第七話 環境保全もデートのうち
あれから三日、ようやく雨がやんだ。
しかし、ノアとは約束をしていない。
『また、晴れた日にね』
その一言だけ言って別れた。
だから、雨が止んだからといって、今日もいるとは限らない。限らないが、俺は今日もノアに会いにきた。
もしも、ノアが来なくても、俺は海の掃除に来ただけと言い訳出来るように、日課のゴミ拾いもきちんとする予定だ。
「今日は、荒れとるな」
最近はビーチに来る客が放置していったゴミが多かったが、本日は昼過ぎまで雨が降っていたこともあり、海水浴に来た者らのゴミはほぼない。しかし、連日の雨風で打ち上げられたのか、流木を始め、ボロボロの布切れや片方だけの靴などの漂流物が多く見受けられた。
錆びた空き缶を拾いながら、口癖の「たいぎぃ」を呟く。呟きながらも、ノアに会いたくて内心胸が躍りまくっている。それを隠しつつ、俺はせっせとゴミを拾い集めていく。
三十分くらい経った頃、後ろからトンッと背中を叩かれた。
「りょーう君」
「え、わ、ノ、ノアさん!?」
初めての登場の仕方で、酷く驚いた。
いつもは、岩場に座っているところを俺が見つけて声をかける。ノアは、それに対して笑顔で小さく手を振る。それがまさか、テンション高めに後ろから来ると思わなかった。
ゴミ拾いも途中で、心の準備が出来ていなかった俺の心臓はバクバクとうるさい。
「晴れて良かったね」
「そ、そうじゃね。元気じゃった?」
「うん! 涼君は……なんか疲れてる?」
「はは……」
未だに翔から解放されていないことを言っていいものか。いや、翔に興味を持たれて、俺より翔に会ってみたいなんて言われた日には、たまったものではない。やめておこう。
「今日、ゴミ多くて」
ひとまず、ゴミのせいにしておこう。
ノアも砂浜に打ち上げられたプラスチック容器や長靴、クシャクシャになったビニール袋などに目をやった。
その表情は、とても切なく、とても悲しそうだ。
俺もポイ捨てなどは許せないが、ノアも同じくらい……いや、もっと許せないのかもしれない。なんとなく、そんな気がした。
「俺に任せときんさい。ゴミ袋なら、沢山持ってきとるけん」
今日は、ノアとの会話はあまり出来ないかもしれないが、俺がゴミを拾うことで、その顔が曇らないのなら、何時間でも拾う覚悟だ。
「あ、そうじゃ。いつもの所にゴンザレス置いとるけん、遊んであげてや。あと、今日はレモンじゃなくて柚子の……」
言い切る前に、ノアがそこに落ちている潰れた空き缶を拾った。
「私も手伝う」
「じゃけど、綺麗なワンピースが汚れるし」
今日も今日とて、ノアはいつもの真っ白のワンピースだ。
「大丈夫。魔女に……ううん、洗えば良いだけだし」
聞き間違いだろうか。ほんの一瞬、普段の会話では絶対に出てこない単語が聞こえた気がしたような……。
「今、魔女って……言った?」
「え、言ってないよ」
ノアは、珍しく焦った様子で俺の持っている大きなビニール袋に空き缶を入れた。そして、チョコチョコと歩いて、小さなゴミを手に取ろうとしたので、急いで制止した。
「ノアさん。これ、使って」
俺は、ゴミ拾い用のトングをノアに手渡した。
「あ、ありがとう」
「ううん」
格好つけたように親指をグッと立てて、ウィンクしてみる。
「可愛くて綺麗なその手を汚すわけにはいかないからさ」
涼しげな風が、俺とノアの間にサァァッと流れた。
暫しの沈黙の後、俺の顔はみるみる真っ赤になり、ノアはフッと吹き出した。
「ハハハ、涼君格好良いよ」
腹を抱えて笑うノアの目からは、涙まで出ている。
俺も乾いた笑みを浮かべてから、照れを隠すためにノアが拾おうとしていたゴミを軍手越しに拾った。
「あ、これ」
「ん? どうしたの?」
俺は、見覚えのあるプリンのアルミ蓋についた砂を払った。
「神戸プリンの蓋じゃ」
「神戸プリンって、何?」
「知らん? 神戸土産の定番商品」
俺は、海の向こうに目を向けた。
「この海、何処まで続いとるんじゃろか」
このプリンのアルミ蓋が神戸から来たのかは知らない。もしかしたら、誰かがお土産で貰ったもので、この海辺で落として帰ったゴミかもしれない。それでも、この瀬戸内の海は、俺の知らないどこかに繋がっていると思うと、不思議と胸が弾んだ。
「ふふ、涼君って、案外ロマンティックなんだね」
「そ、そうじゃろか」
「うん。それ言う人、大概そうだよ」
「そんなに言う人、おるかね?」
「うん」
俺はそのアルミ蓋をゴミ袋に入れ、次の漂流物に向かって歩いた。ノアも軽快な足取りで付いてくる。
――それから俺たちは、日が暮れるまで、競争するように海の環境保全に努めた。
そして、ただ一緒にゴミ拾いをしているだけなのに、何故か至極幸せな気分になった。
最後にゴミ袋の中身を分別し、トイレの横のスペースに置いた。
ちなみに、回収したゴミは、ここに置いて帰ることになっている。一般人が置いて帰ることは禁止になっているが、俺は特別。だって、俺の出したゴミではないから。俺が自転車で家まで持って帰っていることを知った役場の人が、ここに置いて帰るように言ってくれたのだ。
余談はさて置き、俺は手を洗ってノアに向き直った。
「今日は、ありがとう」
「ううん、こちらこそ。すっかり暗くなっちゃったね」
「柚子のジュース、持って帰る? お菓子もあるけど」
「それは、明日食べよ」
つまり、明日も会えるということだ。
(よっしゃぁぁぁぁぁあ!!!!)
心の中でガッツポーズを作り、表面上は余裕そうな顔を見せる。
「じゃ、また明日」
「うん。またね」
ノアが手を振って去ろうとしたが、ふと気になって呼び止めた。
「あ、待って」
「ん?」
振り向いて立ち止まるノア。呼び止めたのは良いが、こんなことを本人に直接聞いて嫌われないだろうか。
「あ、いや。なんでもない」
「えー、気になるじゃん」
「いや、ほんま、なんでもないけん」
「む、気になって眠れない。言って」
ムッと頬を膨らますノアに、俺は控えめに言った。
「いや、さっき、魔女とか言いよったじゃん?」
ノアの肩がぴくっと震えた。膨らましていたその顔も緊張した面持ちに変わる。
「言ってない……よ」
「隠したいのは分かるけど、俺の前では、嘘吐かんで良いっていうか。なんとなく知っとったし」
「涼君……」
月明りで海が煌めく横で、俺はノアと見つめ合った。
二人の間に緊張が走る。
「実はね、私……」
「厨二病、こじらせた感じなんじゃろ?」
「……は?」
ノアは、ポカンと口を開けている。
やはり、本人に言うなんて、デリカシーの欠片も無かった。しかし、覆水盆に返らず。
「いや、ほんま、こんなこと本人に言うの間違っとると思うけど、人魚のコスプレしたり、魔女とか言ったりさ」
「コスプレ……」
「じゃけど、俺、そういうのも含めて、ノアさんが良いっていうか、もっと知りたいというか」
「涼君、私……」
「と、とにかく、そのままで全然良いけん。引いたりせんけぇさ、思ったこととか、隠さず何でも言って!」
早口で言ったせいか、未だにノアは唖然とした様子だ。しかし、すぐにその顔は笑顔に変わる。
「涼君、ありがとう。またね」
ノアは、今度こそ手を振って、その場を後にした――。




