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3-1-3 運命に翻弄され

軟禁生活は、苦痛そのものだった。


ジスは魔法で家の出入りを封じ、アーゼラは閉じ込められたまま日々を過ごすしかなかった。

逃げる術もなく、外の世界に触れることも許されない。


静まり返った室内で、時間だけが粘つくように流れていく。

その閉塞の中で、彼女の心はじわじわと蝕まれていった。


「お前にできることなんて何もないんだ。ここで大人しくしてろ」


ジスは冷たく言い放つ。

だがその一方で、食事を運ぶ時など、ふとした瞬間に優しさを見せることもあった。


「ほら、食え。お前のためだ」


荒っぽい言葉遣いにもかかわらず、その声にはどこか温かさが混じっている。

だからこそ、アーゼラは戸惑った。


拒むべきだと分かっているのに、その小さな優しさにすがりたくなる自分がいる。


「……本当に私のためなの……?」


呟くように自問する。

当然、答えは返ってこない。


それでも彼女は、自分に言い聞かせた。


「これは、私のため……」


自らの誇りを踏みにじられ、無力感に苛まれながらも、彼女はジスの言葉を信じようと努力した。

そうしていなければ、自分という存在が崩れてしまいそうだった。


慣れない生活に疲れ、彼のわずかな優しさに縋るしかなかった自分を情けなく思いながらも、どこかで信じていた。


──彼は、自分を見捨てない。


だが、その希望は無情にも打ち砕かれる。


その日、ジスは珍しく口数が少なく、食事を置く時もアーゼラと目を合わせなかった。


さっさと家を出た彼を見て、アーゼラは自分が彼の機嫌を損ねたのだと思い込んでいた。


彼女は窓の隙間から外を見つめながら、ジスの帰りを健気に待っていた。


突然、玄関の扉が乱暴に開かれ、数人の男たちが踏み込んできた。


「おい、お嬢さん。いい加減お迎えだ」


「な、何?ジスは……どこ?」


思わず名を呼ぶ。

だが男たちは、嘲るように笑った。


「ジス?ああ、アイツか。金だけ受け取ってとっくに消えたよ」


「うそ……そんな……」


言葉の意味が理解できない。

頭が追いつかない。


あれほど「お前のためだ」と言っていた男が、自分を売った──。


その事実が、重い塊となって胸に落ちた。


「いい加減観念しろよ」


容赦なく腕を掴まれ、外へ引きずり出される。

必死にもがくが、相手は訓練を積んだ大人の男だ。


アーゼラの抵抗など、あまりにも無力だった。


彼女はそのまま奴隷商人の馬車に詰め込まれた。


薄暗い車内には、同じように捕らえられた少女たちが何人もいる。

その中で、同じ年頃の黒髪の少女がひときわ強い目をしていた。


「アンタも捕まったの?」


「……そう、みたい」


曖昧に答えるしかない。

ジスを信じた自分の愚かさが、喉に引っかかって言葉にならなかった。


だが少女は、どこか勝気な笑みを浮かべる。


「ここから逃げる方法、考えてるんだ。協力してくれない?」


絶望しか見えていないアーゼラとは対照的に、少女の瞳には確かな光が宿っていた。


一瞬の迷いの後、アーゼラは無言でうなずく。


脱走は夜。

商人たちが油断した隙を狙って実行された。


檻の鍵を盗み出し、扉を開け放つ。

二人は暗闇の中を全速力で駆け出した。


だが逃走は長くは続かない。


怒声が響き、追手が迫る。


「急げ!行けるところまで走るのよ!」


黒髪の少女が手を引く。

必死に走る。


だが数分後、少女の足が石につまずき、転倒した。


「行け!アンタは逃げるんだ!」


痛みに顔を歪めながらも、彼女は立ち上がろうとする。

追手を引きつけるつもりなのだ。


「でも……!」


振り返るアーゼラに、少女は鋭く叫ぶ。


「生き延びて!アタシの分まで!」


それは、決断を迫る最後の言葉だった。


涙をこらえ、アーゼラは一人で走る。

背後から、少女が捕まる声と商人たちの嘲笑が聞こえた。


だが、振り返らない。


振り返れば、足が止まる。


枷のついた手首が食い込み、血の気が引く。

それでも彼女は走り続けた。


月明かりに照らされた森を抜け、街外れに古びた石造りの建物が見えてくる。


「……教団?」


半ば本能に突き動かされるように、扉を押し開けた。


中は静寂に満ち、冷たい空気が体を包む。

崩れかけた祭壇。

古ぼけた魔法陣が刻まれた床。


息も絶え絶えのまま、アーゼラは扉にもたれ、膝をついた。


息も絶え絶えのまま、アーゼラは扉にもたれ、膝をついた。


「……助かった……の?」


答える者はいない。


崩れかけた祭壇も、冷たい石床も、ただ静かに彼女を見下ろしているだけだった。


孤独と疲労、そして後悔が胸を締め付ける。

枷のついた手を見下ろしながら、彼女は震える声で呟いた。


「……私は、これからどうすれば……」


返事はない。

だが同時に、追手の怒声も、鞭の音も、ここには届かない。


その事実だけが、かすかな安堵となって胸に広がる。


冷えた石床に触れた頬が、ひどく心地よく感じられた。

荒く乱れていた呼吸が、少しずつ、少しずつ整っていく。


もう走らなくていい。

いまだけは、追われていない。


そのわずかな緩みが、張りつめていた意識をほどいていく。


視界が揺れ、月明かりが滲む。

まぶたが重い。


抗おうとする気力も、もはや残っていなかった。


アーゼラの身体はゆっくりと横へ傾き、石床に身を預けたまま、ついに意識を手放す。


静まり返った教団の中──


それは敗北ではなく、嵐のただ中で得た、束の間の眠りだった。


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