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3-2-6 焦土の大渓谷

焦土の大渓谷にたどり着いたミーナたちは、荒涼とした大地を前に魔法の馬車を止め、しばし言葉を失った。

視界いっぱいに広がるのは、陽炎に揺らぐ赤茶けた岩壁と、乾ききった大地の裂け目。足元には無数の崩れた岩塊が折り重なり、車輪が通れる道などどこにも見当たらない。

砂を含んだ風が低く唸り、峡谷の奥からはかすかな地鳴りが断続的に響いてくる。ここから先は、否応なく徒歩だ。


「湿度がほとんどないわね。汗が蒸発してる。体力の減りが早いから、気をつけて」


ヴァイは周囲を観測しながら、水を口にする。


「うう、暑い……」


エレインが額の汗を拭い、肩を落とす。乾いた熱気が肌を刺すようで、温室育ちの彼女には堪える環境だった。


「大丈夫?無理しないで。休憩したくなったら、すぐ言ってね」


ミーナがそっと手を差し出す。エレインは小さく息を整え、首を振って笑った。


「ありがと。でも、私も足を引っ張りたくないから。ちゃんと歩くわ」


その横でカリナが肩をすくめる。


「辛くなったら、おぶってやるから無理すんなよ。荷物込みでも担いでやる」


軽口に、わずかに空気が和らぐ。


岩場を越えるたび、足元は不安定に揺れた。峡谷の奥から響く低い振動が、足裏を通して伝わってくる。小規模な崩落が起き、細かな岩片がぱらぱらと降り注ぐが、エレインの《白羊の盾》が淡い光を弾かせてそれらを受け止める。

カリナは《金牛の鎧》の重みをものともせず前へ進み、障害となる岩を押しのけて道を作っていった。


「こんなところに、本当に何かいるのかねぇ……」


立ち止まり、カリナが周囲を見回す。乾いた風が吹き抜けるだけで、生き物の気配はない。


そのとき、赤い鱗を輝かせたアルカンティスが上空から舞い降り、ゆるやかに翼をたたんだ。


「その地響きは、ただの地鳴りではない。竜の呼び声だ」


「竜?」


エレインが目を丸くし、ミーナも息をのむ。


アルカンティスは翼を広げ、空を示す。


「近くにいる。空から導こう。ついてこい」


一行は彼に従い、さらに峡谷の奥へと進む。上空を旋回するアルカンティスの影が、乾いた岩肌に長く伸びるたび、切り立った断崖や崩れかけた岩棚の輪郭がいっそう際立った。影は岩壁を滑るように移動し、そのたびに谷の深さと閉塞感が強調される。


やがて視界を塞ぐように、巨大な岩塊が現れた。いびつで不自然な隆起。地形の一部のようでいて、どこか整いすぎている。


「……ただの岩じゃないわ」


ヴァイが足を止める。森で鍛えた射手の目が、起伏の線を追う。


「隆起の角度が揃いすぎてる。自然崩落なら、こんな形にはならない」


ミーナも息を詰めて頷く。


「竜だわ……岩に埋もれて、眠っているのよ」


丘のように見えた背は、土砂と岩に覆われ、完全に地形と同化している。しかし注意深く見れば、わずかに、ほんのわずかに上下していた。


エレインが不安げに呟く。


「こんな大きな竜が……動き出したら、どうするの?」


カリナが肩を鳴らして笑う。


「その時は全力で退却するしかないわね」


ミーナは視線をアルカンティスへ向けた。


「この竜、目を覚まそうとしてるの?」


「そうだ。呼び声は目覚めの兆し。この地鳴りも、その余波だ」


次の瞬間、地面が大きく震えた。丘だと思っていた巨大な塊が、わずかに持ち上がる。岩肌に亀裂が走り、埋もれていた鱗が岩を弾き飛ばす。低い振動が一段と強まり、峡谷全体がうねる。


「おい、まさか……これ全部、あいつの体なのか?」


巨大な輪郭を見上げたカリナの声が裏返る。


ヴァイは無意識に《天蠍の弓》へ手をかけたが、静かに首を振った。


「規模が違う……矢で狩れる相手じゃない」


埋もれていた竜の体がさらに動き、巨木ほどの角が地を割り、長大な尾が砂煙を巻き上げる。轟音が峡谷を満たし、空気そのものが震えた。


「やばい、完全に起きる!」


カリナが叫ぶ。


ミーナは一歩退き、アルカンティスへ叫んだ。


「止められるの!?」


「無理だ。目覚めた以上、止まらない」


巨大な瞼が開く。黄金の瞳が一行を射抜いた。圧倒的な存在感が空間を支配し、竜の呼吸一つが大地の振動となって伝わる。


「はは……どうするんだ、これ?」


カリナが、喉の奥で乾いた笑いを漏らす。


ミーナは一瞬だけ目を閉じ、息を整えた。

そして振り返る。


「とりあえず……逃げるわよ」


誰も異論を挟まない。

次の瞬間、一行は砂煙を上げて走り出した。


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