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瀬戸内の海で、俺は人魚姫に恋をした  作者: 陽七 葵


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第二話 レモンゼリー①

 翌日。

 俺は、夏休みの宿題をしながら、今か今かと時計に目を向ける。


「はぁ……まだ十一時半かぁ」


 ノアと会うのは、人が減った十八時頃。それまで夏休みの宿題でもして時間を潰そうとしているのだが、全くもって時計の針が動いた気がしない。


 暑さのせいもあって宿題に集中出来ないので、俺は自室を出て、アイスを取りに行く為、一階のリビングに向かった。


 キッチンでは、母がそうめんの束を鍋に入れていた。

 その横で俺は冷凍庫を開け、ソーダ味のアイスキャンディを取り出した。


「涼ちゃん、お昼はそうめんで良い?」

「良いかって聞くんじゃったら、そうめん湯がく前に聞いてや。それ、もう決定じゃろ」

「ふふ、バレた?」

「バレバレじゃけん」


 ちなみに、我が家の夏休みの昼食は、毎日そうめんだ。たまに冷麺の時もあるが、本当にたまに。週に一回出たら良い方だ。

 アイスを齧りながら、ふと冷蔵庫を開けた。


「涼ちゃん。お昼ご飯前に食べすぎんといてよ。残ったら、お母さんが全部食べることになって、太るだけなんじゃけんね」

「あー、うん。今食べるんじゃなくて、後で海で食べようかなって」


 一番上の棚に置いてあった瀬戸内レモンゼリーを二つ、冷凍庫に移した。

 

 初めてのデートで家にあるものも味気ないが、初めてのデートだからこそ失敗したくない。

 格好つけて、ミナモアのレモンチーズケーキシェイクなるものを二人で飲むことも考えたが、保冷剤で対処するにしても、この猛暑の中、移動中に溶けたら残念過ぎる。

 

「徳を積むのも良いけど、少しは家の片付けもしんさいよ」


 母が呆れた様子でソファの上を見た。俺の脱ぎ捨てたパジャマがそのままの形で置いてある。


「はいはい。片付ければ良いんじゃろ」


 最後のひと口をパクッと食べてから、アイスの棒をゴミ箱に捨てた俺は、パジャマを脱衣場のカゴに入れに行った。

 脱衣場に行ったついでに、洗面台の鏡で髪の毛を軽く手櫛で整える。最後にニコッと口角をあげてみる。


「兄ちゃん。なにしよん」

「わッ、(しょう)!?」


 鏡の前で笑顔の練習をしていた姿を一つ下の弟に目撃されてしまった。穴があったら入りたい。

 顔を赤くさせながら、今起きたであろう翔に注意する。


「夏休みじゃけんって、いつまでも寝とらんと、もうちょいはよ起きんさいよ」

「そんなんじゃけん、兄ちゃんは彼女が出来んのんよ」

「なッ、そういうお前だって」

「僕は、出来ないんじゃなくて、作らんの。昨日も告られたし」

「マジ!? なんで、翔ばっか。見た目あんま変わらんはずなのに、ずるいじゃろ」


 そうこうしていたら、昼食の準備が出来たよう。母さんの声がした。


「お昼、出来たよー。はよ、来んさいよ」

「「はーい」」


 同時に気の抜けた返事をする翔に、含み笑いをしてみせた。


「ふふふ」

「なに? 気色悪い」

「今に見ときんさい。俺にも可愛い彼女が出来るんじゃけぇ」

「はいはい。それ、耳にタコが出来るほど聞いたわ」


 ノアの顔を思い出すと、ニヤニヤが止まらない。

 弟に若干距離を取られながら、俺たちは夏休み定番のそうめんを食べた。


◇◇◇◇


 やっと時計の針が十七時を指した時、俺はいつもよりもヨレていないTシャツを選び、黒いハーフパンツを履いた。髪の毛をセットし、冷凍庫に入れておいたレモンゼリーを二つ、保冷バックに入れる。スプーンも忘れずに。


「あ、お茶忘れてた」


 魔法瓶に氷と麦茶を注ぎ、紙コップも二つ用意して、それらも全て、ゼリーを入れた保冷バッグに詰め込んだ。

 靴を履いて玄関に出た俺は、家族に怪訝に思われないよう、ゴミを入れる袋とゴミ取り用トング、軍手をセットにしている麻のカバンも一緒に、自転車の前カゴに突っ込んだ。


「行って来ます」


 誰かに見送られることもなく、俺は海沿いに向かって自転車を走らせた。


 移り行く景色が、いつになく綺麗に見えるのは、俺の心が浮かれているからだろう。まだまだ沈みそうにない太陽が燦々と降り注いでも、苦にも感じない。


 ――自転車を漕ぐこと二十分。

 ベイサイドビーチに着いた俺は、駐輪スペースに自転車を停めた。

 海水浴に来た家族連れや、釣りを楽しんでいたであろう年配の男性が、車に荷物を詰め込んでいるのを横目に、俺は麻のバックと保冷バックを持って、砂浜に向かった。

 

 砂浜には、まだ人はパラパラとおり、堤防では等間隔に人が並んで釣りを楽しんでいる。ザッと見た感じ、ノアの姿は見当たらない。


 今日はゴミ拾いよりもデートだ! と、張り切っていたが、所々にペットボトルやお弁当のゴミ、竹串などが落ちているのが、どうしても目に余る。


「はぁ、たいぎぃ」


 俺は、麻のバックと保冷バックを流木の片隅に静かに置いて、軍手をはめた。大きめのビニール袋を広げ、ゴミ拾い用トングを右手に持った。

 

 冬場は漂流物が多いのに対し、夏場は真新しいゴミばかり。うんざりしながらペットボトルを拾って袋に入れれば、大学生くらいだろうか、金髪で肌がこんがり焼けた男が二人、俺のビニール袋に、惣菜か何か入っていたであろうプラスチック容器を入れてきた。


「これも捨てといて」

「あと、これも」

「…………」


 清掃スタッフと間違われているのだろう。ボランティアで掃除をしているだけなのに、たまにこういう輩に出くわすことがある。


 こういうのもあって、普段は今よりも更に人が減ってからしているのだが、今日はいかんせんデートだ。ソワソワして掃除せずにはいられなかった。


 男二人に至極苛々するが、言い返す度胸は持ち合わせていない。無言で男らの背中を見送った――。


 あらかた大きなゴミを拾い終えた頃には、人気(ひとけ)も更に減り、空はオレンジ色にグラデーションがかかっていた。


 そして、昨日と同じビーチの端の方にある大きな岩場の辺りに、ノアは座っていた。今日は、人魚のコスプレをしていないようで、膝が隠れるか隠れないかくらいの真っ白いワンピース姿に、花柄のサンダルを履いていた。


「ノ、ノアさん!」


 大きく手を振れば、ノアも俺に気付いたよう。ニコリと微笑んでから、小さく手を振り返して来た。

 駆け寄ってはみたものの、俺はゴミ拾いスタイルだ。一緒に食べようと思って持って来たゼリーも、流木の所に置いて来ている。


「あー、ちょっとだけ待っとってくれますか? 手も洗いたいし、荷物もアレなんで」

「一緒に行くよ」

「あ、ありがとうございます」


 ノアと横並びに歩きながら、トングを脇に挟み、ビニール袋の口をキュッと結んだ。


「ノアさんは、い、いつ来たんですか?」

「ずっ……」

「ずっ?」

「ううん。さっき来たとこ」

「そうですか。家、近いんですか?」

「うん」


 クラスの女子ともまともに話したことがない俺の手の平は、軍手の中でびしょ濡れになっていそうな程に汗をかいている。

 そして、これ以上何を話して良いか分からず、流木のあるところまで、二人無言で歩いた――。

 

 階段のようになっている段差のところにノアを待たせ、俺はトイレの横に設置された水場で手を洗う。


「はぁ……緊張する。何話そ」


 ポケットからハンカチを取り出し、丁寧に水気を拭いた。

 それから一旦深呼吸した俺は、段差のところに座って海を眺めるノアの横にチョコンと座った。


「お待たせしました」

「ううん」


 暫しの沈黙が流れる。

 つまらない男認定されたくなくて、とりあえず口を開く。


「天気、良いですね」

「だね」

「暑いですね」

「だね」

「夕焼け、綺麗ですね」

「だね」


 これは、まずい。非常にまずい。

 会話が盛り上げられない男の烙印を押され、明日以降会ってくれなくなりそうだ。

 ひとまず話のネタも含め、俺は保冷バックからレモンゼリーを取り出した。


「あ、あの。ゼリー食べませんか? 瀬戸内レモンのゼリー」


 それを見たノアの顔が、パァッと明るくなった。

 広島の定番商品だが、持って来て良かったと、心の底から安堵する。


(レモンゼリー、ありがとう!!!!)

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