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瀬戸内の海で、俺は人魚姫に恋をした  作者: 陽七 葵


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第十五話 尾道①

 車に乗って一時間半を過ぎた辺りからの記憶はないが、いつの間にか、車は尾道駅周辺の駐車場に停まっていた。


「はぁ~、良く寝たわ。てか、翔。なんか、前より栄えとらん?」

「前を覚えとらんけど、駅が綺麗になったけぇじゃろうて」


 なんやかんや尾道に来るのは十年ぶり。翔同様にあまり覚えていないが、改修前の尾道駅は、古くレトロな装いで、『田舎だなぁ』という感想を抱いた記憶があるような、ないような。


 数年前に改修されたとは聞いていたが、白と木目を基調とした駅舎は非常に綺麗で、駅直結のカフェや簡易宿泊所も併設されているようだ。清潔感あふれる空間になっている。

 

 そしてなにより、この駅から出た瞬間に、海が広がるこのロケーションは最高だろう。


 俺はパシャパシャと、さまざまな角度から写真を撮った。誰かに見せるわけでもないが、来たからには楽しみたい! それが、俺のモットーだ。


(尾道といえば……『はっさく大福』か。ノアさん好きそうじゃな)


 いかんいかん、またノアのことを考えていた。

 家族に話して多少気持ちは揺らいでいるが、結局のところ、残り十四日もしたら、ノアとはサヨナラしないといけないのだ。俺からしたら、諦める日が多少短くなっただけのこと。


 首を横にブンブン振って、余計なことは考えまいと、邪念を払う。そして、別のことを考える。


(尾道市と言えば…… 因島(いんのしま)。因島と言えば……ポルノか)


 尾道市因島(いんのしま)は、ポルノグラフィティの出身地。全くもって知り合いでもなんでもないが、同じ広島県出身というだけで、応援したくなるのは何故なのか。しかも、ここはまだ因島でもないのに、そこから近いというだけで、ついつい目で探してしまう。地元に帰ってきていたりしないだろうか……と。


「兄ちゃん。そろそろ行くって」

「はぁい」


 間延びした声を出し、俺は両親の後ろを翔と共に歩き出した。

 まずは、父が尾道に来たら必ず立ち寄るという、父オススメの尾道ラーメンを食べに行くようだ。


「それにしても、暑すぎじゃろ」


 車の中は冷房も効いて快適だったが、外は三十度を優に超える猛暑。昼過ぎには四十度を超えるのでは、と心配するほどだ。


「てか、日帰りで良かったわ。兄ちゃん、このクソ暑いのに、絶対しまなみ海道をチャリで横断したいとか言い出すけんね」

「なんで分かったん? じゃけど、日帰りでも、リタイアしたら、途中までは行けそうよ」

「絶対イヤ。暑い。しんどい、たいぎぃ」


 『瀬戸内しまなみ海道』は、車でも横断できるのだが、日本で唯一、海峡を自転車で横断できるルートで有名だ。本州の向島から、因島、生口島、大三島、伯方島、大島をへて、四国の今治、全て渡り切るのに、約七時間から九時間かかる。翔を連れてだと、多分九時間はかかるはず。


 それでも、途中で自転車を乗り捨てることも出来るので、伯方島くらいまで行って、船で帰ってこようかと思っていたのだが、翔は頑なに拒んでいる。


「じゃけどさ、尾道ラーメン食べて帰るだけとかつまらんじゃろ。少しくらい……」

「は? つまるし。はよ家帰りたい」


 そこへ、母が苦笑しながら仲介に入ってきた。 


「翔ちゃん、今日は、ロープウェイで千光寺にしようや。あそこなら、少しは涼しいじゃろ」

「まぁ、ロープウェイで行くなら、サイクリングよりはマシかも」

「涼ちゃんも、しまなみ海道も良いけど、ロープウェイから見る景色も絶景よ」

「そうじゃろうけど、千光寺って言ったら、桜じゃろ? 春に行くところじゃろ?」


 そう、千光寺山と言えば、桜の名所。お花見シーズンに、よくテレビに写っている。一度は行ってみたいが、真夏に行っても楽しいのだろうか。


「知らんの? 桜もじゃけど、あそこって恋人の聖地なんよ」

「へ……?」


 俺の目が点になる一方で、翔はテキトーに合いの手を入れる。


「あー、良いじゃん良いじゃん。兄ちゃんには、ちょうど良いって」

「ちょうど良いって……恋人の聖地じゃろ? 付き合っとる者同士が行くところじゃろ?」

「ノアちゃんとの恋愛成就、祈願しに行けば良いじゃん。ね、お父さんもそう思うじゃろ?」


 寡黙な父も、母の隣で頷いた。


 いやいやいや、恋愛祈願を家族としに行くほど恥ずかしいものはない。しかも、ノアとのことは、諦めたのだ。蒸し返さないで欲しい。それなら、尾道ラーメンだけ食べて帰りたい。


 しかし、これまでお付き合い頂いている方は、何となく分かっているかもしれないが、家族間で、俺の意見はあまり通らない。


「んじゃ、決まりね」

「兄ちゃん、僕の分まで祈願しといたげるわ」

「……あ、ありがとう。(まぁ、新たな出会いが訪れるようお願いすれば良っか……)」


 そんなことを話している内に、父のオススメの尾道ラーメンの店に着いた。


 赤い柱に赤いのれん、ガラスの押し扉には雷紋が描かれている、正に中華飯店といった佇まいのそこの扉を押して中に入る。


「いらっしゃいませ。お好きな席にどうぞ」


 店主の声と共に、とんこつや鶏ガラ、香味野菜などが混じり合った出汁の良い香りが鼻をくすぐった。空っぽの腹も、盛大に鳴り響きそうだ。


 キンキンとまではいかないが、冷房も適度に効いて心地良い。冷麺ならまだしも、ラーメンのような熱い食べ物、この暑い真夏に誰も食べないだろうと思っていたら、意外にも、店内にちらほらいる客は、温かいラーメンを頼んでいる者が多いようだ。


 入り口からすぐの席に着けば、店員がお冷やとおしぼりを持ってきた。それを机に並べながら、注文を取りはじめた。


「お決まりですか?」

「尾道ラーメンの並、四つで」


 他のメニューも気になるが、俺たちはこれを食べに来たのだ。父の注文に、誰も横から口出しはしない。


「ラーメン四つ入りました!」


 店員が大きな声で注文を繰り返せば、店主も湯気の向こうで「あいよ!」と返事した。

 それから、俺たちは、お冷やを飲んだりメニューを眺めたりしながら、ラーメンが来るのを静かに待った――。

 

 十分くらいしてから、俺たちの前にラーメンが到着した。


「はい、お待ち!」


 威勢の良い掛け声に会釈をしつつ、割り箸をパカッと二つに割ってから、両手を合わせる。


「「「「いただきます!」」」」


 湯気の立つそれに箸とレンゲを入れ、箸でラーメンを掴みつつも、先に左手で持っているレンゲにスープを入れて一口飲んだ。


「うまッ!」

「うん、美味しい!」


 醤油味をベースとした、あっさりしたスープ。これぞ、本場の尾道ラーメン! そんな一杯だ。

 麺もこしがあって、のど越し最高。暑い夏に汗をかきながらでも食べたいのが頷ける。


 そして、美味しいラーメンを食べながらでも、ついついノアのことを考えてしまう。


(箸、使えるようになりたいって言いよったのに、結局あれきりじゃ……やっぱ、俺、早まったんじゃろうか)


 本人に確認もせず、勝手に病気と決めつけて、ノアの楽しみや喜びを奪ってしまったのではないかと、後悔ばかりが押し寄せる。

 

 とはいえ、ラーメンに罪はない。最後の一滴まで、俺は残さず飲み干した。


「ごちそうさまでした!」


 満足げにラーメンどんぶりを机に置けば、店主が奥で笑顔になったのが見えた。

 遅れて父、母、そして翔が食べ終えた。


「翔、珍しくスープまで完食しとるじゃん」

「たまにはね」

「あ、母さんも」

「へへへ、たまにはね」


 いつもは、塩分過多になると、ラーメンのスープは我慢する母と翔。それだけ、この尾道ラーメンが美味しかったという証拠だろう。


「僕と母さんはまだしも、兄ちゃんは、毎回全部飲みよるけん、ほんま病気になるよ。僕、知らんけぇね」

「はは……」


 笑って誤魔化す俺の前で、母も父に注意する。


「聞いとる? お父さんもじゃけぇね」

「さて、千光寺行くか」


 父は、聞こえないふりをしながら立ち上がって、お会計をしに行った。


 ――俺たちの尾道観光は、もう少し続く。

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