1746:来年も。
島、十日目。
ユーリの面倒を見つつ、悪阻と少しだけ格闘しながら時間が過ぎていた。
皆さまに気を使わせて申しわけない限りだけれど、執務もしていないのでゆっくりとした時間が流れている。ウッドデッキで本を読む時間――ハンモックは禁止を言い渡された――も乙なものだった。
他の方は浜辺に出たり、探検に向かったり、温泉の気持ち良さを理解してフソウに行く約束を取り付けている。副団長さまと猫背さんたちも島を歩き回り、残りの四日は纏め作業にはいるそうである。面白そうな品は見つかったかと問えば、古代人が使っていた土器を発見したとか。不思議な模様を施させており、もしかすると模様は魔術に関することかもしれないと解読を試みるそうである。
コテージに設置されたウッドデッキで私は食べたくなった品を作って貰い、にっこにこで食べている。丁度、ウーノさま方が通り掛かったので、一緒に食べないかと誘ってみた。
ポテトチップスばかりだったから、作って貰った品を食べるのは久しぶりだ。揚げたてを口に運ぶと、芋の甘さと塩の味が口の中に広がる。皮つきだから、触感の違うところがあった。次は細いものを作って貰おうと私がもう一つ手に取れば、ウーノさまが微妙な表情でじっと見つめている。
「くっ、じゃがいもに負けようとは」
「仕方ないです、お姉さま」
どうやらさつまいもさんがじゃがいもに負けたことが悔しいらしい。そういえば今、使っているおいもさんはリーム産だなあと目を細める。ギド殿下が凄く良い顔をして、今年もたくさん穫れたからと譲ってくださったのだ。リームの聖樹の妖精さんも関わっていて、美味しいお芋ができるのだとか。凄くチートではと思いつつも、美味しいからと受け取ってしまうのが人間の業というものだった。
「アガレスのさつま芋も美味しいですよ。焼き芋は甘いですし、さつま芋ケーキも美味しいですから。手間が掛かるので、料理人の方たちには頼みにくいですが」
油を使って揚げることも大変だけれど、ケーキは裏ごしとかいろいろと手間が掛かることが多い。大学芋も割と手間が掛かるはず。今度、さつまいものチーズケーキに挑戦してくれるそうだから、私はとても期待している。だからリームのじゃが芋もアガレスのさつま芋も等しく美味しいのだ。アガレス帝国からたくさんさつまいもを頂いて、屋敷でみんなで美味しく頂いていると告げればウーノさまの顔が綻んだ。
「ナイさま……! ありがとうございます。さつま芋はアガレスにて日々研鑽を積み重ねておりますわ。また新しい品が誕生すればナイさまにご賞味いただきたく」
「嬉しいです。アストライアー侯爵領でも種苗研究所を作ったので、そこで誕生した品を、いつかウーノさま方にも食べて貰いたいですね」
お互いに切磋琢磨できると良いですねえと頷き合う。アガレス帝国の技術とアストライアー侯爵家の技術が同等になれば、情報交換とかもしてみたい。
他の国ともやってみたいし、アルバトロス王国の他家ともやってみたいのだが……果たして受け入れてくれるところはあるのだろうか。対価がなければ難しいだろうかと、首を捻っていればお皿のフライドポテトが空になっている。
「足りなければ、まだあると聞いているので頂いてきますね」
料理人の方たちは他の人たちも食すだろうと、結構大量に作ってくれたそうである。私が立ち上がると、ウーノさまも立ち上がり手を差し伸べてくれる。
「ナイさまが向かわずとも」
重なったウーノさまの手がぎゅっと握り込まれた。たしかに私が行かずとも、誰かにお願いすれば良いことか。側で待機していたエッダさんが『私の立場がないですよぅ』と困り顔になっている。
「……そうでした」
私はウーノさまから手を離し、椅子に座り直してエッダさんを呼ぶ。エッダさんは承知しましたと恭しく礼を執って、調理場の方へと消えて行った。
ウーノさまの妹さん方も仕方のない人みたいな表情で私を見ている。いや、侯爵邸ならば呼び鈴を鳴らしてお願いしていたところだけれど、南の島だから自分で動かないとという頭があったのだ。お貴族さま生活に慣れてきてはいるけれど、こうして地が出る時もあるなと苦笑いになる。ウーノさま方とお喋りをしながら、エッダさんが戻ってくるのを待っていればテラさまがひょっこりと顔を出した。
「お、ナイ! 美味しいものを食べていたのかしら?」
「はい。フライドポテトを揚げて貰ったので」
よく分かったなと感心しつつ、私はテラさまも一緒に食べませんかと誘ってみた。ウーノさま方が驚いているけれど、テラさまなら問題なく交流できるはず。難易度的にはナターリエさまとエーリカさまの方が会話の継続が高くなるのだから。
「待ってたらくるのよね? 食べるー!」
からりと笑ったテラさまが、柵をひょいと超えて私の横にくる。相変わらずテラさまは身軽というか、創星神さまらしくない。身分を振りかざさない方なのでお付き合いし易いけれど。ウーノさまたちは『やっべ』みたいな感じで緊張し始めている。いやいや、大丈夫と言いたいのだが、流石にテラさまがいる正面では口にできない。
「えっと。ウーノとドゥーエに、トレ、クワットロとチンクエよね?」
「は、はい! わたくしどもの名前を憶えて頂き、誠に光栄でございます」
名前を呼ばれた皆さまがテラさまに対してピシっと背を伸ばした。
「ちょっと自信なかったけれど、合っていて良かった。今まであまり話せなかったから、時間が取れて良かったわ。娘たちは地上のことに慣れなくて、つっけんどんでしょ? 話辛いわよねー! あ、ナイは別ね」
ふふふとテラさまが私を見て笑う。失礼なと思いつつ、私は声を上げる。
「どうして私の名前がそこで上がるんですか」
「だって、ナイは娘たちと平気で話しているじゃない。なかなかできないことなのよ?」
どうにも最初から普通に話してしまったためか、女神さま方に対して苦手意識はない。グイーさまとテラさまも気さくな方のため、凄く話し易い。シェクトさまとも普通に喋っていることが、そんなに変なことだろうか。というより、みんなが神さま方に一線を引いているようにも見える。そちらの方が不思議であるが、とりあえず。
「あ、持ってきてくれたわ!」
エッダさんがフライドポテトを大量に持ってきてくれた。小皿にはケチャップとマヨネーズ擬きと塩が乗っている。好みで味付けできるようにと配慮してくれたようだ。
彼女の隣には他の侍女の方もいて、お盆の上には果実水が乗せている。気を使って貰ったなと目を細めていると、お二人は困り顔になっていた。急遽テラさまが増えてしまったから人数にカウントされていない。
そういうことかと私は頷いて、エッダさんたちに手招きをした。とりあえず、私の分をテラさまに先に渡そうとすれば手で制す。
「あたしの分はゆっくりで良いわよ。人数に含まれていなかったでしょうし。とりあえずナイのお皿から分けて貰うわね」
「あ、はい。どぞどぞ」
エッダさんから受け取ったフライドポテトをテラさまの前に差し出す。皮つきのフライドポテトは贅沢ねえと声を上げたテラさまは、さっそく指で摘まんで口の中へと放り込んだ。エッダさんはまた調理場から貰ってくると引き返していく。
「そういえばアガレスって辛い料理が多いのよね?」
「我々は慣れてしまい、分からない感覚ですが国外の皆さまはそう仰られることが多いです」
テラさまがフライドポテトを口にしたまま、ウーノさまに問いかけた。お行儀が悪い気もするが、何故か不快感は少ない。
「ウーノたちは来年も南の島にくるのかしら?」
テラさまは問いながら、フライドポテトを鬼の勢いで消費していた。食べながら質問を繰り出せるあたり、器用な神さまである。
「ナイさまからお誘いがあれば、もちろんです」
「そっかーまた、会えると良いわね」
「はい」
そんな会話が繰り広げられ、何故かテラさまとウーノさまの視線が私に刺さっていた。これは来年も招待状を出せよというお二方からの圧であろうか。言われなくても出しますよと私は肩を竦めながら、追加で持ってきてくれたフライドポテトを口へと運ぶのだった。
◇
ナイさまと楽しい時間を過ごした日の夜。
妹たちがわたくしの部屋に集まって、各々腰を下ろしている。手元には紅茶が淹れられており、のんびりとした時間が流れていた。本当に贅沢な時間であるが、今日の出来事はアガレス帝国の歴史に残ることになるかもしれない。
「お姉さま、来年も島にこれるようですね」
次女のドゥーエが眉尻を下げて私に問うた。
「ええ。創星神さまからのお言葉ですもの。ナイさまも断り辛いでしょうから。しかし他の星の創星神さまにアガレス料理を振舞うことになりましたわ……」
まさかナイさまと昼食後のまったりとした時間をご一緒していると、他の星の創星神さまが同席なさったのだ。スライムのような創星神さまより圧はないものの、やはり偉大な方のため緊張は避けられない。
ただ、凄く気を使ってくださっていたのか、話の流れでアガレス料理を振舞うことになってしまった。いや、凄く感謝しなければならないことであるが、これから一年間、創星神さまに出す料理に抜かりがないようにしなければならなくなっている。アストライアー侯爵家の料理人も二十数柱の創星神さまに料理を振舞ったのだから、我々アガレスができないとは言えない。
「ら、来年はどうしましょう?」
三女のトレが顔を引き攣らせている。
「責任はわたくしが取ります。貴女たちはそう身構えないで」
もし創星神さまがアガレス料理を気に入られないのであれば、責任は全てわたくしにある。神の怒りに触れて死にたくはないが、アガレス帝としては名誉の死ではなかろうか。後世の歴史家がどう記録に残すのか、少し気にはなる。だが、わたくしは死ぬ気はない。
「料理人はこれから大変でしょうね……アストライアー侯爵閣下からご助言を頂けると良いのですが」
四女のクワットロが眉尻を下げる。
「もちろん、助けを求めればナイさまは助力くださいましょう。とはいえ、頼り過ぎるのは駄目ですが」
ナイさまは妊娠中だ。今も悪阻で難儀しておられるから、手を取らせるわけにはいかない。来年の今頃はナイさまはご自身のお子を腕の中に抱いているのだろう。絶対に尊いお姿だ。あまり深く考えると、創星神さまに料理を振舞うことが吹っ飛んで行きそうなので止めておく。
「創星神さまに認めて頂けたならば、アガレス帝国の名が四大陸中に広まりますよね!」
五女のチンクエがぎゅっと手を握り込む。前向きな彼女の言葉にわたくしたち姉は一同に頷いた。そうだ。創星神さまに気に入って頂けたならば、ナイさまに次いで四大陸中にアガレスの名が轟くはずだ。尻込みしていてはなにも得られないのだから、本国に連絡を入れ、料理人たちの技術を研鑽するように。また、新しいアガレス料理を生み出すようにと指示をしておこう。
「来年も島にこられるようになりましたし、頑張りましょう!」
わたくしの声に妹たちの元気な声が返るのだった。




