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3-2-4 氷晶湖の穴

最初に目的地へ到着したのは、レイラ、エヴァ、シェリー、ルナの四人から成るパーティーだった。

魔法の馬車を降りた途端、肌を刺すような冷気が容赦なく吹きつけ、吐いた息は瞬時に白く凍りつく。耳の奥まで凍えさせるような風に包まれ、寒さが苦手なルナは大げさに顔をしかめた。


「ここまで冷えるとはな。なるほど、湖の水もほとんど凍りついてるわけだ」


彼女は周囲一面に広がる白銀の景色を見渡し、腕輪に触れる。


「寒すぎて何もできない。ちょっと待ってろ」


腕輪から淡い光がにじみ出し、やがて四人を包み込むように半透明の防御障壁が形成された。光の膜が風を弾いた瞬間、荒れ狂っていた冷気は和らぎ、刺すような痛みも嘘のように引いていく。バリアの内側では、凍てつく世界と切り離されたかのように空気がわずかに温みを帯びた。


「準備完了だ。少しは落ち着いたな」


ルナが振り返ると、エヴァは軽く肩をすくめて息を吐く。


「助かったわ。寒さで手足の感覚がなくなるところだった」


四人はゆっくりと湖畔へ歩み寄り、分厚い氷に覆われた水面を確かめる。風に削られた雪が氷上を滑り、鈍い光を放っていた。レイラがつま先で氷を蹴ると、乾いた音とともに粉雪がぱらりと散るが、下の氷塊はびくともしない。


「こんなに厚いとはね。これじゃ、何か手を打たないと水にたどり着けないわ」


「私が試してみる」


エヴァは《天秤の鎖》を取り出し、魔力を込めて大きく振るう。唸りを上げた鎖が湖面へ叩きつけられ、衝撃が白い氷を震わせる。しかし生じたのは浅いひびだけで、その奥にある層は揺らぐ気配すらなかった。


「……これは厄介ね。普通の魔法じゃ太刀打ちできなさそう。本気を出せば割れないこともないけれど、水中まで衝撃が伝われば相手に気づかれるかもしれない」


レイラも氷を見つめながら首を傾げる。


「氷の魔法は本当に厄介よ。前に氷の魔法使いと戦ったとき、対策なしじゃ手も足も出なかったのを思い出すわ」


その苦い記憶を振り払うように息を吐き、ふと思い出したように続けた。


「そういえば、サーラに相談したとき面白い方法を教えてもらったの。氷を溶かすには、直接温めるんじゃなくて、水に微細な振動を与えるんだって。“マイクロ波”とか言ってたわ」


「まいくろ……?」


シェリーが不思議そうに首を傾げる。


「細かい理屈はあとで説明するわ」


レイラは《宝瓶の壺》を構え、静かに魔力を練り上げた。壺の口から透明な波動が広がり、氷の表面へ静かに染み込む。その瞬間、目には見えぬ微細振動が水の分子を揺らし、氷の下でじわりと熱が生まれる。


「いくわよ……」


さらに魔力を注ぎ込むと、閉じ込められていた水が急速に加熱され、内側から氷を侵食し始めた。ジュッという音とともに白い蒸気が立ち上り、分厚い層が次第に崩れていく。


やがて氷は大きく裂け、直径数メートルほどの穴がぽっかりと口を開けた。湯気を立てる水面を見下ろしながら、レイラは満足げに微笑む。


「こんな感じでいいでしょ」


ルナは穴の縁に立ち、周囲を慎重に見回した。


「寒さは防げてるけど、外での作業はまだ厳しいな。長丁場になるなら、テントを張って中から準備した方が良さそうだ」


シェリーが静かに水面を覗き込む。湯気の向こう、黒く揺れる水底は深く、どこまでも続いているように見えた。


「でも、こんな寒さの中で生き物なんているのかしら?」


「それを確かめるのが私たちの仕事でしょ」


シェリーは穴の上に手をかざしかけて、ふいに指先を引いた。


「……だめ。なんか、やだ」


湖の冷たさとは違う、と眉を寄せる。

澄んだ水のひやりとした感触ではなく、もっと細くて、内側をなぞるような冷え方。


「ぞわってするの。触ってないのに」


言いながら、胸元の《双魚の鏡》を押さえる。

金属越しに、かすかな震えが伝わる気がした。


レイラも穴を覗き込み、息をひそめる。


「境目、かもしれないわ。何かに開いた穴は、たまにそうなるって……向こう側が近くなるって」


冗談にしては声が低い。

ただの迷信だと、笑って済ませられない空気があった。


風が吹き抜け、蒸気が揺れる。

それだけなのに、穴の縁に立つ足元だけが、ほんの少し頼りなく思えた。


ルナは水面から立ち上る白い湯気をしばらく見つめ、それから静かに口を開いた。


「念のため言っておくが、この水に直接入るのは最後の手段にしよう。

いくらバリアがあっても、極寒の水は別物だ。体温は一気に奪われるし、筋肉が硬直すれば魔力の制御も鈍る。最悪、浮上すらできなくなる」


その声音には、先ほどまでの軽さはない。


「湖面が凍る温度だぞ。水中はさらに冷えているはずだ。

視界も利かないだろうし、万一何かに足を取られたら……救助は難しい」


ルナは穴の縁に膝をつき、水面へそっと手をかざす。

立ち上る蒸気の向こうで、黒い水が静かに揺れている。


「だから、まずは索敵を優先する。

誰も、無理はするな」


その言葉に、三人は小さく頷いた。


エヴァは鎖を軽く鳴らし、氷下の闇を見据える。


「任せて。この鎖があれば、水中に潜らなくてもある程度は探れるわ」


ルナも小さく頷いた。


「じゃあ、準備が整い次第、始めようか」


四人は穴の前でそれぞれの役割を確認し、呼吸を整える。

白い息が重なり、静かな湖面へと溶けていく。


凍てつく氷晶湖は、何事もなかったかのように静まり返っていた。


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