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瀬戸内の海で、俺は人魚姫に恋をした  作者: 陽七 葵


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第八話 日本酒風呂

 笑顔で別れた俺とノアだが、帰路につく途中、後悔ばかりが押し寄せてきた。俺は、余計なことを言ってしまったのではないか……と。だから、帰宅早々、俺は翔の部屋に――――入れなかった。


「兄ちゃん。お風呂、入って」

「……はい」


 回れ右して、俺は風呂場に向かった。


 スイッチが入ってからというもの、翔は俺に懐いて優しいのだが、こういうところは、ちゃっかりしている。

 ゴミ拾いをして来た俺は……というより、暑い夏の日に外で汗をかき、且つ潮風に当たった俺は、相当汚い。そんな俺を神聖な部屋には入れたくないらしい。


 とはいえ、汗さえ流せば部屋に入れてくれるのだ。さっさと入ってしまおう。


 脱衣場で手早く服を脱ぎ、浴室に入った俺は、早速シャワーを浴びる。


「あー、風呂キャンしたいわぁ。じゃけど、気持ち良い……」


 汗は流したいが、早く翔に相談したい。ノアとの別れ際の一連の流れについて。

 ノアは笑顔で『またね』と言ってくれたが、本心はどう思っているのか。第三者からの目線で意見が欲しい。というのは建前で、明日も胸を弾ませながら、普通に会いに行けるよう、俺の発言は間違いではなかったと言ってもらいたい。


 相談相手が弟というのも悲しいが、一番状況を知っているのが翔だ。一から説明する手間も省ける。


 髪と体、全身を洗い流した後、湯船には浸からず出ようとすれば、母が脱衣場から声をかけてきた。


「涼ちゃん。今日の入浴剤、良いやつじゃけぇ。ちゃんと浸かってね」


 何故、湯船に浸からず出ようとしたことがバレたのか。


(どっかに、監視カメラでも……)


 天井から壁、そして床をキョロキョロと見渡す。


(んな訳ないか)


 自分の考えと行動に呆れながら、俺は柔らかな白色の湯船にちゃぽんと手を入れ、温度を確かめる。ぬるくなったそこに、豪快にザブンと肩まで入った。


 気持ちは良いが、これは何の入浴剤だろうか。パウダリーな香りがする。


 風呂場の隅に置かれた小さなゴミ箱に目を向けると、そこには、一つの入浴剤の空袋が入っていた。


「えっと……広島純米酒、うるおいバスタイム……この間、友達とご飯に行った時に買ったって言っとったやつじゃろうか」


 先日、母がご当地入浴剤というものを購入した。

 京都の伏見、兵庫の灘と並んで〝日本三大酒どころ〟に数えられている広島の西条(さいじょう)。標高二百五十〜三百メートルの高原盆地のそこは、冬場の寒冷な気候風土と酒造りに適した地下水が汲み上げられる酒づくりの理想郷。


 そんな良質なお酒が造られている場所で売っている入浴剤が、この『広島純米酒 うるおいバスタイム』。お酒の成分が配合され、美肌効果・うるおい効果が期待できる日本酒風呂が気軽に楽しめるらしい。


「これで俺もモチ肌になって、ノアさんに……うう、これも話のネタに使えそうじゃけど、果たして、俺は明日、会えるんじゃろか……」


 明日からノアは現れないのでは、と言う不安の方が強くなってきた。俺は、この不安を流すため、ぶくぶくぶくと沈んで行くように頭まで潜った――。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇


 そして、悩み相談した結果。

 翔からの鋭い指摘で、俺のガラスのハートは、砕け散りつつある。

 

「ガチの厨二病に、厨二病って言ったら、怒るに決まっとるじゃろ。それ、絶対怒っとるけん。兄ちゃん、アホじゃろ」

「うぅ……やっぱり? 俺は、どうしたら……」

「必死に謝るしかないじゃろうね。じゃけど、連絡の入れすぎは逆効果じゃけん、『さっきは、ごめん』くらいにしときんさい」


 アドバイスをくれるのは嬉しいが、俺は、そもそもノアの連絡先を知らない。

 ベッドの上で脚を組んで座る翔に、膝を三角に折って仔犬のような目で見上げてみる。


「は? もしかして、連絡先知らんとか言わんよね?」

「…………」

「マジ?」


 俺は、小さく頷いた。

 翔は、大きな溜め息を吐いた。


「だって、聞いても携帯持ってないとか言われて」

「は? 持ってないわけないじゃん。それ、そもそも脈ないわ。諦めんさい」

「俺もそう思ったんよ。じゃけど……」

「じゃけどじゃないし。仮に、明日も会えたとして、それって、ただ単に遊ばれとるだけじゃろ。まぁ、遊ばれとる相手を怒らせたんじゃけぇ、もう二度と会ってくれん可能性の方が高いじゃろいけど。心の傷が深くなる前で良かったと思うことじゃね」


 捲し立てるように正論を言われ、返す言葉もない。


「俺、明日から海行くのやめるわ……」


 しょんぼりと俯いていると、翔が立ち上がって俺の前に来た。そして、その場に跪き、肩を優しく叩いてきた。


「兄ちゃん。失恋した時こそ、アレに限るよ」

「アレは……今は、お休みしたい気分かなぁ」


 翔のアレとは、言わずもがな『けん玉』だ。

 確かに無心にはなれそうだが、逆に、ノアが楽しそうにけん玉をする様が脳裏に焼きついているので、涙が出そうだ。


「けん玉、また持って来てって言われたのにな……」


 はぁ……と、溜め息を吐けば、目の前にいる翔の顔付きが一変した。それはもう、真剣そのもの。


「その子、何歳なん?」

「え、何歳なんじゃろ。大学生くらい……かな。背は、俺と変わらんくらいじゃけど」

「へぇ、歳上か」

「翔……? もしかして、ノアさんのこと好きに?」

「なにアホなこと言いよん。僕は恋愛には興味ないって言いよるじゃろ」


 翔は俺から離れて、何やら机の上の資料を手渡してきた。


「これは……」

「けん玉に興味を持つ人に、悪い人はおらん」

「けど、さっき遊ばれとるって。てか、これっていけんじゃろ」

 

 翔が渡してきたのは、翔の入会している『けん玉協会』の概要云々が書いてあるパンフレットだった。

 まさかとは思うが、翔はノアを勧誘する気だ。


「けん玉に興味があって、且つ厨二病じゃろ? 一番適しとるじゃん」

「意味が分からんのじゃけど」

「これじゃけん兄ちゃんは、分かっとらんね。厨二病は、思い込みが激しくて、更には、のめり込みが凄いんよ。人魚のコスプレも、完成度が高かったんじゃろ?」


 初めて会った時のノアの人魚姿を思い出し、深く頷いた。


「あれは、人魚にしか見えんかった。けど、俺は、もう明日から行かんけぇ」

「んじゃ、僕一人で行くわ」


 変なところに闘志を燃やしている翔は、本気で行きそうだ。これは、ノアに迷惑がかかること間違いなし。更に、嫌われる一途を辿りそうな予感しかしない。


「やっぱ、俺、明日行ってくる」

「それなら、僕も」

「あ、翔は、焼けるの嫌いじゃろ? 会えたら、これ一応渡しとくけぇ、付いて()んで良いけんね」


 俺は、翔の発言を遮り、早口で言ってから部屋を出た――。


 自室に戻った俺は、ベッドにゴロンと横になって、ゴンザレスに話しかけた。


「相談相手、やっぱ間違っとったわ」


 俺は、『そんなの気にせず、会いに行ったら?』と背中を押して欲しかっただけだ。諦めるにしても、『最後に一回行ってみるとかしてから諦めたら?』と、最終的に一回は会いに行けと後押しされたかった。そこで、ノアの反応を見てこいと、言われたかったのだ。


 それなのに、翔ときたら、素直に思ったまま発言するので、心を抉られ、且つ話が変な方向に行ってしまったではないか。


 言って欲しい言葉が決まっているのに相談した俺が全面的に悪いと言われれば、それまでなのだが……。


 今日は疲れていたのか、責任転嫁しながらも、俺はスベスベになった頬を触りながら眠りについた――。


(あ、晩ごはん……まぁ、いっか)


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