第二百九話 強キャラ同士の戦い
私が晴翔を押し倒しちゃった時のことを話すと、雫ちゃんが腕を組みながら頷く。
「さすが恋愛暴走機関車のアヤ先輩です」
「で? 晴翔君を押し倒して、その後綾香はどうしたの?」
興味津々な咲の視線から私は目を逸らして答える。
「それは、その……」
あの時、私から晴翔に迫って、そして彼もそれに応えてくれてたと思う。
私のことをぎゅって抱きしめて『愛してる』って言ってくれたし。
でも……。
「晴翔が一旦落ち着こうって、優しく引き離されちゃって」
「なるほど、さすが晴翔君ね。理性が強い」
「ハル先輩がヘタレなだけです」
咲は「晴翔君らしいわね」って頷いて、雫ちゃんは「ハル先輩は根性なしです」って文句を言ってる。
二人の反応に私が苦笑をしていると、マスターさんが二人の注文した飲み物を持ってきてくれた。
目の前にドンと置かれた大盛りメロンソーダフロートに、雫ちゃんの無表情が少し緩む。
「でも、綾香は本当に晴翔君のこと好きよね」
咲はアイスカフェオレを一口飲んでから私に言う。
「それは、うん。婚約、しちゃったし」
「そうそう。その婚約なんだけど、そこに至るまでの経緯を知りたいんだけど」
「あ、それは私も気になります」
長くて小さいスプーンでソフトクリームをつついていた雫ちゃんも私を見てくる。
「それはね。えっと――」
私は晴翔と生涯を添い遂げたいと思った経緯と、パパとママへの報告の話をする。
それを咲と雫ちゃんは、静かに聞いてくれる。
「それで、一日かけて結婚について考えて、やっぱり晴翔と一緒になりたいねって再確認して、それで婚約って感じかな?」
私が話し終えると、咲が「ふーむ」って深く頷く。
「色々と大変だったのね。でもまぁ、上手く言えないけど……凄いね。そこまで誰かを好きになれるって、なんか凄いわ」
「私もママや清子さんの話を聞いたら、まだまだ全然なんだけどね」
咲の反応に照れ臭くなって、私はカフェオレを一口飲んで視線を逸らす。
「でも、晴翔と夫婦になれるって考えると、すごく幸せな気持ちになれるの」
「そっか、晴翔君と出会えてよかったね」
「うん」
咲の言葉に大きく頷くと、それまで黙っていた雫ちゃんがゆっくりと話し出した。
「中学の頃、ハル先輩のお爺ちゃんがなくなった時、先輩は酷い状態でした」
「酷い状態? それって、泣き崩れたとか?」
咲が首を傾げる。雫ちゃんは目の前のメロンソーダをジッと見つめて話を続けた。
「いえ、逆です。何も変化がなかったんです。大切な家族を失ったのに、いつも通り私達と話をして、冗談に笑って……まるで、いつも通り過ごせってプログラムされたロボットのようでした。でも」
雫ちゃんは、その時のことを思い出したのか、眉間に小さく皴を寄せる。
「空手の練習終わり、ハル先輩の様子が心配で、道場から出た後を追いかけたんです。そうしたら先輩、泣いていたんです。門の前の通りで独り、必死に声を押し殺して泣いていたんです」
「……晴翔は、弱さを見せるのが苦手だもんね」
「です。私が先輩のもとに駆け寄ったら、慌てて涙を拭って笑顔を浮かべてました」
「晴翔らしいね」
清子さんが倒れたときも、晴翔は「しっかりしなくちゃ、強くならなくちゃ」って自分に言い聞かせていたんだもんね。
「ハル先輩は笑顔でしたけど、何故だか『近寄るな』って拒絶されている気がして。私はそこから踏み込むことが出来ませんでした。大切なハル先輩との関係を壊したくなくて……」
俯いてそう言った後、雫ちゃんはパッと顔を上げて私と目を合わせる。
「でも、アヤ先輩はハル先輩に踏み込みました。とても勇気あることだと思います。素直に尊敬です」
「ありがとう雫ちゃん」
真っ直ぐな言葉に、私は微笑む。すると、雫ちゃんは真剣な表情を二ッと緩める。
「そして婚約までぶっ飛んでいくアヤ先輩はさすがです。私を負けヒロインの座に突き落としただけのことはあります」
「べ、別に負けヒロインに突き落としてはいないよ……」
晴翔のことで雫ちゃんにはもう謝らないけど、そこまではっきりと言われるとちょっと罪悪感が……。
「なにを謙遜しているのですか。アヤ先輩はこのまま暴走機関車らしく、周囲を吹き飛ばしてハル先輩に突っ込んじゃえばいいんです」
「もう、私はそんな暴走していないし、突っ込まないよ」
「確かに。アヤ先輩は突っ込まれる方ですもんね」
「っ!? ちょっと変なこと言わないでよ!!」
急に何てことを言うのよ雫ちゃんは!!
「ほえ? 私何か変なこと言いました?」
雫ちゃんはすっとぼけたように首を捻ってる。
「アヤ先輩は天然っ子なので、いつもハル先輩にツッコミを入れられてるんじゃないんですか?」
「っ! な、なんだ……そういうこと」
「それ以外に何があるんです? アヤ先輩は何を妄想したんです? 詳しく教えてください」
「な、何も妄想してません! 教えることはありません!」
雫ちゃんは無表情で「ほほう?」なんて言っているけど、目が笑ってる。もう完全にニヤニヤしてる。
「相変わらずのムッツリさんですね」
「違うもん!」
隙があればすぐに私をムッツリにしたがるんだから!
私は全力抗議の視線で雫ちゃんを睨むけど、まったく効いてる気がしない。
そして、とても涼しい顔で話を続けられちゃう。
「とりあえず、アヤ先輩はもうぶっ飛んだ恋を爆走してるので、今更怖気付くことなんてないです」
そう言って、雫ちゃんは豪快にメロンソーダをグビッと飲む。
「押し倒そうが押し倒されようが、もう夫婦なので問題なしです。それよりも二人の関係を邪魔する軟弱男子の方が問題です」
「それは、そうかもだけど……やっぱり晴翔との関係も大切に築いていきたいし……」
「恋愛暴走機関車が普通の恋路を夢見ても無駄です。なんせ暴走してるんですから」
雫ちゃんはそう言うと、私たちの会話を聞きながらのんびりとカフェオレを飲んでいた咲を指差す。
「咲先輩とトモ先輩のような、甘酸っぱい恋は諦めです」
「ゴホッ! げほっ! ちょっ!? いまなんて!?」
咲がカフェオレに咽せながら、驚きで目を見開いてる。
「アンストッパブルなアヤ先輩が、咲先輩のような恋を夢見ていたので、それは無理だと諭してあげたんです」
「ちょいちょいちょいっ! なによ私みたいな恋って! いつ私は恋を始めたのよ!?」
「トモ先輩と出会った時に胸がトゥンクってなったのでは?」
「なってません!」
咲が強く否定する。けど、雫ちゃんもなかなか引かない。
「そうですか?」
雫ちゃんはジッと咲を見つめる。
「実は、涼太くんから貰ったキーホルダーを大切に持ち歩いてるとかしてないんですか?」
トリプルデートで遊園地に行った時の涼太のプレゼントの話を持ち出す。
すると、咲はさっと脇に置いていたバッグに手を置いた。
ん? もしかして……。
私が視線を向けると、少しだけ間を空けてから咲が話し出す。
「……持ち歩いてるけど?」
「ほう? トモ先輩への気持ちを認めました?」
「別に?」
咲は涼しい顔で、バッグからキーホルダーを取り出す。
「これ、普通にデザインが可愛いから気に入ってるのよね。それに、せっかく涼太が買ってくれたのに、使わなかったら可哀想でしょ?」
咲は余裕の微笑みを浮かべて雫ちゃんにキーホルダーをかざす。
「特に意識とかしてないし。友哉に特別な感情はありません」
「……ふむ。さすが咲先輩です。なかなかの強キャラ。ザコザコアヤ先輩とは格が違います」
「ちょっと雫ちゃん! ザコザコってどういうこと!?」
雫ちゃんの中での私の評価低すぎない? これでも一応先輩なんですけど?
そんな私の抗議は虚しく流されて、咲が反撃の笑みを浮かべる。
「そういえば、雫ちゃんは和明先輩とどうなのかな?」
「む?」
「恋人らしいことをして固定概念をぶち壊すって豪語してたけど?」
「なるほど、そうきましたか」
「遊園地デート以来、なにかイベントはあったの?」
反撃に転じた咲に、雫ちゃんは無表情のまま数秒間沈黙する。
と思ったら、急にスマホを取り出して電話をかけ始めた。
「……電話に出るのが遅いですよカズ先輩。来週の日曜日にデートです」
雫ちゃん、急に電話していきなりデートって……。
脅威の行動力に感心と呆れを同時に感じちゃう。まぁ、雫ちゃんらしいけど。
「昼前からデートです。はい……いえ、今回は私だけです。はい……なっ!?」
どうしたんだろう? 雫ちゃんが目を見開いてる。
なんか、顔も赤い?
「そ、そそ、そんな安っぽい言葉で私を堕とせると思ったら大間違いです!」
何言われたんだろう? 動揺してる雫ちゃんが新鮮すぎる。アワアワしてるの可愛い。
「日曜日は覚悟しておいてください! タイマンでぶち倒してやります!」
雫ちゃんはスマホに向かって叫ぶと、勢いよく画面をタップして通話を終了する。
そして、ムンッて胸を張って咲を見る。
「どーですか! 私は来週にカズ先輩とデートです!」
ドヤってくる雫ちゃんに咲は苦笑を返す。
「本当にデートなの? タイマンでぶち倒すとか言ってたけど?」
「デートです!」
キッパリと言い張る雫ちゃんは、そのまま咲の方に身を乗り出す。
「次は咲先輩の番です」
「え? なにが?」
「トモ先輩をデートに誘うです」
「なぜっ!?」
完全に意味不明な会話の流れに、咲は目を見開いてびっくりしてる。
けど雫ちゃんは止まらない。
「体育祭お疲れ様デートです。私はカズ先輩と、アヤ先輩はどうせハル先輩とデートに行くはずなので。このままだと咲先輩だけ仲間外れです」
「ちょっとなにそれ! どんな理論よ!」
「咲先輩だけ仲間外れは親友として心苦しいです。なので私がキューピットになります」
「ちょっ!? 雫ちゃん!?」
雫ちゃんは再びスマホを操作して、今度は友哉君に通話を繋げようとする。
咲は慌ててそれを止めようとするけど、それよりも先に雫ちゃんが「ポチッとな」って通話ボタンを押しちゃった。
「あ、どもです。雫です。今電話大丈夫です?」
友哉君はすぐに電話に出たみたい。
「実は今女子会をしていまして、それで咲先輩がトモ先輩に話があるそうです。てことで電話変わります」
「ちょい!」
慌てる咲に、雫ちゃんは自分のスマホを手渡す。
少しの間、咲は迷った様に渡されたスマホをジッと見つめていたけど、ぎゅって表情を引き締めてからスマホを耳に当てた。
「……もしもし。私だけど、うん……いや、その、大した話じゃないんだけど、その……体育祭が終わったら、どっか遊び行かない?」
咲はスマホを耳に押し当てたまま、反対の手の人差し指でずっとテーブルを撫でてる。
「……ううん、私達だけ。綾香は晴翔君と、雫ちゃんは和明先輩と遊びに行くらしくて……うん……うん……ご、ご褒美とかじゃなくて! 普通に遊びに行くだけ! 友達として! ……うん……そう! それだけ! じゃあ、体育祭が終わった後の日曜日に駅前で……そうね……わかった。じゃあ詳しくはまた後で……うん、ばいばい」
咲は友哉君との通話を終えると「ふぅ~」って息を吐く。
そして雫ちゃんにスマホを返しながらドヤ顔を見せた。
「どうよ」
「さすが咲先輩です。ですが……」
雫ちゃんはスマホを受け取りながら、ほんの少しだけ口の端をクイって上げる。
「無理してデートに誘わなくても良かったんですよ? 私はデートについて一言もトモ先輩に言ってなかったので。ただ『咲先輩が話がある』としか言ってません」
そう言った後、雫ちゃんは静かに勝利の笑みを浮かべた。
「でも、ちゃんとトモ先輩をデートに誘ったということは……満更でもないってことですね?」
「ッ!?」
咲は雷に打たれたみたいにフリーズしちゃう。
それから数秒、ゆっくりとカフェオレを飲んでから咲は笑顔で言う。
「そういえば私、秋服を見たいのよね~。これ飲んだらウィンドウショッピングでもしましょ」
明らかな話題転換。
私は不自然なくらいに明るい笑顔の親友の横顔をジッと見つめた。
もしかして、咲って本当に友哉君のこと……。
でも、それからずっと咲は、絶対に話がその方向にいかないようにガードし続けていた。




