第二百十話 決戦前夜
体育祭前日。
授業は午前中のみで、午後からは体育祭の会場設営などの準備となる。
ジャージに着替えた晴翔は、友哉と一緒にパイプ椅子を抱えてグランドへ運ぶ。
「そういえば、誰かに体育祭の写真をお願いしとかないと」
以前、修一に男女混合リレーに綾香と一緒に出場すると言った時、晴翔はその様子を写真に撮ると約束していたことを思い出す。
「写真?」
「あぁ、修一さんが娘と義息子の晴れ舞台をぜひ見たいって」
「あはは、ムスコって。でも綾香と結婚するってことはそういうことか」
晴翔と同じように椅子を抱えながら友哉が笑う。
「晴翔も義父さんとか呼んでるのか?」
「それが綾香と結婚するための条件だった」
「なんだその条件。相変わらずめちゃくちゃ気に入られてんのな」
「まぁ、ありがたいことにな。で、そのために体育祭の様子を写真に撮っとかないといけないんだけど……」
晴翔がそう言った時、背後から「俺に任せてくれ!」という大きな声が響く。
その声に晴翔と友哉が揃って振り返ると、そこには瞳を輝かせた佐藤がいた。
「体育祭の写真なら俺に任せてくれ!」
佐藤は抱えている椅子を投げ飛ばす勢いで晴翔に詰め寄る。
「大槻と東條さん、二人の愛のリレーをバッチリとフィルムに収めてみせるよ!」
「あ、愛のリレー……」
熱気を放っている佐藤に、晴翔は頬を引き攣らせる。
「懸命に走る東條さん。そして彼女からバトンを受け取って疾走する大槻……世界的絵画にも匹敵する一枚になるはずだ!」
「い、いやそこまでは……」
「二人の尊い関係を写真という世界に収める。こんな光栄なことはない! ぜひ俺に撮らせてくれ!」
「お、おう……。じゃあ、お願いするよ」
メラメラと激しく燃える炎のような圧に押されて、晴翔は体育祭の写真を佐藤に任せる。
すると、彼は顔を輝かせてやる気を爆発させる。
「ありがとう! 絶対に最高の写真を撮ってみせるよ!」
そのまま佐藤は「うおぉーー!」と雄叫びを上げながら走り去ってしまった。
その背中を眺めながら、友哉がぼそっと言う。
「あいつ、そろそろ宗教でも始めそうだな。大槻教」
「やめろ」
晴翔は親友の笑えない冗談に頬を引き攣らせた。
体育祭の準備は全校生徒総出で行われて、通常授業の日よりも早い時間に終わる。
テント設営を終えた友哉が額の汗を拭って周りを見る。
「あれ? これって設営終わったら帰ってもいいんだっけ?」
「準備を始める前に担任がそう言ってたぞ?」
「そうだっけ?」
軍手を脱ぎながら言う晴翔に友哉は首を傾げる。
晴翔は呆れながら「ちゃんと話を聴いとけよ」と小言を言っていると、咲と綾香が二人のもとにやってきた。
「男子達の仕事はもう終わった感じ?」
石の入ったバケツを持ちながら咲が問い掛ける。
「俺の活躍により終わったぜ。そっちは?」
おどけて言う友哉に、咲は両手で持ってるバケツを見下ろす。
「あとこの石を捨てたら終わり」
「それどこに捨てんの?」
「グランドの端っこのフェンス脇って言われた」
「普通に遠くね? 俺が持ってあげるよ」
友哉はそう言うと、ひょいと咲の手からバケツを受け取る。
「ん、ありがと。助かるわ」
「結構重たいなこれ」
「頑張って拾ったからね」
「これで、明日のリレーで石に躓くことはなくなったな」
咲達が拾った石の量に感心している友哉に、晴翔が揶揄うように言う。
「それはフラグか?」
「違うね。俺は明日の体育祭でベストを尽くさないといけないんだよ。ご褒美のために!」
「ご褒美?」
やる気を漲らせている友哉に晴翔が疑問を口にする。すると、咲が慌てて会話に割り込む。
「ちょっと友哉! ご褒美じゃないって言ったでしょ!」
「あ、そうだった」
「もう! 変な勘違いしちゃダメだからね!」
「アイアイサー」
のんびりとしたいつもの友哉の様子に反し、咲はどこか落ち着かない様子で「本当に分かってるの?」と釘をさしている。
そんな二人の様子を晴翔が観察してると、綾香が隣に寄り添ってきた。
「ねぇ晴翔、私達も体育祭が終わったらデートしない?」
愛しの婚約者からのデートのお誘いに、晴翔は条件反射で頷く。
「うん、いいよ」
「やった」
嬉しそうにはにかむ彼女を見て、晴翔も自然と笑顔になる。
「じゃあ、今度一緒にデートプランを考えようか」
「うん!」
ニコニコ笑顔の綾香で晴翔は癒されながら、友哉達と一緒にバケツの中の石を捨てに行く。
その後、体育祭の会場設営を終えた晴翔達。
今日のリレーの練習は、明日に備えてなしということにしたので、いつもよりも少し早い時間に帰宅することになった。
晴翔は東條家で夕食を食べ、涼太と遊んで一緒にお風呂に入り。いつものように、修一と将棋を一戦交えてから自分の部屋に戻る。
「明日のリレーは頑張って表彰台に上がらないとな……」
皆藤先輩との作戦を思い出しながら、晴翔は一人小さく呟く。
混合リレーで表彰台に乗らないといけないという緊張感。そして、皆藤先輩の公開告白作戦の緊張感が合わさる。
椅子に座りながら、頭の中で皆藤先輩とのやり取りをシミュレーションしていると、扉がノックされる。
『晴翔、入ってもいい?』
扉越しから聞こえる綾香の声。
「うん、いいよ」
返事をすると、パジャマ姿の綾香がゆっくりと部屋に入ってきた。
彼女はベッドに腰掛けると、わずかに首を傾けて晴翔をじっと見つめる。
その視線の意図を察し、彼は椅子から立ち上がって綾香の隣に移動した。
「明日、緊張するね」
「そうだね」
「……私ね。明日、頑張る」
綾香はそう言うと、すっと身体を晴翔に寄せて彼の腕を抱き抱える。
柔らかく包まれる腕の感触に、晴翔は鼓動が早くなるのを感じる。
「俺も、頑張るよ。実はさ、混合リレーで表彰台に乗りたいんだよね」
そう言うと、綾香は晴翔と目を合わせた。
「私も。晴翔と一緒に表彰台に乗りたい」
「そっか。じゃあ、一緒に頑張ろう」
「うん!」
綾香は力強く頷くと同時に、ぎゅっと晴翔の腕も強く抱きしめる。
より一層強く感じる柔らかな感触に、晴翔は自分の顔も熱くなってくるのを感じる。
「あ、綾香。その……」
晴翔の脳裏には、先日彼女に押し倒された時の光景が蘇る。同時に込み上げてくる欲望に、彼はまずいと感じて口を開く。
「ちょっとだけ離れない?」
「え? あ……」
晴翔の言葉に、綾香は一瞬首を傾げるが、すぐにその顔を赤くする。
おそらく彼女もあの時のことを思い出しているのだろう。
それと同時に、腕を包んでいた柔らかい感触が少し弱まる。そのことに晴翔はホッとしつつ寂しさも感じてしまっていた。
と、思った瞬間。
離れるような素振りを見せていた綾香が、ぎゅっと唇を結び再度密着してきた。
今度は腕だけではなく、晴翔を包み込むように両手を広げて抱き着いてきた。
「っ!?」
ぎゅーっと胸に顔を押し付けて全力ハグをしてくる綾香に、晴翔は心臓が口から飛び出そうになる。
そんな彼の耳に、小さく、しかし熱のこもった言葉が届く。
「離れない」
「……綾香?」
「だって、私は晴翔の妻だもん。ずっと隣にいる」
綾香は晴翔の胸に埋めていた顔を上げ、上目遣いに彼を見詰める。
「いいでしょ?」
甘えるような、それでいて包み込んでくるような。
反則級の可愛さと包容力を見せつけてくる綾香に、晴翔の心臓は破裂しそうなくらいに激しく鼓動する。だが、そこには陽だまりの中にいるような心地良さも確かに感じられた。
「……ありがとう」
晴翔は、惜しみ無い愛情を注いでくれる綾香に感謝の言葉を口にして、優しく抱き締め返す。
「うん。私、頑張るね。これからも晴翔のお嫁さんとして隣にいるために」
そう言うと、彼女は晴翔の背中に回している腕に力を込める。
包み込むような綾香の香り、そして女の子らしい柔らかさに晴翔の中に衝動的な欲望が湧き上がってくる。
それを必死に抑え込み、彼女の健気な愛情に応える。
「俺も、綾香のために頑張るよ」
将来の妻を胸に抱きながら、晴翔は自分自身にも言い聞かせるように言う。
綾香とは常に笑顔で一緒にいたい。そのために、告白ラッシュ問題を解決する。
混合リレーで表彰台に乗り、そこで皆藤先輩と協力して綾香との関係性を全校生徒にアピールする。
プロポーズをしたら生徒指導部に呼び出されたという皆藤先輩の話から、婚約関係については明かせないが、それでも将来の妻と充実した学園生活を送るために、明日は絶対に勝つと誓う。
「一緒に、表彰台を目指して頑張ろう」
「うん。絶対にね」
晴翔が綾香を見詰めると、彼女も力強い決意を漲らせて見詰め返して来るのだった。




