1747:新たな問題。
島、十一日目
もうすぐ、帰らなければならない頃合いになっている。数少ない荷物だけれど、ちょこちょこと片付けていて、他の方たちも日常に戻らなければならないという感覚が日に日に強くなっているようだ。
アリーさまとアルティアさまは魔獣や幻獣の方たちと戯れられないと嘆いているし、グイーさまはお喋りの相手がいなくなると悲しんでいる。テラさまは美味しいご飯ともあと少しでおさらばだと、極貧生活に戻る気満々だ。他の面々も仕事に戻らなければという現実が見えているのか、南の島初日のようなテンションではない。
ユーリはよく分かっておらず、きゃっきゃとみんなと戯れている。シェクトさまボディーを撫でていくし、グイーさまに抱っこされて嬉しそうに笑っているし、ナターリエさまとエーリカさまにも構えと訴える。
ディアンさまとベリルさまは『くろおにいちゃま』『しろおにいちゃま』と、ダリア姉さんとアイリス姉さんを『ダリねえちゃま』『アイねえちゃま』と呼んでいた。でも皆さま、ユーリに名前を呼んで貰えるのが嬉しいようで割と顔が綻んでいるし、よくユーリに会いにきてくれる。亜人連合国の方も、小さい子は可愛いようだ。
島の主であるガンドさまにはよじ登ろうと試みた。落ちると危ないので止めて欲しい。ガンドさまは『危ないぞ~』と言いつつ、声が明るいので満更でもないようである。ヤシガニさんを捕まえて、ぽいっと投げようとしたり、ビビるポポカさんたちに顔を近付けたりと、ユーリは愉快な行動に出る。幼い故の相手の気持ちを汲み取れない行動だから、仕方ないけれど少しヒヤヒヤしてしまう。
ボルドー男爵さまを『おじいちゃま』と呼ぶようになってしまったし、ハイゼンベルグ公爵さまとヴァイセンベルク辺境伯さまを『おじちゃま』と呼んでいるから、私はどうしたものかと頭を抱えている。アリーさまは『アリーちゃま』だし、ウーノさまは『ウーノちゃま』と呼ぶようになった。皆さまの名前を覚えたことは素直に凄い。会わなくなれば、忘れてしまうかもしれないが。
皆さま、構わないと言っているものの、流石に地位のある方を気さくに呼んでしまうのは如何なものだろう。いくら幼子とはいえ、と割とヒヤヒヤしている。アルバトロス王国の陛下まで『おじちゃま』とか呼び始めたら、私はどうすれば良いのやら。
元気印のユーリはウッドデッキの椅子に座る私の目の前で、一人で空き地を走り回っていた。アンファンが元気だなあと、無尽蔵なユーリの体力に黄昏ている。
そして更に私の間の前ではこてんこてんと首を傾げる、二頭の小型の竜の方がいる。
「ポチとタマは島生活を満喫しているよね」
『たのしー!』
『うれしー!』
ポチとタマが声を上げ、側にいるクロが『元気だねえ』と首をくるりと回す。そしてヤーバン王国からきたワイバーンさんもポチとタマの真似をしてこてんこてんと首を傾げていた。
「ワイバーンさんたちも島を満喫できたかな?」
『できたよ~』
『探検、楽しいよ~』
『気軽に飛べる~』
『誰も怖がらない~』
ワイバーンさんたち四頭が柵に顎を乗せて、撫でろと要求してくる。はいはいと私は椅子から立ち上がって、彼らの頭や顎の下に頬を撫でていく。目を閉じて人間の手を楽しむ仔に、身体の力を抜き身を任せる仔。可愛いと笑っていれば、一頭のワイバーンさんが私のお腹に顔を近付ける。
『卵、いるのー?』
「卵じゃないけれど、赤ちゃんはいるね」
私が答えるとワイバーンさんは鼻先をちょこんとお腹に当てた。ワイバーンさんは竜種になるし、魔力の流れを掴んでいるのだろうか。すると他の三頭とポチとタマの視線が私のお腹に突き刺さる。どうやら興味が湧いたようで、代わって~と声が上がった。
『人間はお腹の中で卵を温めるの~?』
「そんなところだよ」
卵ではないけれど、まあ説明しようとすれば難しいなと少し彼らの疑問を流してしまう。他のワイバーンさんたちも私のお腹にちょこんと鼻先を当てて、なにかを探っているようだった。
ポチとタマも『不思議~』『卵がいるねえ~』と鼻先を私のお腹に当てたあとケタケタと笑っている。きちんと理解しているあたり、彼らもちゃんと竜なのだなあと感心してしまった。ポチとタマは『あ、そうだ』となにかを思いついたようで私から少し離れた。
『ハインツがね~もう少しで帰らなきゃって落ち込んでた』
『僕たちが羨ましいって~』
副団長さまと猫背さんも現実に戻らなければと嘆いているようだ。
「あの人はなにやっているんだろう……けど、副団長さまと仲良くなれたんだねえ」
いつの間に魔術師団の方たちとポチとタマは仲良くなったのか。不思議な関係だなと肩を竦めていると、ポチとタマがまた顔を撫でてと近づいてきた。
『うん~みんなを乗せて島の中を案内したのー!』
『入れない場所があるから、代わりに入って貰ったのー!』
副団長さまと猫背さん、ポチとタマの『鉱山のカナリア』みたいになっていないかと首を傾げる。少し意味合いは違う気もするが、未知の場所に入って貰うって結構危ないことのような気もするが。
しかし流石副団長さまと猫背さんである。興味の方が勝っていたらしい。魔石や土器を見つけているので、探検した意味はあったようである。そのうち遺跡の探検だけではなく、発掘調査とかも始めそうな勢いだ。
『でも、もうすぐいなくなる……』
『寂しいよ~』
「また来年くるから。その時はよろしくね』
ふふふとお互いに笑い合っていると、サフィールが姿を現した。彼がひとりで行動するのは珍しいと私は『どうしたの?』と声を掛ける。
「ナイ。伝えたいことがあって。今までずっと言えなかったけれど、遅くなれば遅くなるほど問題になりそうだし……」
サフィールが難しそうな表情でじっと私を見つめている。空気を察したのかクロたちとポチとタマにワイバーンさんたちも身体を正して、サフィールを見つめていた。彼らがいても問題ないそうだから、私は『なにかな?』と椅子に座り直す。サフィールは座り直した私の目の前に立った。そしてごくりと息を呑む。
「ユーリの発語、少し、ううん、大分遅くないかな?」
「……四歳児ってどんなものだっけ……あれ、あ!」
託児所の四、五歳児の子供の言葉使いはたしかにもっとしっかりとしたものである。大人との会話にもついていける。難しい内容は無理だけれど、耳を傾けることはできるはずだ。こうしてサフィールから突き付けられた事実に私は頭を抱えそうになる。誰か教えてくれても良さそうなのに……と他人様の所為にしているわけにはい。
ユーリは私たちの言葉を理解している。だから発達が遅れているというよりも、発語が難しいと判断した方が正しいのだろうか。専門家ではないし、アルバトロス王国に子供の発達について詳しい人もいない。参ったなあと頭を抱えていれば、サフィールが苦笑いを浮かべている。
「だよね。気付いてはいたんだけれど、見守っていれば言葉の語彙も増えていくかなって考えてけれど、なかなか進まないから……」
そういえば毛玉ちゃんたちも喋り始めて、随分と時間が経っているというのに舌足らずなままである。ユーリは彼女たちにも影響を受けているのだろうか。なににせよ、気付けて良かった。専門家はいないけれど、みんなと過ごす時間を増やして、喋る機会をもっと多くすれば改善するかもしれない。託児所の同年代の子と一緒に過ごすことも考えてみよう。
「教えてくれてありがとう、サフィール」
「ううん。僕も少し目を逸らしていた部分があるから、本当にごめん」
「私も気付けなかったから。サフィールを責められないよ」
お互いに頭を下げて、苦笑いを浮かべる。
「どうするか考えないとね」
「うん」
子供の発達に関した本でもあれば良いけれど望みは薄そうだと、まだ一人で走り回っているユーリに私とサフィールが視線を向ける。どうして気付かなかったとループしそうな思考を振り払い、私は席から立ち上がった。
「アンファン、少し良いですか? サフィール、申し訳ないけれどユーリを見てて」
「分かった」
サフィールとアンファンが入れ替わりでウッドデッキへとやってくる。私の目の前に立つアンファンは出会った頃の幼さはなく、女の子から少女になっていた。時間の流れは酷だなと思う心と、気付いてあげられなかった情けなさに襲われつつ、私はアンファンにユーリの現状を伝える。
「ユーリの言葉使いが同年代の子よりも遅いのではないかと、サフィールから報告が上がりました。思い返せば、確かに同年代の子たちよりユーリは舌足らずな部分が多いです」
「え」
「言葉の学びが遅い子もいるので、アンファンは自身を責めないでくださいね。見抜けなかった私の責任ですから」
ユーリは特殊な生まれだけれど、ヴァルトルーデさまから問題はないはずという言葉を頂いている。この辺りも私が見抜けなかった要因かもしれないなあと、溜息を吐きそうになってすんでのところで堪えた。
「少し、ユーリに語り掛ける頻度を増やして頂ければ嬉しいです」
屋敷に戻れば、乳母の方たちとも相談しよう。家宰さまや侍女長さまにも伝えて、屋敷の方たちにも協力をお願いしなければ。やれることはまだあるし、ユーリになにか問題があると決めつけるのも傲慢な気がする。子育てを終えた方たちもいるのだから、きっと良い相談相手となってくれるはずだ。お貴族さま方が多いので、参考にならない場合もあるかもしれない。その時は下働きの方たちに助勢を頼んでみよう。
「ご当主さま……どうしましょう……」
アンファンが今にも泣きだしそうな表情で、一人で駆けまわっているユーリを見ていた。
「アンファン。悲しむのは早いですし、もしユーリに問題があるのであれば苦労するのは彼女になります」
私はアンファンに偉そうなことを言えないが……言わなきゃいけない立場にいる。ユーリは目が見えないわけでも、声が聞こえないわけでも、喋れないわけでもない。本当に悲観するのはまだ先だとアンファンを言い聞かせて、私は他の方たちにも助言を頂くために報告してくると場を去るのだった。




