3-2-8 天頂の浮遊群峰
浮遊群峰が眼前に広がる頃、サーラたちは魔法の馬車を降りた。
「ここからは空路で行くわ。セレナ、バルーンを。シオン、籠をお願い」
指示が飛ぶと同時に、セレナが両手を掲げる。
風が渦を巻き、薄布のような魔力が幾重にも重なって、巨大な球体の輪郭を編み上げていく。圧縮された空気が内側で安定し、淡い光を帯びたバルーンが空に浮かび上がった。
一方でシオンは地面に魔法陣を展開し、強化木材と金属枠を瞬時に組み上げる。槍の石突で固定具を打ち込み、揺れに耐える頑丈な籠を形にした。
最後にサーラが二つを結び、風の流れを整える。
やがて、大きな気球が静かに浮かび上がった。
空へと連なる岩山は陽光を受けて淡く輝き、その幻想的な光景に、パーティーの面々は思わず息をのむ。
胸は弾んでいる。だが同時に、この空域が決して穏やかではないことも理解していた。目的地へ向かうには、この気球だけが頼りだった。
「さて、いよいよだね」
フィーが軽く剣の柄を叩きながら笑う。
「浮遊群峰なんて、普通じゃなかなか行けない場所だよ。こういうの、冒険って感じがする!」
「油断は禁物よ、フィー」
セレナは風の流れを読み取りながら、慎重に高度を調整している。
「このあたりは天気が急変することが多いの。上空ほど風が乱れるわ」
「まぁまぁ、そんなに構えなくても」
フィーは飄々と肩をすくめる。
「君こそ、戦闘以外も少しは役に立てよな」
槍を背負ったシオンが静かに釘を刺す。
「はは、何言ってんの?いざってときは私に任せなって!」
軽口を交わしながらも、気球はゆっくりと高度を上げていく。
やがて雲が厚みを増し、風が次第に強さを帯び始めた。帆が大きく膨らみ、軋む音を立てる。サーラとセレナは視線を交わし、同時に魔法を重ねて気流を制御した。だが上昇するほどに空気は荒れ、気球は大きく揺れながら危うく旋回する。
セレナの予感は当たっていた。
雲間を縫うように進むたび、突風が横殴りに吹きつける。帆が激しく打ち鳴らされ、籠は傾き、足場が不安定に揺れる。魔法で均衡を保ってはいるが、気を抜けば簡単に体勢を崩しかねない緊張が続いていた。
「思った以上に荒れてきたね……」
サーラが前方の空を睨む。
「私たちなら大丈夫です」
シオンが力強く頷き、槍の柄を握りしめた。
「何が起きても全員守ります、姫」
浮遊する岩山が周囲に散在し、進路は複雑に入り組んでいる。セレナが風の操作で軌道を微調整し、サーラが操縦を補佐する。わずかな判断の遅れが激突を招きかねない状況で、彼女たちは息を合わせて空を進んだ。
──その時、耳元でエーテルサインが鋭く震えた。
『サーラ!』
通信越しにシェリーの焦った声が響く。
『急いで!危険が近づいてる!』
「それって、どんな予知──」
問い返すより早く、空が轟音とともに裂けた。
閃光が視界を白く染め、雷が気球を直撃する。衝撃で籠が大きく揺さぶられ、身体が浮き上がった。
「しっかり掴まって!」
サーラが叫び、即座にバルーンへ強化魔法を施す。しかし暴風と雷撃の衝撃は制御を超え、気球は不安定に傾きながら高度を失い始めた。
「着陸場所を探せ!」
シオンが鋭く指示を飛ばす。セレナが風を操り、落下速度を少しでも殺そうとする。
「準備はいいか!」
フィーが双剣を抜き放ち、笑みを浮かべる。
「落ちるなら派手に行こうよ!」
派手な音とともに岩肌に激突し、籠は跳ねるように転がってようやく止まった。バルーンは裂け、骨組みは軋んでいる。気球はもはや使い物にならない。
だが──
「みんな、怪我は?」
サーラが息を整えながら周囲を確認する。
「私は平気です」
シオンが槍を担ぎ直す。
「ですが、この場所……何か気配を感じます」
彼女の言葉と同時に、空気が重く沈んだ。
『来るわよ!』
シェリーの警告が再び響く。
『天竜が卵を守ってるの!逃げて!』
岩陰から、巨大な影がゆっくりと姿を現した。
深緑の鱗が雷光を反射し、鋭い双眸が一行を射抜く。翼を広げた姿はまさに天を支配する覇者。しかしその瞳に宿るのは、侵入者を排除せんとする本能的な怒りだった。
「うわっ……!」
フィーが思わず後退する。
「どう見ても戦っちゃダメなやつでしょ、これ!」
「やるか……!」
シオンが一歩前へ出る。
「ダメ!」
サーラが即座に制止する。
「勝ち目はない。とにかく逃げるよ!」
「承知」
雷のブレスが岩を砕き、地面を焼き焦がす。轟音と衝撃が背を追い立てる。サーラは防御魔法で直撃を防ぎながら、必死に退路を確保する。
「こっちよ!」
セレナが風で瓦礫を払い、道を作る。シオンとフィーが先頭に立ち、岩場を縫うように駆ける。
「走って!」
怒りの咆哮が背後から迫る。だが巨体ゆえに、天竜は岩場での細かな機動に欠けていた。彼女たちは隙を突き、ようやく岩陰へと身を潜める。
「ふぅ……間に合った……」
サーラは荒い息を整えながら背を預ける。
「死ぬかと思った……」
フィーが笑いながら双剣を鞘に収める。
「空から落ちた直後にこれって、サービス精神旺盛すぎない?」
「お前、楽しんでないか?」
シオンが呆れた視線を向ける。
「いやいや、こういうのが冒険でしょ?」
フィーは悪びれない。
「シェリー、ありがとう」
サーラがエーテルサイン越しに礼を伝えると、安心した声が返る。
『まだ油断しないで。天竜は近くをうろついてる。しばらくその岩陰にいて』
「そうだね。竜が卵を背にしている以上、外側へ回って私たちを内側に引き入れるようなリスクは冒さないはず」
サーラは深く息をつき、静かに思考を巡らせた。
「で、どうするの?さすがにあれを説得するのは無理じゃない?」
セレナが問う。
「卵を守ってるってことは……攻撃そのものが目的じゃないはず。急がずに状況を探ろう」
「姫のおっしゃる通りです」
シオンが頷く。
「次はもっと派手な展開かもね!」
フィーが小声で笑う。
彼女たちは息を整え、岩陰から出る機会を慎重にうかがう。
天竜との対話は、まだその先に待っている。
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