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瀬戸内の海で、俺は人魚姫に恋をした  作者: 陽七 葵


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第九話 お好み焼き

 嫌われたかもしれないと思うと、どうにか挽回しようと思うのが人間だ。しかし、何も思いつかない俺は、貢ぎ物を増やすことしか思いつかなかった。


 とはいえ、おやつばかり持って行くのも変わり映えしない。物にしようにも、持って帰れないと言われそうだ。そこで、今回持って行くことにしたのは、定番の『お好み焼き』。海の幸しか食さないと聞いたので、もしかしたら、ノアはお好み焼きすら食べたことがないのかもしれない。


 故に、今日は普段より少し早めに家を出て、近所のお好み焼き屋を訪れている。

 

 のれんをくぐり、ガラガラッと扉を開く音を立てながら、小ぢんまりとした店の中に入る。


「はい、いらっしゃい」


 まだ開店して間もないからか、客の姿はなく、店主が箸を箸立てに入れていた。


「えっと、持ち帰り、お願い出来ますか?」

「良いよ。何にする?」


 聞かれたので、チラリと壁に掛かっているメニューを一瞥するが、注文するものはいつも決まっている。


「肉玉そば二つ……えっと、やっぱ一つで、お願いします」


 二つ頼んで、もしもノアが来なかった時が悲し過ぎる。それに、一つをシェアする方が、デートっぽい気がする。


「トッピングは、何かつけるかい?」

「あー、トッピング……」


 再び、壁に掛かっているメニューに目をやる。次は、一通りきちんと眺める。


 チーズにキムチ、イカ、エビ、海鮮ミックス、納豆、もちチーズなんてものもある。


「じゃあ……」


 ノアの好き嫌いが分からないので、普段から食べているであろう海鮮系が無難だろうと思い、イカを頼もうとした。が、思いとどまった。


 ノアが海の幸しか食べない理由。それは、憶測ではあるが、人魚になりきっているからだろう。だから、レモンも食べたことがないし、おやつなんてもってのほかだった。


 ということは、つまり、同じ場所で暮らしている生き物を食べるのは、本当は心苦しかったりするのかもしれない。


「チーズ、トッピングで」

「了解。少し待っててね」


 そう言って、店主は大きな鉄板の前のカウンター席に、お冷やを一つ置いた。俺は、そこに座って店内を眺める。


 カウンター席の上の方には、ぐるりと店内を一周しそうな勢いで、有名人のサインが並んでいる。そこには、俺でも知っているカープの選手のサインもあった。


(へぇ。野間(のま)も、この店に来たことあるんじゃ)


 自分の知っている名前があると、知り合いでも何でもないのに、不思議と親近感が湧いてくるのは何故なのか。


 鉄板の上に油が敷かれ、ジュウジュウと芳ばしい匂いが漂う。


 次に、二つほどある座敷の横に目をやると、本棚があり、主に少年マンガが並んでいる。興味はあるが、今は我慢。読んでも、途中で帰ることになって、続きが気になるだけだ。


 キンキンに冷えているであろうビールやコーラ、オレンジジュースの入ったショーケースを通って、俺の視線は鉄板に戻ってきた。


 お好み焼きの生地が一枚、薄く伸ばされる。削り粉だろうか、ラーメン屋に行けば胡椒が入っていそうな容器の穴から、パラパラと茶色の粉が生地に降りかかる。千切りキャベツが山のように盛られ、天かす、青ネギ、もやしも乗ったら、最後に豚バラ肉が三枚敷かれた。その横では、そばに水がかけられ、蒸発する音が心地良い。


(せっかくなら、これもノアさんと一緒に見たいんじゃけどなぁ)


 食べるだけでなく、この行程も一緒に楽しめたらと、つい欲が出てしまう。しかし、昨日失態を犯してしまっているので、無茶は禁物だ。


 そんなことを考えながら、ぽぉッと眺めていると、あっという間に一枚のお好み焼きが完成した。


「はい。チーズトッピングで、九百三十円ね」

「じゃあ、千円からで」

「あいよ」


 お金を出しながら、レジの横にある大きな鍋が目に映る。

 この大きな鍋の中は、しみしみのおでんが入っている。ここに家族で食べに来る時は、大抵待ち時間に食べているのだが、これまた絶品で、ノアに食べさせたい衝動に駆られてしまう。


(お好み焼きで十分じゃ。別のもんも添えると、お好み焼きに対する感動が減るじゃろうし、我慢我慢……そもそも、おでんって、持ち帰り出来るか知らんし)


 自問自答しながら、お会計を済ませた俺は、いつものように海に向かった――。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇


「暑……」


 海辺に着いた俺は、少し……いや、随分と後悔している。


「こんなクソ暑いのに、お好み焼き、腐らんじゃろうか」


 日中に比べるとマシだが、優に三十度は超えている暑さ。保冷バックと保冷剤は持ってきているが、それは、柚子ジュースを入れるためのもの。故に、お好み焼きは入りそうにないサイズだ。


 幸いなことと言えば、昨日徹底的にノアと海の掃除をしたおかげか、はたまた、今日の海水浴に来る者のマナーが良かったからか、一望しても、海辺にゴミはほぼ見当たらない。


 俺は、ノアが現れるまでの間、ここよりも涼しい場所に移動することにした。


 とはいえ、移動すると言っても、自転車を少し漕いだ所にある岩石海岸だ。開けたビーチよりも岩場が沢山あり、陰がある。体感的には良くわからないが、少しだけ涼しいような気がする。実際は、気温を測っているわけではないので、知らないが……。


 早速移動した俺は、人の少ないそこに、保冷バックとお好み焼きが入った袋をさげて下りた。

 

 磯場に行き、中を覗き込む。澄んだ水の中には、小魚が泳ぎ、小さな黒いカニが、岩を伝うように歩いている。


「わ、カニじゃ。翔、見てみ……」


 テンション高めに声をかけようとして、翔がいなかったことに気が付いた。


 最近は、めっきり磯遊びもしなくなったが、幼い頃は、父親と翔と三人で、ここにも遊びに来ていたのだ。その時の感覚で、思わず話しかけそうになった。


 再び水面を眺めていると、そこに陰がさし、小魚がサッと逃げるように散った。陰の正体が何となく分かった俺は、胸の高鳴りを隠すように立ち上がる。そして、ニヤつく顔を何とか引き結びながら振り返れば、案の定、真っ白いワンピースを着たノアの姿がそこにあった。


「ノアさん」


 嬉しさと、また会えたことで酷く安堵する。


「涼君。今日は、あっちじゃないんだね。どうかした?」


 首を傾げるノアは、いつもと変わらないように見える。

 つまりは、昨日からずっと悩んでいたことは、ただの杞憂に過ぎなかったということだ。


「少しでも涼しい方が良いかと思って」

「…………?」

「ノアさんこそ、今日は早いんじゃね。てか、俺の居場所、良く分かったね」


 普段会うのは、今から約三十分後。その頃にビーチに戻ろうと考えていたのだが、運良くここでノアに会えたことに運命を感じる。


「はは、たまたま涼君の声が聞こえて」

「え!? 俺、独りごと言っとった!? 恥ずいんじゃけど」


 可能性は大いにあるので、それを聞かれていたことに羞恥を覚える。


 俺は、誤魔化すように持っているお好み焼きを持ち上げて見せた。


「た、たちまち、これ食べてしまお。このクソ暑い中ずっと置いといたら、痛みそうじゃし」

「それは?」

「開けてからのお楽しみ」


 もったいぶる代物でもないが、それを持って辺りを見渡した。


「あっちの堤防の方、行ってみよ」


 俺たちは、誰もいない堤防に向かって、足場の悪い岩場をゆっくりと移動した。

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