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瀬戸内の海で、俺は人魚姫に恋をした  作者: 陽七 葵


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第十七話 夜の海

 帰りは、父が疲れていることもあり、高速道路を使って帰った。行きとは違い、景色を堪能は出来なかったけれど、サービスエリアで夕飯を食べても、二時間足らずで我が家に到着できた。


 尾道で見たSOSがノアに関係あるかもしれないと思うと気が気でないが、既に二十時を回っており、外は暗い。両親にも反対されるだろうし、今日のところは大人しくしておこう。


 そう思って、早々と風呂を済ませ、寝ることにした。

 電気を消したと同時に、扉をノックする音がした。


 ――トントントン。


「はい」


 返事をして電気を点け直せば、扉を開けて翔が入って来た。


「兄ちゃん、これ」

「ん? お土産?」


 小さな紙袋を渡された。その中を見れば、可愛らしいはっさくのキャラ『さくみちゃん』が描かれた尾道の定番土産『はっさく大福』が二つ入っていた。


「それ、賞味期限、製造日から三日らしいんよね」

「短いらしいね。いつなん?」


 製造日を見れば、一昨日だった。


「え、明日で切れるじゃん」

「そうなんよね。じゃけぇさ、はよ持ってった方が良いと思うんよ」

「持ってくって?」


 聞いて、ハッと気が付いた。同時に、翔がニヤリと笑った。


「もしかして……ノアさんに?」

「レモンと柚子が好きなら、はっさくも好きじゃろ」

「じゃけど、大福は別かも。あんこ嫌いとか言う人おるし」

「めっちゃ好きだったら? ぶち好物かもよ」


 はっさく大福を食べるノアを想像する。


「……うッ」


 俺の脳内には、にへら顔のノアしか出てこない。


「明日会えるかも分からんし、兄ちゃん、一応今日も行ってみたら? なんか知らんけど、気がかりなんじゃろ?」

「そう……じゃけど、もう二十時半じゃし、着いたら二十一時になるし、非常識じゃろ」

「兄ちゃんに常識なんてあったん?」

「常識しかないわ! てか、母さん達が……」


 廊下から、父と母の声が聞こえてきた。


「ふぅ、今日は、さっさと寝よう。明日も仕事じゃし」

「お父さん。今日は、運転ご苦労様。私もお風呂入ったらすぐ行くけん、先に寝とって」


 父は寝室に入り、母は下に降りて行ったようだ。互いの声が聞こえなくなり、下に降りる母の足音だけが、小さく聞こえた。


「母さん、風呂長いけぇさ、入っとる隙に家出ればバレんよ。それに、兄ちゃん、もう寝とると思われとるし」

「翔、どうしてそんな……」

「だって、はっさく大福勿体無いし」


 あくまでも、はっさく大福の賞味期限を気にしているていでいくようだ。


 しかし、何となく分かる。

 先日、俺が自殺を図るんじゃないかと美容院にまで付いてきたりということもあった。それを踏まえると、本当は俺のことを気にしているのだろう。俺が帰りの車の中でずっと黙っていたから。


 多少捻くれているが、可愛い弟だ。


「さんきゅ、翔」


 俺は、はっさく大福が入った紙袋を一旦机の上に置き、クローゼットを開けた。そして、何も取らずに閉じた。


「兄ちゃん……?」

「服、全部下じゃったわ」

「ッたく……」


 辟易したように肩をすくめる翔を他所に、俺はそっと扉を開けた。耳をすませば、母の鼻歌と共に、シャワーの音が聞こえてきた。


「じゃ、翔。ちょっと服取ってくるわ」

「はいはい。僕は、もう寝るけん。気を付けてー」


 俺は廊下の電気を点けずに、廊下を出て、静かに下に降りた。と、同時に、明日からは、きちんと服を引き出しに片付けようと心に誓った――。

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇


 いつものビーチに着いたのは、二十一時を回った時だった。

 

 満点の星空の下、静かに波打つ紺色の海は、全てを飲み込んでしまいそうだ。


「さすがに、誰もおらんかぁ……」


 ノアだけでなく、波の音だけが聞こえるそこには、誰の姿も見当たらない。車や自転車も停まっていなかったので、このビーチには、俺しかいないのだろう。


 砂の上をビーチサンダルで歩けば、ザッ、ザッと砂の擦れる音がやけに大きく聞こえる。冷んやりとした潮風が心地良い。


 いつもノアがいたビーチの端の方に向かって歩いていると、人工的に作られた灯りが、海辺を右に左にと移動した。そちらの方に目を向ければ、懐中電灯を片手に、歩いている警察官がいた。どうやら、夜の巡回をしているのだろう。


(……ヤバッ)


 補導でもされたら大変なので隠れたいが、こんな開けた場所に隠れられるところなどありはしない。


 そこで、俺は大根ばりの演技で声をあげた。


「あ! お父さん、財布あったよ!」


 案の定、俺に気付いた警察官が、怪訝な様子で懐中電灯の灯りを向けてきた。足元を照らされたが、俺は、誰もいない駐車場に向かって「父さーん!」と嬉しそうな声を上げながら、石段を駆け上がった。


 警察官も、その場に父親がいると勘違いしてくれたのか、追及してくることはなく、俺とは反対の方向に足を向けた。


 ホッと胸を撫で下ろした俺は、警察官の姿を遠くに確認してから、再び波打ち際までおりて歩くことにした。


 端の方まで行って、ノアがいなかったら帰ろう。


(てか、こんな時間に会いに行けって、普通おるわけないじゃろ)


 けれど、もし会えたなら、それは運命で……。

 なんて、ロマンティックなことを考えてみる。そして、会えなかったら運命ではないわけで……勝手に一人で落胆していると、いつもノアが座っている辺りに、人の影が見えた。


「……え、やっぱ、俺ら運命?」


 ただ、様子がいつもと違う。

 夜だからと言われればそれまでだが、そうじゃない。いつも膝を三角に折って座っているのに、立っているから? いや、それも違う。あれは、そもそも――――。


「ノア……さん、じゃない……?」


 背丈が違う。シルエットが違う。

 近付くにつれ、それは明瞭になっていく。


 その黒い影は、真っ黒いローブを着ていた。そして、それがこちらを向いた瞬間、俺は驚愕した。


「――――ッ!?」

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