1745:半分半分。
アリアさまが私の側で管を巻いている。
凄く珍しいが、アルバトロス王国の筆頭聖女としてみられたのであれば大問題となりそうだが、ここは身内だけの私的な場だ。老成組は若いなあと微笑ましそうに見ているから気にする必要はない。ないけれどアリアさまが『暑いですね~』と胸をはだけ始めているから、少し、いや、大分不味い状況に陥りそうだと私は焦った。女性だけならまだ良いけれど、ここには男性もいる。
アリアさまのあられもない姿を見ても良いのは誰かと頭を悩ませて、私は大食堂を見渡した。あ、いた。その人はエーリヒさまとサフィールとユルゲンさまと談笑していた。話し中に申し訳ないが、酔っぱらったアリアさまを引き取って頂こう。
「クレイグ、クレイグー!」
貴方の婚約者が裸になる前に引き取ってくださいなーとは声に出さない。クレイグは私の声に気付き、こちらにきてくれる。
「どうした、ナイ」
「アリアさまを引き取って」
アリアさまは隣に座って、両手を私の腰に巻き付けている。へらりと笑ったままだから、機嫌は良いようだ。でも、顔には朱が差していて酔っているのは丸わかりだ。
行事でアリアさまがお酒を嗜むことはない。聖女の地位があるし、筆頭聖女となってからはなおさらだ。だからこそ南の島で気が抜けたというなら、私は嬉しいけれど。でも、脱ぐのはナシだと私は片眉を上げた。
「酔っぱらってんなあ。明日、残んなきゃ良いけど」
「酷いなら、酔い覚ましというか、吐き気止めの魔術施すから。あーアリアさま、ちょっと待ちましょうか。着替えるのは部屋に戻ってからしましょうね」
クレイグが目を細めて、胸をぎゅうぎゅうと私に押し付けてくるアリアさまを見つめていた。アリアさまは酔うと抱き着き魔になるようだ。キス魔よりマシかと私は巻き付いているアリアさまの両腕を握ってどうにか解いた。
するとアリアさまはぷーと片方の頬を膨らまして『えい!』と声を上げて、再度私の腰に巻きつく。どうしようかとクレイグを見上げれば、彼もまた困り顔になっている。
「おい。この状態のアリアを俺に預けるのかよ……」
鬼畜かナイはとクレイグが手を頭の後ろに回して、大きく息を吐いた。
「送り狼になっちゃ駄目だよ?」
婚約者同士だからなっても良いけれど、やはり婚姻前に関係を持つのは如何なものか。一応、アストライアー侯爵家の当主としてクレイグに釘を刺しておいた。クレイグは直ぐに意味を理解して、片眉を凄く上げる。
「ならねーよ、たくっ!」
クレイグはアリアさまに『アリア、部屋に戻るぞ』と声を掛ける。するとアリアさまはようやくクレイグの存在に気付いて、今度はクレイグに両手を伸ばした。
「クレイグさん、だいしゅきです!」
「あーはいはい。ほら、行くぞ、アリア」
クレイグに抱き着いたアリアさまを、彼は片腕で支えてコテージの部屋へと歩いて行く。すかさず、教会の護衛の方が彼らの後ろを歩いているから、不味いことにはなるまい。大食堂を出て行った彼らから視線を外した私はジークとリンを見る。
「仲は良さそうだね」
「だな」
「ん」
頻繁に会えない二人だから、大丈夫か心配していたけれど余計なお世話というやつのようだ。クレイグとアリアさまは仲はきちんと保たれている。婚姻式はいつになるか聞いていないけれど、そろそろ報告が上がるのではないだろうか。楽しみだなと笑っていれば、納豆をかき混ぜながらフィーネさまがひょっこりと私の下にやってくる。
「クレイグさんとアリアさんは順調として、ジークリンデさんとサフィールさんの仲はどうなんですか?」
フィーネさまはクレイグとアリアさまが消えた扉から、リンへと視線を変える。リンはどうしてフィーネさまがそんな質問を投げるのかと不思議でたまらないらしい。フィーネさまが納豆をかき混ぜる手が止まりそうになっている。これはフォローをいれなければと私は急いで口を開いた。
「リンはサフィールとの仲は進んでいるの?」
リンとサフィールも婚約を果たしているのだから、口を挟むことはないと今まで特に聞かずにいたが、今日はいい機会であろうか。切っ掛けをくれた納豆をかき混ぜている銀髪女性には感謝しないと。私と一緒にいることが多いリンだから、必然的にサフィールと一緒にいる時間は少なくなっている。時間配分を考えた方が良いのかなと薄目になっていると、リンも同様に薄目になっていた。
「普通、だと思う」
「リンの普通ってどんなものだろう?」
彼女の普通は世間の普通とズレていそうだ。私は人のことを言えない気もするけれど。リンは私の言葉に首を傾げた。
「ナイと兄さんだってゆっくりだった。問題ない」
そして、会心のドヤ顔である。
「う、うん。それを言われるとなにも突っ込めないや」
ジークと私の関係を持ち出されると、なにも言えない私がいる。ずっとジークは私に思いを向けてくれていたのに、気付いたのは直接の告白だったわけで。
「ナイさま、口開けてください。あーんです」
フィーネさまが唐突に声を上げ、反射的に私は口を開けた。
「そい!」
フィーネさまは私の口の中へ納豆を放り込んだ。いつもリンに口を開けてと言われて、無条件に開けていたからフィーネさまにも私の身体は反応してしまったようである。
「あれ、納豆の匂いがマシになってる。食べやすいかも?」
「お酢を少し入れて混ぜました! 匂いはマシになっているかなと。お酢を加えたことで、メリットもありますからね!」
確か血糖値が抑えられて内臓脂肪を燃焼させてくれるとか、とフィーネさまが説明を付け加えた。
「クレイグさんとアリアさんの婚姻式も楽しみですが、私はジークリンデさんとサフィールさんの式も楽しみにしています! きっと素敵なんだろうなーって」
納豆を持ったまま、フィーネさまがリンに詰め寄っている。身長差で見上げる形になっているけれど、胸の大きさは二人とも変わらない。リンはどうしてフィーネさまが自身に構うのかよく分かっていないようだが、聞かれていることに対して答えなければという気持ちはあるようだ。
「なんでも良い」
「あーほら! ナイさまみたいなことを言っちゃって!」
もう、とフィーネさまが呆れていた。でも、リンのドレス姿は私も見てみたい。騎士服姿も好きだけれど、長身美人さんだからドレスは凄く似合うだろう。まあ、ジークと同じ顔だからイケメンにもなれるけれど。それにサフィールが燕尾服を纏っている姿も見たい。正装する機会が少ないから、着慣れないねと彼は苦笑いするだろう。本当にクレイグとアリアさまとサフィールとリンの婚姻式はいつになるのか。
早ければ嬉しいけれど、こればかりは本人たちが決めることだからなあと、もう一口、納豆をフィーネさまから頂くのだった。
◇
アリアを抱えて、俺は女性用のコテージに入る。後ろに護衛もいるから男が入っても問題ないが、女性用の空間に俺が入るのは少し緊張した。
でもまあ、酔っぱらっているアリアを寝かせてやらなければと、割り当てられている部屋へと入る。中は男用のコテージと変わらない広さだ。ベッドがふたつ置いてあり、どちらかひとつがアリアの方だ。どっちだと迷って、どっちでも良いかとアリアをベッドに導こうとすれば、いつの間にか彼女が俺を見ている。
「二人きりになれましたね」
「演技だったのかよ、アリア。性質悪いぞ」
ふふと笑うアリアに俺は溜息を吐いた。時折、アリアは大胆なところがある。いつも俺を驚かせていて、少し勘弁してくれと言いたい。でも、そういうところも彼女の魅力なのだろう。惚れた弱みだなと力を抜いて、俺は一人で立てるかと少し力を抜いた。アリアは自分の力で立って、ほんの少しだけ苦笑いになる。
「半分ずつってところです」
どうやら酔いが半分、自分の意思が半分だったようだ。それでも、二人きりになれる時間を作ろうとして、ナイに絡んでいたとは。俺は全くと溜息を吐いて、片手を腰に手を当てた。アリアは『ごめんなさい』と小さく笑って俺を見つめる。
「水、貰ってくる。ちょっと待ってろ」
なにかが爆発してしまいそうな感情に蓋をして俺は踵を返した。アリアは少し残念そうにしていたけれど、なにも言わずに見送ってくれる。大食堂の横にある調理場で水を貰い、アリアの下に戻れば俺を待っていてくれたようだ。
「ほら、飲んでおけ」
「ありがとうございます」
ベッドに腰を下ろしたアリアが杯の水を飲み干した。酔いは大丈夫そうだなと俺は肩を竦める。もしかして回復系の魔術でも施したのだろうか。ナイは自分の魔術は己に効かないが、アリアは普通に施して問題なく効く方だ。
もしかすると、そうかもしれないなと俺は彼女の隣に腰を下ろす。偶にしか会えないし、直接話せる機会というか、二人になれる時間は早々ないから丁度良い。部屋の扉は開いていて、外には護衛が待機している。声の量を絞れば、彼らには聞こえまいと俺はアリアを見た。
「あんまり話してなかったけど……アリアは婚姻式をいつ頃挙げたい?」
「いつでも、と言いたいですが、早い方が嬉しいです。ナイさまの子供と同年代がいれば、一緒に遊ぶことができますし」
教会的にもその方が良さそうだなと俺は頷く。ナイは俺たちの婚姻時期について口を挟まない。
「教会とフライハイト子爵閣下は?」
「私とクレイグさんで決めた日取りで構わないと。でも、準備もあるから早く知らせて欲しいということでしたね。お父さんも同じことを言っています。母は私の婚姻式を早く見たいって言っていますが」
ふふとアリアが肩を竦める。どうやら教会も子爵閣下もいつでも動けるようにしてくれているようだ。
「王都の婚姻式は盛大なものになりそうだな」
王都の教会で挙げる式はとんでもないことになりそうだ。ナイが面白いと言って、パレードに魔獣や幻獣を派遣しそうである。俺の肩の上に乗っている緑の竜の仔も一緒になるだろう。目立つなと俺が目を細めていれば、アリアが俺の手に手を添えた。
「クレイグさんは苦手ですよね」
「まあな。けど、俺はアリアと婚姻するんだ。覚悟は決めてる」
そうだ。覚悟はフライハイト子爵の下に挨拶へ向かった時に終わっている。だから、俺はいつでも構わないのだが……少し考えていることがある。
「なあ、アリア。相談なんだが……――」
アストライアー侯爵領での婚姻式はサフィールとリンと一緒に挙げたいと彼女に告げる。サフィールとリンには相談していないことも一緒に伝えておく。
「素敵ですね! それに皆さんの仲間に迎え入れられた感じがしますし!」
「返事は聞いてねえから、どうなるか分かんねーけどな。あと、アリアはもう俺たちの仲間じゃねーか。サフィールとリンは分かり辛いけど、ナイはアリアのことは身内として扱っているぞ」
俺の声にアリアがきょとんとしていた。いや、ナイは相手を懐に入れたら、見捨てることなんてしない。だからこそ俺はナイの側にいるんだろう。サフィールとリンはアリアのことをどう思っているか分からないが、ナイが大事にしている人間という認識はあるはずだ。
「サフィールとリンに相談してみようぜ」
「はい!」
良かったと俺は頷き、アリアにもう寝ろと告げる。そうして部屋を出た俺は夜空を見上げた。双子星が地上を明るく照らしているのだった。
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