3-1-15 伝説の火竜
「私は火の竜、アルカンティスだ」
低く澄んだ声が、空気を震わせることなくミーナの頭の内側に直接響いた。洞窟の奥で揺らめく赤光を映し込んだ金色の瞳が、まっすぐに彼女を射抜いている。
ミーナはその視線を受け止めたまま、構えた剣を静かに下ろし、わずかに口元を緩めた。
「ミーナよ。会えて光栄だわ、アルカンティス」
竜はその名乗りに、ほんの一瞬だけ目元を動かした。眉を上げるような、あるいは感情を測りかねたような微細な反応だったが、すぐに重みを帯びた声で続ける。
「……今の姿を見て、伝説にふさわしくないと思っただろう」
「まあ、正直ね」
ミーナは肩をすくめる。その仕草には警戒と同時に、あえて距離を縮めようとする意図も滲んでいた。
「あんた、思ったより小さいわ」
アルカンティスはわずかに目を細め、喉の奥で低い息を鳴らした。だが怒気は長く続かず、やがて観念したように視線を伏せ、自らの過去を語り始める。
「もとは、もっと大きな体だった。ある火山島で悠々と暮らしていた。炎と煙に包まれた島は我が庭のようなものだったが……やがて火山活動が激化し、島そのものが崩れ、海底へと沈んだ」
その情景を思い起こすかのように、竜の声はわずかに遠くなる。
「それだけなら脱出できたかもしれん。だが運が悪かった。噴き上がった溶岩に巻き込まれ、私はその中に閉じ込められた。肉体は焼かれ、やがてマグマと一体化し、動くことも、飛ぶことも叶わなくなった」
ミーナは無意識に息を呑む。想像するだけで皮膚が焼けつくような苦痛が、言葉の裏から滲み出ていた。
「そこで私は決断した。自らを一度、完全に焼き尽くすことを選んだのだ。命を終わらせ、灰と化し、そこから新たな命を起こす。そうするしかなかった」
洞窟の空気が、わずかに熱を帯びたように感じられる。
「再生……」
ミーナは眉をひそめ、竜の小さな体を改めて見つめた。
「それが今の姿ってわけ?」
アルカンティスはゆっくりとうなずく。その動きには、誇りと、わずかな自嘲が混じっていた。
「だが今の私は、まだ子供の姿だ。力も未熟で、あの頃のような業火の息を吐くこともできん。肉体も、魔力も、すべてが途上だ」
その言葉を聞いた瞬間、ミーナの脳裏に先ほどの威嚇が蘇る。洞窟を満たした大仰な宣言と、今語られた事実との落差に、彼女は思わず吹き出した。
「ふふっ……じゃあ、さっきの『焼き尽くしてやる』って脅し、ハッタリだったわけね?」
アルカンティスは視線をわずかに逸らし、尾の先を落ち着きなく揺らす。
「……少し脅しておいた方が、人間は従順になると思っただけだ」
どこかぎこちない言い訳だった。
ミーナは肩を震わせながら笑う。
「なるほどね。でも、そんなハッタリに乗るほど、私は甘くないわよ」
アルカンティスは苦々しげに鼻を鳴らしたが、その表情には先ほどまでの威圧とは違う、年相応の気まずさが浮かんでいる。
やがて短い沈黙ののち、竜は改めて問いかけた。
「それで、お前はどこから来た。外の世界は、今どうなっている?」
その声には、わずかな期待が混じっている。
ミーナは剣の柄に手を置き、少しだけ考え込んでから、軽やかに笑った。
「いろいろ面白いことがあるわよ。空飛ぶ船もあるし、国と国が争いを始めて大変だけど……退屈する暇はないわね」
「空飛ぶ船だと?」
アルカンティスの瞳がはっきりと輝く。先ほどまでの沈痛な影は消え、純粋な好奇心が顔を出した。
「それは本当か?」
「ええ。本当よ。見に行きたいでしょ?」
竜はしばらく沈黙し、内側で何かを測るように尾をゆらりと動かした。
再生したばかりの身で外へ出ることへの不安と、それ以上に勝る未知への渇望が、その小さな体の中でせめぎ合っているのが伝わってくる。
「私が案内してあげる。一緒に外の世界へ行かない?」
ミーナの声は、挑発でも同情でもない。ただ自然な誘いだった。
アルカンティスはやがて首をもたげる。
「……面白そうだな。よし、一緒に行こう」
未知へ向けられた竜のまなざしは、かつて世界に憧れた自分自身を、静かに映しているようだった。
「決まりね!」
ミーナは力強くうなずき、剣を背に戻す。
「さあ、準備しましょう。これからが本番よ」
アルカンティスは不器用に羽を広げ、洞窟の出口へと歩み出す。その姿はまだ幼い。だが歩幅の一つ一つに、確かな熱が宿っている。
ミーナは隣に並び、洞窟の外に広がる空を見上げた。
この先に待つものが何であれ、彼と共に進む道を選んだことに、迷いはなかった。
かくして火の竜と一人の少女の出会いは、やがて語られることになる物語の、最初の火種となった。
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