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瀬戸内の海で、俺は人魚姫に恋をした  作者: 陽七 葵


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第六話 海のゆりかご

 けん玉も何だかんだ楽しんでもらえ、俺は連日ノアを楽しませることには成功している。

 しかし、暫くの間、ノアに会うことが出来ない。それは、フラれたからでは決してない。今日から数日間は、あいにくの雨模様なのだ。


 さすがの俺も、雨の日に会いたいとは言えなかった。

 それに、たまには会わない日がないと飽きられる可能性も出てくる。時に引くことも大事だ。


「じゃけど、これは、いつまでせんといけんのん……」

「いつまでって、兄ちゃんも五段欲しいじゃろ?」

「いや、別に……」


 翔による、けん玉特訓は昨日帰ってからも行われ、案の定、今朝起きてからもずっと続いている。


「そろそろ、夏休みの宿題したいなぁ」


 心にもないことを言ってみる。すると、翔は突っ込むどころか、にこやかに返してきた。


「じゃあ、飛行機が成功したら、一緒にしよっか」

「一緒に……てか、飛行機、まだ一回も成功してないんじゃけど」


 ――それから一時間後に、俺は奇跡的に飛行機という技に成功した。

 時間もちょうど昼時になったので、昼食を挟んでから翔の部屋で宿題をすることになった。


 ◇◇◇◇


 けん玉特訓を続けたくなくて言った夏休みの宿題だが、集中できない。

 翔と机を挟んでしているのもあるが、ノアのことが気になってしょうがないのだ。

 

 何故、会ってはくれるのに、連絡先を交換してくれないのか。それに、海では会ってくれるのに、他の場所を提案すると、必ずと言って良いほど悲しそうな顔をされてしまう。


『ここにしかいられないから』


 あの言葉は、どういう意味なのか。 


「なぁ、翔」

「なに? 成績学年トップの僕も、さすがに習ってもないことは分からんよ」

「じゃろうね……って、翔。お前、学年トップなん!?」

「うん。まぁ、一学期の成績だけじゃけどね。ちなみに、中学は三年間トップよ」

「そりゃ、モテるわ」


 ただの、けん玉バカかと思っていた。


「馬鹿は兄ちゃんじゃろ」

「うわ、読心術も使える天才か」

「馬鹿なことばっか言ってないで、なに? 何か、聞きたかったんじゃろ?」


 改めて聞き返されると、照れてしまう。

 俺は、シャーペンを持った手で、消しゴムをころころさせながら聞いた。


「えっと……とある場所でしか会ってくれんのは、なんでじゃと思う?」

「それは、例のレモン好きの女の子?」

「そう……って、なんで翔がそのこと知っとん!?」


 まさか、見られていた?

 俺とノアが海辺でイチャイチャしているところを見られた?


 イチャイチャはしていないにしろ、デート現場を家族に見られるほど恥ずかしいものはない。穴があったら入りたい。


「なんでって、兄ちゃん。最近、毎日こそこそとレモンのコラボ商品ばっか持って出かけよるじゃん。普段、母さんに勧められんと食べん兄ちゃんが持ち出すなんて、女の子絡み以外ないじゃろ」

「あるじゃろ。友達と」

「二人分のレモンのお菓子持って、夕方のロマンティックな海で男子と二人きり?」


 友人の貞金(さだかね)と二人で、オレンジ色に光り輝く海を眺めながらレモンゼリーを食べる様を想像する。


「ないわ」

「じゃろうて。これまでは全然じゃったし、最近知り合ったんじゃろ?」


 これ以上誤魔化しても、翔の前には通用しない気がしてきた。俺は、照れながら頷いた。

 翔は、呆れたように瓶に入った柚子ジュースを一口飲んでから言った。


「海では会ってくれるなら、それで良いじゃろ。欲張ると、会ってもくれんくなるよ」

「そうなんよね……」


 それは分かっているが、それでも何故なのか知りたくなる。


 俺も柚子ジュースを飲んで不安な心を落ち着かせる。


 ちなみに、このジュース『川根の柚子しずく』は、広島県川根の綺麗な空気と水で育った柚子で作られた商品だ。これまた、ノアが喜ぶかもしれない。


(次は、これ持ってってみようかな)


 ノアの笑った顔を想像しながら、ふともう一つ聞いてみる。


「人魚のコスプレする女の子って、どう思う?」

「ただのイタイ女じゃろ。僕なら関わらん」

「可愛くても?」

「可愛くても」

「笑った顔が天使でも?」

「天使でも。てか、兄ちゃん。人魚のコスプレする女子と会いよん?」


 その冷たい目はやめてくれ。

 俺も半分は自覚している。しかし、それでも恋をしてしまったのだから仕方ない。


「良いじゃろ。別に」


 これ以上話しても馬鹿にされる予感しかしないので、俺は黙って数学の問題を解くことにした――――。


◇◇◇◇


 一方、瀬戸内の海の底。

 暗い暗いそこに、チョウチンアンコウが青白い光を灯している。


 そこでは、下半身が魚のノアが、黒いローブを纏った魔女にお願いしていた。


「ビーチから出ても、脚が消えないように出来ないの?」

「それは無理な相談ですな」

「それなら、彼をここに招待することは?」

「ダメに決まっております」

「じゃあ、せめて、夏以降も魔法をかけ続けてよ」

「姫様」


 魔女は、ノアを諭すようにそう呼んだ。

 ノアもまた、諦めたように俯いた。


「そもそも、姫様に魔法をかけたのだって、姫様が勝手に本来の姿で外に出たからに御座います。咄嗟にかけただけでしたのに、連日会う約束を取り付けて」

「私だって、一回きりにしようと思ってた。けど……」


 ノアは、儚げに上を見上げた。


「この海の向こうには、もっともっと広い世界があるの。魅力的な世界が」

「この海だって素晴らしいです」

「そんなの知ってるわよ」

「全く分かっておりませぬ。そんな素晴らしい海を汚染しているのは、人間ですぞ」


 魔女がそう言った瞬間、上空では、その怒りを表しているかのように稲光が走った。


「人間が、後先省みず環境を」

「それでも! それでも、人間が、涼君が……海の環境を守ろうとしてくれてる人が少なからずいるから。だから、少しずつだけど『魚のゆりかご』だって、元に戻ってる。人間は、悪い人たちばかりじゃないの!」

「姫様……」

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