3-1-12 火山島漂流譚
ミーナは冷たい砂の上で目を覚ました。
朦朧とした意識の奥で、波の音が絶え間なく寄せては返す。
重たい瞼をこじ開け、ゆっくりと身を起こす。
だが、視界のどこにもヴァイやレイラ、カリナの姿はなかった。
「ここは……どこ?」
声は掠れていた。
身体を起こそうとすると、全身が鉛のように重い。
肩や腕に鈍い痛みが残り、嵐の記憶が遅れて蘇る。
それでも歯を食いしばり、立ち上がる。
見渡す限り、荒涼とした無人島。
打ち上げられた流木、裂けた帆布の切れ端。
あの嵐の凄まじさを、無言のまま物語っている。
胸の奥がざわついた。
ミーナは砂浜を歩き、走り、再び戻る。
仲間の名を呼びそうになりながら、喉が詰まる。
だが、誰の姿もない。
瓦礫のそばに残っていたのは、ただ一振り。
手に馴染んだ獅子の剣──ブラゼリオンだけだった。
「……私、何をしているの?」
掠れた声が、潮騒に溶ける。
船を危険に晒したのは、自分だ。
無理に航海へ出ると決めたのも、自分だ。
その事実が、遅れて胸に落ちる。
ミーナは剣を握りしめ、俯く。
「私は、何かを成し遂げたかった。でも……」
喉が詰まる。
「全部、無茶だったのかもしれない」
火山島の伝承を信じた。
疑いきれないまま、仲間を巻き込んだ。
ヴァイも、レイラも、カリナも。
「もし、彼女たちがもう……」
その先を言葉にできない。
胸の奥に、冷たい刃を差し込まれたような痛みが走る。
守るはずだった。導くはずだった。
それなのに。
「……もう、ドラゴン探しなんてやめたほうがいいのかもしれない」
力なく、剣を砂浜に突き立てる。
潮風が髪を乱し、孤独が静かに満ちていく。
波の音だけが、淡々と続いていた。
そのときだった。
ふいにすべての音が遠のき、低い声が落ちた。
「……諦めるのか、ミーナ」
胸の奥を、直接叩かれたような響き。
ミーナは息を呑み、ゆっくりと顔を上げる。
見渡しても、そこにあるのは荒れた浜と、灰色の空だけ。
人影はない。
風に揺れる流木さえ、今は沈黙している。
だが確かに聞こえた。
耳ではなく、もっと深いところに届く声。
孤独の底に沈みかけていた心を、引き戻すような、揺るぎない意思。
視線が、自然と自分の手元へ落ちる。
砂に突き立てられた剣。
濡れた刃に、鈍い光が宿っていた。
それは──彼女の相棒、《獅子の剣》から発せられていた。
嵐に流され、仲間も見えず、
世界から切り離されたと思っていた。
それでも。
彼女はひとりではなかった。
「……ブラゼリオン?」
ミーナは、かすれた声で名を呼ぶ。
「そうだ。ようやく私の声が聞こえたようだな」
静かだが、誇り高い響き。
「お前はここで終わるつもりか?」
「でも……私は皆を危険に晒してしまった」
声は弱い。
「私が無理を言わなければ、こんなことには……」
「確かに、無茶だったのかもしれない」
ブラゼリオンは否定しない。
「だが、失敗を恐れて立ち止まることは、真の敗北だ」
ミーナは黙る。
後悔が胸を満たし、形を変え始める。
「お前が望んでいたのは、ただの冒険ではないはずだ。
ここで立ち止まれば、お前の仲間たちの努力も、無駄になる」
「でも、火山島は……」
言いかけた言葉は、潮風に削がれていく。
「ここがそうだ」
低く、揺るぎのない声が返る。
「ここもまた、火山島だ。
古い地図に載っていないだけの──新しい島だ」
ミーナは息を呑む。
「……本当なの?」
「私が言うのだ。間違いない」
低く、誇り高く。
その声からは、迷いなど微塵も感じられない。
「お前が辿り着いた場所だ。意味がないはずがないだろう」
剣の声は揺るがない。
「この島には何かがある。お前がそれを見つける」
断定。
励ましではない。信頼でもない。確信だ。
世界がミーナのことを裏切ろうとも、剣だけは彼女を信じているのだ。
その確信が、じわりとミーナの胸に火を灯す。
一瞬だけ、視線が砂へ落ちる。
仲間の名が胸をかすめる。
ミーナは大きく息を吐いた。
「……わかった。やってみる」
そして、迷いを振り払うように言い切る。
「ここで諦めるくらいなら、最初から旅になんて出なければよかったんだ」
その声に、もう揺らぎはない。
ブラゼリオンは満足げに「そうこなくては」と応じ、再び沈黙した。
潮風が背を押す。
ミーナは島の奥へ続く獣道を見据え、一歩を踏み出す。
「みんなを見つけて、竜を探し出す。そして、必ず帰る」
一度決めた道を、途中で放り出すつもりはない。失敗も後悔も抱えたまま、最後まで行く。
それだけだ。
ミーナは剣を抜き、肩に担ぐ。振り返らない。
荒れた砂浜を踏みしめ、未知の島の奥へと歩き出す。
足取りに迷いはない。
たとえ独りであっても、進むと決めたのは自分だ。
その背は、もう沈んではいなかった。
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