザは静かに言った。


「もし解ければ、また動き出す可能性がある。下手に焼却したり砕いたりすれば、ウィルスが拡散する危険もあるわ」


ヴァシリーは眉間を押さえ、苦い顔をする。


「つまり……ここはこのまま封鎖か」


「ええ」


ライザは倉庫の重い扉を見つめた。


「街を救うためには、氷の中に危険を閉じ込めておくしかない。

未来への負の遺産になるかもしれないわね」


しばらく、誰も言葉を発しなかった。

冷え切った夜気の中で、凍った倉庫だけが重苦しく沈黙している。


やがてライザは小さく息を吐き、言葉を続けた。


「でも、このまま放置するわけじゃない。

魔法研究所に報告するわ。抗魔法ウィルスの検体として管理してもらう」


「エグバートのところか」


「ええ。解析が進めば、いずれ完全に無力化する方法が見つかるかもしれない。

そうなれば、ここに眠っているネズミも本当に終わらせられる」


ヴァシリーは腕を組み、しばらく倉庫を見つめていたが、やがて小さく頷いた。


「……それしかないな」


ネフィリスはその様子を見ながら、退屈そうに尻尾を揺らす。


「そうそう。危ない仕事は猫にやらせて、面倒な研究は学者様に押しつけるのが、賢い生き方さ」


皮肉たっぷりに言い残し、ひとつ大きく伸びをすると、闇に溶け込むようにして、ゆっくりとその場を離れていった。


倉庫は封鎖され、冷気の中に眠るネズミの群れが再び目を覚ますことはない。


街は再び、深い静寂の中に包まれていく。


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