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瀬戸内の海で、俺は人魚姫に恋をした  作者: 陽七 葵


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第二十一話 人魚の望み

「お婆ちゃん……?」


 ノアの発言の意味が分からない。

 俺は、いつの間にかノアの祖母になっていたのだろうか。


(って、んなわけないじゃろうが!)


 俺を見ながら言ったので紛らわしいだけで、すぐ近くにノアの祖母がいるのだろうか。


 見たことのないノアの祖母を想像しながら辺りを見渡していると、荒れた海が突如として静かになった。穏やかに泳ぐクラゲに癒されながらも、どこか違和感を覚えた。


「ん…………?」


 先程までの光景と一緒で、俺の目の前には天然水槽があり、後ろを振り返れば、広いノアの部屋の襖が見える。まだ竜宮城にいることは間違いない。それなのに、何かが違う。


「よう帰ってきおったのぉ」

「え!? 魔女!?」


 どこからともなく、視界の中に魔女がヌッと現れた。


 驚いて一歩後退しながらも、再度天然水槽の方に目をやった。間違い探しの間違いは、すぐに見つかった。


「海が、濁ってる……魚も、少ないし……」


 つまりは、数百年前の記憶から作られたノアの夢境、そこから脱することが出来たようだ。

 不躾にも、俺はノアの部屋の襖を思い切り開けた。


「ノアさん!」


 大きな貝殻に近寄れば、寝ぼけ眼を擦るノアの姿があった。


「涼君。おはよ」

「うん。おはよ」


 この何とも呑気な朝の挨拶。さっきまでの夢境での生活を思い出す。


 ノアは、ぽけぽけしたまま、大きな、けれど、可愛い欠伸をしてから言った。


「お婆ちゃん、約束だよ」


 それに対し、俺の斜め後ろにいる魔女が、小さく溜め息を吐いた。


「はぁ……仕方ないのう」


 どうやら、魔女が『お婆ちゃん』の正体で間違いないようだ。


「ノアさんの、お婆さまだったんですね!」


 ぺこりとお辞儀をすれば、魔女は首を縦にも横にも振らず応えた。


「血のつながりは、ないがな」

「それは……」


 複雑な家庭環境下で育ち、血のつながりのない祖母と孫の関係なのだろうか。若しくは、家族の枠組みから外れた、単なる親しい女性。どっちにしろ、それ以上のことは聞くに聞けない。


「そうなんですね」


 良い加減な相槌で、ひとまずその場をやり過ごす。


「しかし、あのまま夢の中に閉じ込めておこうかと思ったのにのう。もうちょいだったんじゃが」

「お婆ちゃん、酷いよ」

「しかし、此奴は我々の生活に三ヶ月で根をあげたのですぞ。それで、真の愛を感じることが出来ましょうか。いや、無理でしょうな」

「本質はそこじゃないでしょ。今回は……」


 二人の会話に付いて行けない。

 約束? 閉じ込める? 真の愛に、本質がどうのこうの……。


 それらを踏まえて考えると、俺はハメられた……いや、試された。そんな風に聞こえるのだが。そして、どうでも良いが、ノアの祖母にあたるかもしれない魔女よりも、ノアの方が立場が上な喋り方をしている気がするのだが……気のせいだろうか。

 

 分からないことだらけだが、分かることが一つだけ。


 ーー俺は、まだ夢の中間地点に立たされている。


 ノアの足は人魚のそれだし、魔女の足元も蛇。そして何より、この竜宮城。これが夢でないというのなら、俺は病院に行った方が良い。


 早くこの夢からも覚めるように頬をつねろうとした時、片手に小さな紙袋を持っていることに気が付いた。


(これ、翔に持たされた『はっさく大福』じゃ。けど、これ、賞味期限大丈夫じゃろうか)


 俺は、二人の話が途切れた時を見計らって、それを差し出した。


「ノアさん、これ……」

「ん? なぁに?」

「三か月も寝とってから、賞味期限が切れとらんかだけ不安なんじゃけど……製造日から三日なんよね」


 受け取ったノアは、中身を確認した。すると、この上なく目をキラキラと輝かせた。


「美味しそう! 二つあるよ。お婆ちゃんも頂く?」

「フンッ、人間なんぞの食いもん、誰が口にするものですか」

「じゃあ、涼君、二人で食べよっか」

「あ、う、うん。賞味期限……」


 もう、そこが気がかりでしょうがない。

 俺が不安げにしているものだから、ノアがチラリと裏面の表示を見た。


「大丈夫だよ。切れてない。それに、涼君は実質五分くらいしか寝てないしね」

「俺、五分で三か月分の夢を見てたんか……」


 ノアは、近くにある座布団を俺の前に一つ置いた。俺はそこに正座し、ノアは尾ひれを折りたたむようにして、隣に座った。と言っても、ノアは若干浮いているので、俺よりも十数センチ視線が高い。


 こんなところもファンタジーで、夢でなければ有り得ない話だ。


 紙袋から大福を取り出すノアは、嬉しそうに、それでいて切なそうに礼を述べた。


「涼君。ありがとう」

「うん。こんなので良ければ、また買ってくるよ」


 昔は、お土産と言えば現地でしか買えなかったが、最近は広島駅に行けば買えたりする。特別感がないような気がして、口には出さないけれど。


 俺の手に大福を乗せたノアは、首を横に振った。


「ううん。これも、すっごく嬉しいんだけど、涼君のおかげで、私、人間になれることになったの」

「え!? そうなん!?」


 普通に驚いてしまったが、これは俺の願望なのだろう。俺がノアともっと色んな場所に行って、見たり触れたりしたいから、海から離れられない人魚設定を打破する都合の良い、俺の願いが詰まった夢。


(現実に戻って、夏休み明けても会えるって言われたら、予知夢とかいうやつになるんじゃろうけど。そう、都合良くはならんよね)


 内心そう思いつつも、予知夢でありますように……と必死に願う。願いつつも、疑問を口にする。


「じゃけど、俺のおかげって、どういうこと? 俺、何もしとらんよ?」

「したよ。涼君が、夢境から出られたのが、その証」


 ノアは、大福をパクリと食べて「んー、美味しい!」と、ほっぺに手を当てた。そのひと口を飲み込んでから、ノアは再び語り出した。


「お婆ちゃんとね、賭けをしてたの」

「賭け……?」

「うん。人間だって、海のことを考えてくれてる人はいる。それを証明出来たら、人間にしてくれるって」

「でも、夢境から出る条件って、ノアさんに現実世界の魅力を伝えて、夢よりも楽しいところだって思わせることじゃろ? 俺、海の悪い部分しか伝えとらんのんじゃけど」


 首を傾げれば、魔女が不愉快そうに応えた。


「お主は、人間の、そして、自分の非を認めたであろう? じゃから夢境から出られた。始めに話した条件は、貴様が人間界の自慢話ばかりすることを望んでおったからに決まっておろう」

「まさかとは思うけど……」

「人間界の自慢話とはつまり、海のことなど一切考えておらん証拠じゃからな。海の保全活動の話でもするなら考えてやっても良いが、人間の利便性など、海にとっては害悪の何者でもないわい」

「ですよね……」

「まぁ、お主は、食以外で人間界に興味がないようじゃがな」


 興味がない訳ではない。本当は、魔女に言われた通りに人間界の良いところ……自慢話を俺の身近から、それを伝えていこうと思った。家族や友人、学校での出来事、そんなところからの導入の予定が、ノアが聞き上手なのもあって、ついつい愚痴に変換されてしまったのだ。


 とはいえ、結果オーライならそれで良いのだろうか。良いのだろう。

 

「姫様には、日本海の王子と婚約してもらうつもりじゃったのに。他をあたるかの」

「王子様!? 海には、王子様がおるん!?」

「姫がおるんじゃから、王子だっておるじゃろう」

「そ、そっか……」


 けれど、王子がいるからと言って、ノアは人間になることを選んだのだ。それは、要するに……?

 ノアを見れば、ノアもまた俺を見てニコリと微笑んだ。


(これは、告白の返事じゃ。間違いない。この流れは、俺の告白に対する返事、しかもOKの方じゃ。絶対そうじゃ)


 俺は、ドキドキする胸を押さえて、次の言葉を待った――。


「私ね」

「うん」

「私ね――――」

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