第二百十二話 雫ちゃんMk2の実力
男女混合リレーで表彰台に上がるためには、予選、準決勝、決勝と勝ち進む必要がある。
お昼ご飯を食べ終わり、しばらくするとクラスの体育委員が晴翔達を呼びにきた。
「そろそろ予選が始まるから準備お願い」
その言葉に、待機テントにいたクラスメイト達が激励の言葉を投げかけてくる。
「よっしゃ! 頑張れよ大槻! 赤城!」
「藍沢〜! 東條〜! ガンバ〜!」
「まずは予選突破だ!」
晴翔は応援に軽く頷いて応え、友哉は「任せとけ!」と景気良く腕を上げる。
そんな男子二人の後について、綾香が緊張した面持ちで口を開く。
「よ、予選ってこんなに早く始まるんだっけ……?」
「三本も走るのに連続してたら疲れちゃうからね。予選と準決は間隔空けてくれてるのよ」
咲は説明しながら「みんな、応援よろしく〜」とクラスメイト達に手を振る。
そして、体育委員に誘導されてトラックの中央に男女混合リレーの出場者が集結した。
「では、まず一年生から予選を開始します。それぞれの場所に移動してください」
その指示に、一年生達がそれぞれのスタート地点に向かう。
晴翔達が通う高校は一学年八クラスで、リレーのチームは各クラスから一チームで合計二十四チーム。
予選では学年別に四組ずつに分かれて二レース、トータルで六レース行われる。
晴翔が移動している一年生達を眺めていると、第四走者の集団から雫がひょっこりと姿を現した。
「おや? アヤ先輩、今にもゲロを撒き散らかしそうな顔してますけど?」
無表情のまま首を傾げる雫。
彼女の言葉に綾香はふるふると小さく首を振る。
「そ、そんなことないよ。大丈夫、平常心。そう、私は平常心」
雫への返事というより、自分自身に言い聞かせるよう返す綾香。
晴翔は少しでも緊張を和らげようと、綾香の肩に軽く手を置いて言う。
「たくさん練習したし、大丈夫だよ」
「う、うん! そうだよね! 大丈夫だよね!」
晴翔の言葉に必死に頷いている綾香に、雫が続く。
「アヤ先輩には必殺技があるから予選なんて余裕です」
雫の発言に、晴翔が不思議そうに綾香を見た。
「必殺技?」
「そうです。アヤ先輩が放つ強力なデバフ技です。その名も『乳揺らし』です」
「チチユラシ? なんだそれ? 地面を揺らすのか? どうやって?」
「違います。揺らすのは地面じゃなくてアヤ先輩の――」
「揺らしません! そして説明しなくていいから!」
顔を赤くした綾香が慌てて雫の言葉を遮る。
「ほら、係の人が呼んでるよ! 早く行かないと!」
「ふむ、では先輩方。お互いに頑張りましょう」
雫はそう言うと、少し離れたところで「列を乱すな〜」と注意している体育委員のもとへ走って行った。
雫に弄られて少し平常心を取り戻した綾香は、予選突破の条件を晴翔達と確認する。
「えーと、準決勝に行くためには、一位でゴールするか、学年別のタイムで上位に入ればいいんだよね?」
「そうだね。一位はそのまま無条件で準決勝に進出。あとは学年ごとのタイム上位二チームが進出だったかな」
晴翔の説明を聞いて、友哉が余裕の笑みを浮かべる。
「つまり、俺ら二年生の八チームのうち半分が準決に行けるってことか。そう考えると余裕だな」
「そう言って、転んだりしないでよ?」
咲が、のんびりリラックス状態の友哉にジト目を向ける。
「あとバトンを落とすとか。アンダーハンドはそのリスクが高いんだからね?」
「パス太郎となった俺に失敗はない!」
ニカッと笑う友哉は咲に親指を立てる。
「それに、俺は咲を全力で信頼している!」
「……はいはい」
咲は呆れた表情を浮かべて、友哉から視線を外した。
ちょうどそのタイミングで、グラウンド全体にアナウンスがかかる。
『さぁ、今年もやってまいりました! 男女混合リレー!』
体育祭の実況は放送委員が担当していて、目玉競技である男女混合リレーは、毎年かなり気合の入った実況が行われている。
『今年のリレーを制するのはどこのチームか!』
高揚した声に満たされるグラウンド。
晴翔がふと隣を見ると、綾香が精神統一するように目を閉じて深呼吸をしていた。
『まずは軽く予選と準決勝について説明します。予選は学年別で行い、各学年八チームを2組に分け、四チームずつ二レースを行います!』
放送委員は先ほど晴翔が説明した内容を言う。
『各組の一位と学年別のタイムの上位二チームが予選突破です! そして準決勝は一組六チームで二レース行います。決勝に進めるのは各組の上位二チーム! そして、ワイルドカードとして敗者の中のタイム上位二チームが決勝へと駒を進められます!』
放送委員の説明に、友哉が首を捻りながら晴翔の方を見る。
「混合リレーって去年もこんな複雑な方式だったっけ?」
「去年も同じだったし、別に複雑じゃないだろ?」
「ワイルドカードなんかあったか?」
「去年は敗者復活枠って名前だった。呼び方が変わっただけで仕組みは同じだ」
「なるほど、なんかワイルドカード枠ってかっこよくね? ダークホース的な」
友哉は顎に手を当てて「敗北からの勝利って熱い展開だよな」と呟く。
それを聞いた咲が、釘を刺すように彼に言い聞かせる。
「まずは予選突破に専念しなさい。予選で良い順位だと準決の組み合わせも有利になるんだから」
「あいあいさ~」
友哉のゆるい返事に重なるように、再びアナウンスが響く。
『さぁ! 準備が整ったようなので、ここでチーム紹介をしたいと思います! まずは第一走者の紹介です! 一年A組、張本朔選手! 一年B組、吉田圭太選手!』
放送委員は第一レースを走る生徒の名前を順番に呼んでいく。
その度に、それぞれのクラスから声援や歓声が上がる。
その後も順番に紹介が続き、第四走者の雫の名前が呼ばれた。
『チームの勝敗を背負って走るアンカーの紹介です! 一年A組、中村悠斗選手! 一年B組、堂島雫選手! ――』
途端、これまで以上の大歓声がグラウンドに響き渡った。
特に一年生の待機テントからは爆発のような歓声が送られている。
それに応えるように、雫は無表情のまま両手を天に突き上げる。そして、弓を引き絞るようなポーズを取った。その瞬間、声援の温度が一段階上がる。
「うぉーっ! 行けー堂島さん!」
「最強雫ちゃん!」
「世界一可愛いですっ!」
「好きだ―!!」
熱烈な声は一年生達から多く上がるが、上級生からもチラホラと熱い声が掛かっている。
彼女の人気ぶりに、晴翔は思わず呟く。
「凄い人気だな……」
「体育祭でテンションが上がってんだろうな。にしても凄いけど」
友哉も同意するように頷く。
「男子だけじゃなくて、女子からの声援も凄いな」
「確かに」
雫の人気は男子だけではなく女子からも高いらしく、待機テントからは「がんばってー!」というような甲高い声援も多く混ざっていた。
「雫ちゃんは、女性目線から見ても強くて格好良いからね」
それまで目を閉じて精神統一をしていた綾香が、瞼を持ち上げて声援を受ける雫を見ながら言う。
「芯があるというか、ちゃんと自分を持っていて。雫ちゃんみたいになりたいなって憧れちゃうんだよね」
雫の人柄がとても好きなのか、彼女を見る綾香の表情が柔らかく微笑んでいる。
晴翔も同じように雫を見ながら小さく口角を上げる。
「綾香が雫みたいに、無表情で冗談を連発したらちょっと困るけどね」
「ふふ、そこは雫ちゃんの魅力であり困るところだよね。あと、すぐに私をイジメてくるのも良くないよね」
微笑みを含みながら楽しそうに言う綾香に晴翔も「そうだね」と笑いながら頷いた。
『さぁ! では第一レースの始まりですっ! 皆さん全力で応援しましょう!』
第一レース開始のアナウンスが掛かる。
いままでグランドを満たしていた声援がピタッと止まった。
静寂の中に漂う緊張感。それを引き裂くように号砲が響き渡った。
スタートラインに並んでいた選手が一斉に走り出し、それを後押しするように大歓声が沸き上がる。
第一走者から第二走者へバトンが繋がったところで、楽しそうな表情をした咲が口を開く。
「お、雫ちゃんのチームいいんじゃない?」
「さすが、生粋のスプリンターとランシュー大好き、あと陸上中継大好きが集まったチームだな。速いのも納得だ」
「いや納得はできないけどね」
咲が友哉に軽くツッコミを入れている間に、バトンはアンカーへ渡ろうとしていた。
雫のチームは一位だが二位との差は極僅かしかなく、勝敗はアンカーに託された状態だった。
それを見て、綾香は両手をぎゅっと握る。
「雫ちゃん頑張れ!」
「相手は男子か。まぁ、雫なら余裕か」
長い付き合いの晴翔は、雫の身体能力を熟知しているため、綾香よりも余裕の表情でレースを見詰める。
そしてアンカー勝負。
雫はバトンを受け取った瞬間に、まるで放たれた矢の如く疾走する。
そのスピードはかなりのもので、僅かしかなかった二位との差が少しずつ開いていく。
相手が男子だろうがお構いなしの圧倒的なスピード。
それを見た友哉は感心し、陸上経験者の咲は苦笑を浮かべる。
「エグっ! バグってるだろあの速さ!」
「あれはヤバいわ。まさしくチートね」
雫はそのまま一位でゴールラインを走り抜け、優雅なウィニングランをする。
そんな彼女に割れんばかりの拍手と歓声が送られていた。
『予選第一レース! 勝者は一年B組! 準決勝に進出です!』
そのアナウンスを聞いた雫はゆっくりと立ち止まり、晴翔達の方へ両手を向けてVサインを見せる。
遠くて聞こえないが、無表情の口がパクパクと動いている。
きっと『ぶいぶいです』と言っているんだろうなと晴翔は笑いつつ、次は自分達の番だと気を引き締めた。
お読みくださりありがとうございます。
本作の書籍版の7巻目が2027年初旬に発売されることになりました。
ここまで来れたのも皆様のおかげです。ありがとうございます。
やばい、書籍に追いつかれる……




