1749:良さげな料理。
二週間という時間はあっという間に過ぎて、遊べるのは今日が最後となっていた。
夜はエーリヒさまとダークエルフさんたちと魚人さんたちに、料理人の皆さまが盛大に夕食を作ってくださるとのこと。テラさまとヴァルトルーデさまとジルケさまは凄く期待しており、今日はたくさん遊んでお腹を目一杯減らしておくそうだ。
グイーさまも今日が飲み友達がいる最後となるため、朝から飲み明かすと宣言していた。付き合わされる方は大丈夫かと心配していれば、無理強いはされないから平気とのこと。副団長さまと猫背さんたち魔術師組も今日で最後となるため、島をもう一周してくると朝の早くからコテージを出ている。
ポチとタマがワイバーンさんたちと空で競争していたり、ジャドさんたちやルカたちも加わって、恐竜時代が再来したような景色になっていた。浜辺でのんびりと過ごす魔獣や幻獣の方もいるし、ガンドさまとクロエおばあはじゃれ合っていてなんとも不思議な光景だ。
女性陣も男性陣も今日はゆっくり過ごすと言って、コテージの談話室で会話を楽しんだり、ハンモックで寝ていたり、散歩をしてみたりと自由な時間を過ごしている。私もユーリと一緒にコテージのウッドデッキに出た。アンファンとリンも一緒にきていて、この二週間のお決まりの面子になっている。
ユーリは毛玉ちゃんたちやグリフォンさんたちと遊びたいようだが、きょろきょろと周りを見渡しても誰もいなかった。しょぼんとなっているユーリの下に私がしゃがみ込むと、遊んでくれるのかと期待に満ちた目を向けている。
「ユーリ、明日は移動日だから、今日で島にいられるのは最後の日になるよ。島は楽しかった?」
「あい!」
ユーリが片手を挙げて答えてくれた。一番楽しかったことはと聞くと、外でご飯を食べたことが彼女の中で印象的な出来事だったようである。たしかに今までは屋敷の中で食事を摂っていたから、ユーリには外で食べることが新鮮だったのだろう。
いろいろな人に囲まれ、喋り掛けられて目を回していたけれど、慣れてしまえば皆さまの輪の中に勝手に入っていた。喋る言葉は幼い子と一緒だけれど、行動範囲は広いし、意思表示はできている。あとは本当に、舌足らずなところや、単語しか話さないところが治れば良いけれど。私が彼女の頬に手を伸ばして親指の腹で撫でてやれば、じっと受け入れてくれる。
「そっか。知らない方ともいっぱい話したし、ユーリはお利巧さんだねえ」
『ナイはユーリに甘くないかな?』
クロがこてんとウッドデッキの上で首を傾げた。クロは私の妊娠が分かってから、肩の上に乗ることがなくなった。癖で偶に乗ってしまい『乗っちゃった』と言いながら、直ぐにジークやリンの肩に飛んでいくこともあるけれど。
重くないし構わないよと伝えたものの、今の内に慣らしておかなければ私のお腹が大きくなった時に迷惑を掛けるからと言われてしまった。どうやら臨月を迎えていたソフィーアさまとセレスティアさまのことを聞いていたから、クロなりに気遣ってくれているようである。
ウッドデッキにクロの足の爪が当たってカチャカチャと鳴る音を聞くのが結構楽しい。ヴァナルたちも鳴らすけれど、少し質が違うというか。クロは小さくて軽いから音も軽いのだ。ユーリの頬から手を離して、クロの顎の下を撫でればくっと首を持ち上げる。
「そうかな。普通じゃない?」
みんな私がユーリに甘いというが、普通ではないだろうか。だって、妹なのだ。だから姉が妹を可愛がってなにが悪いのだろう。歳が十七かそこら離れているから、余計に可愛いというか。
『ナイとジークの子供が生まれたら、もっと甘くなるのかなあ?』
「変わらない気がするけれど、どうだろう。その時がこなきゃ分からないかな」
お腹の子が生まれたら、たしかに私はどうなるのか気になるところである。でも、先ずは無事に生まれてくるようにと願うしかない。出産で私と子供の身になにかあれば、赤子を優先させて欲しいとジークには伝えてある。
ジークは不承不承と言いたそうな顔で『分かった』と頷いてくれた。もしかすると彼は、赤子より私を取るつもりかもしれない……――今、考えても仕方ないだろう。危ない時がくれば、危ない時に考えて、なるようになると前向きに考えていなければ病んでしまいそうだ。
クロに苦笑いを向けていれば、色鮮やかな蝶が目の前を優雅に飛んで行く。ユーリは蝶の姿を見て『わあ!』と感動していた。女の子は昆虫を怖がってしまいそうだが、彼女は平気なようである。ぱあと顔を輝かせたユーリは、目の前の蝶に視線が釘付けになっている。
「ちょうちょ! ナイおねえしゃま、おいかけりゅ!」
「危ないから、遠くへ行っちゃ駄目だよ」
侯爵邸では見かけない蝶だから、この地域由来の蝶なのだろう。私はアンファンに目配せすれば、彼女はユーリの後ろに控えた。そして護衛の方も一緒についていく。
「ユーリは元気」
ウッドデッキに残ったリンがしゃがみ込んだままの私に手を差し伸べてくれた。
「私も追いかけたいけれど」
リンの手に私の手を重ねれば、優しく引き上げてくれる。
「駄目」
リンの手が私の肩に回って、行くなと止められてしまった。妊娠を自覚してから、リンは凄く私の面倒を見てくれている。コテージの部屋割りは私とリンは一緒である。
朝、一人で着替えられるというのにリンが手伝ってくれていた。髪を梳かすのもやってくれているし、顔を洗っている時は横に立って清潔な布を出してくれる。
その様子を見たエッダさんが『仲が宜しいですねえ』と苦笑いを浮かべていた。恥ずかしいから止めて欲しいと訴えても、リンは『恥ずかしくない。主人と騎士だから間違っていない』という主張をさせてしまっている。いや、うん、まあ、ねえ。私が臨月を迎えたら、リンは私を抱き抱えて移動しそうである。まさかという心と、あり得そうだという心がせめぎ合っていた。
「リンも私に甘いよね」
私が肩を竦めると、ウッドデッキの上でクロがリンの肩の上に移動する。
『どっちもどっち、なのかもねえ』
クロが小さく笑えば、リンが『甘くない。心配なだけ』と口をへの字に曲げるのだった。
◇
やはり料理を作るのは息抜きに丁度良い。丁度良いけれど、提供する方たちが凄く豪華だという事実を見てしまってはいけない。とはいえ美味しいと食べてくれる姿は嬉しいし、作った料理が平らげられているところを見れば苦労した甲斐があったと充足感に浸れる。
大食堂横にある調理場で俺、エーリヒ・ベナンターは夜に向けた仕込みを始めていた。
調理場ではアストライアー侯爵家の料理人、フソウの台所番、アガレスの料理人が忙しなく動いている。みんな料理に精通している人たちで無駄な動きがない。彼らは新しいレシピを開発する際に俺を頼ってくれているけれど、俺は彼らの調理技術に助けられているし教えられてもいる。道具の使い方は一流だから、ためになることが多い。
コンロに電子レンジにオーブンのないところで、一から料理を作っているのだ。尊敬しないわけがないというか。
もちろん魔術具の存在があるため、凄く原始的とは言えない。けれどやはり、元日本人として便利な家電器具に囲まれていた俺としては、料理人の火加減の見方や温度管理は参考になる。彼らの助力があるからこそ調理場に立つことができるのだろう。しかしナイさまにカレーを食べて頂けなかったのは残念だ。
みんな俺の作ったチキンカレーを美味しいと褒めてくれていたが、材料を用意してくれ一番楽しみだったであろう人物がナイさまである。
悪阻だからしかたないし、産後に作る約束を取り付けたけれど、みんなでワイワイ食べる方が美味いだろうし……刺激が強いものは避けた方が良いと、食べるのを我慢していたようにも見えた。なにかナイさまとフィーネが喜んでくれる品はないだろうかと昨日考えて、さつまいものパウンドケーキと納豆リゾットを作ろうと決めた。
悪阻はなにが原因になるか分からないから賭けとなるけれど、ナイさまに食べて貰えると良いのだが。納豆リゾットであればナイさまもフィーネも喜んでくれるはず。さつまいものパウンドケーキはアストライアー侯爵家の料理人に任せた。パウンドケーキはペーストにしたさつまいもと角切りにしたさつまいもを混ぜるだけなので、任せてしまって構わない。むしろ、俺より上手に作ってくれるだろう。あとは納豆リゾットだと、俺は調理場にある材料をかき集めた。
「よし、作れるな」
玉ねぎをみじん切りにして、納豆を軽く混ぜておく。フライパンにバターを入れて熱したなら、玉ねぎを加えて透き通るまで炒める。コツは焦がさないようにすること。玉ねぎを炒めたフライパンに白ご飯と山羊乳と水、アルバトロス王国の料理人が作ってくれていたコンソメを中火で温めて沸騰させた。
「良い匂いだ」
沸騰させて直ぐ火を弱めて、フライパンのご飯を解しながら三、四分煮込む。その間に水分が飛び過ぎたなら、山羊乳か水を足し。白ご飯が柔らかくなればチーズを加える。
カロリーは気にしない。たっぷりと。とろみが付いたら、醤油を加えて塩で味を調えれば、フソウの台所番が『しょ、醤油を使うのか?』と驚いている。まあ、リゾットはアルバトロス料理だよなあと苦笑いを浮かべながら、俺は味見をしてみる。うん、丁度良い感じだ。
「さてと。仕上げに納豆を入れて軽く混ぜれば、完成っと」
火からフライパンを上げて、俺は納豆を加えて軽く混ぜた。火に掛け過ぎると納豆の匂いが強烈になるから最後に入れるべし。器に盛りつけて、黒胡椒を少々。好みで刻みネギも入れる。
俺が差し出した皿をアストライアー侯爵家の料理人とフソウの台所番とアガレスの料理人がマジマジと見つめていた。アガレス帝国の料理人は納豆を使う料理を初めて見たようで、凄く驚いた表情になっていた。フソウの台所番は味がどうなっているのか気になって仕方ないようだ。
「味見、お願いします」
俺が声を上げると、みんながそれぞれ箸とフォークを持ち、納豆リゾットをひと掬いする。そうして口へと運べば、彼らは驚いた表情になった。あれ、変な味になってしまったかと俺も一口食べてみた。納豆の味は殆ど消えており、チーズの味が口の中に広がった。これなら皆さまに提供しても問題なさそうだが、料理人の判断はどうだろうか。
「このままだと彩が少し寂しいですから、ベーコンかきのこ類を入れてもよさそうですね」
「納豆の味が消えている……りぞっととやらはお粥に似ておりますなあ」
「食べやすいです。ねばねばも消えている」
料理人がそれぞれ納豆リゾットの感想を教えてくれた。改善点を教えてくれるのは有難い。夜はベーコンときのこを入れたものを作ろうと、みんなで話し合いながら他にも出す料理の下準備を進めるのだった。




