1744:珍しい酔っ払い。
――にぎゃぁああああああ!
と、お風呂で権太くんの悲鳴が上がったけれど、特に誰も気にしていなかった。ちなみに、権太くんは見られるのは恥ずかしいと狐の姿に戻っていた。お風呂は苦手だったことには申しわけなさを感じるもののカピカピになると大変だ。
ここは心を鬼にしてと、権太くんに石鹸を施して洗わさせて頂いた。やはり洗いたてのもっふもふの獣は凄く可愛らしい。妖狐だから尻尾を複数揺らす姿も独特だった。
温泉からみんなと戻れば、陽が随分と傾いている。談話室で一緒にお風呂に入っていたメンバーは毛づくろいを必死にしていた。毛玉ちゃんたちは石鹸の匂いが気になるようで、身体中を舐めている。匂いが少ない石鹸があれば良いけれど……どこかに売っていないだろうか。人間と魔獣とでは肌の強さも違うから、その辺りも考慮した品が欲しい。
お貴族さまはペットとして犬や猫を飼っていて、純血種をブリードしている方がいるそうだから、頼ってみるのもアリだろう。クロたち鱗組は身体を洗ったこをを特に気にした様子はなく、舐めまわしている毛玉組を心配そうにしている。ちょっと面白いと私が笑っていると、権太くんが人間の姿に戻った。心なしか尻尾が垂れていた。
「オイラ、疲れた」
部屋に戻って寝るかと権太くんが萎れた姿で口にする。
「晩ご飯、もう直ぐだよ?」
私の声に権太くんの尻尾がピンと立ち上がる。フソウの料理人さんもきているので、フソウ料理が提供されている。権太くんはなんでも食べる性質で、アルバトロス王国の料理も平らげていたのだ。
「目、覚めてん。晩飯、なんやろなあ。美味いもんあるとええなあ」
現金だなあとその場にいるみんなが権太くんを見て笑った。雌狐の二頭はよく分かっていないようだけれど。松風と早風は権太くんに擦り寄ってなにか言いたげにしていた。権太くんは『ええやん、美味いもんは別やで』と彼らに語り掛けている。とりあえず、ご飯に行こうと立ち上がり私たちは大食堂を目指した。
今日は特に匂いが駄目なものはないようだ。良かったと、私は安堵して大食堂へと足を踏み入れる。
権太くんは民謡かなにかの鼻歌を歌っていてご機嫌だ。松風と早風はそんな彼を見て目を細めている。雌狐の二頭は権太くんの後ろをちょこちょこ歩いていて可愛い。
時々、椿ちゃんと楓ちゃんと桜ちゃんが雌狐の二頭を揶揄っていた。そして雪さんと夜さんと華さんに窘めれらている。まだまだ毛玉ちゃんたちは幼いと笑っていると、大食堂には亜人連合国の皆さまと南の島にやってきた方たちが勢揃いしていた。
「今日はえらい豪華やなあ」
「お赤飯があるね」
権太くんが並べられた料理に視線を向けている。私もそちらに目を向ければお赤飯に、お吸い物に里芋の煮物に鯛の塩焼きが並べられていた。他にも南瓜のポタージュに白身魚のムニエル、他にもいろいろと用意されてあった。赤飯はフソウの台所番の方が作ってくれたのだろう。南瓜のポタージュとかはアストライアー侯爵家の料理人の方が作ってくれたはず。
「めでたいことだからなあ!」
「美味しそうな料理が一杯ねえ。無理のない範囲でナイは食べなさいな!」
カラカラと笑みを浮かべたグイーさまとテラさまが私の背中を押して、所謂お誕生日席へと導いた。なんだ、これと首を傾げていると、ヴァルトルーデさまとジルケさまが肩を竦める。
「父さんが言ってた」
「めでてえってな」
うん、なにがめでたいって……ああ、私の妊娠のことかとはたと気付く。ナターリエさまとエーリカさまも側に寄ってきて、うんうんと頷いているし、シェクトさまとヴォイドさまとプライムさまは邪魔にならない端っこで小さく頷いている。
亜人連合国のディアンさまとベリルさまとダリア姉さんとアイリス姉さんも笑っているし、ボルドー男爵さまはお酒はなにを開けようかと考えている。ハイゼンベルグ公爵さまとセシリアさまは良かったと安堵しているようだし、ヴァイセンベルク辺境伯さまとアルティアさまはどんな子が生まれてくるのかと楽しみにしているようだ。
アリーさまとウーノさま方もめでたいと頷き、エーリヒさまとフィーネさまは無茶はしないでくださいねと言いたげだ。アリアさまとロザリンデさまに、アリサさまとウルスラさまも楽しみだと頷いている。
「エーリヒに感謝しろよ?」
「昨日、落ち込んでいたから、食べやすそうな品をって考えてくれていたんだよ」
ユーリを連れたクレイグとサフィールが教えてくれた。どうやら料理のチョイスはエーリヒさまが考えてくれたようである。きっとフソウとアストライアー侯爵家の料理人さんたちも考えてくれたのだろう。
「まだ先のことだが。おめでとう、ナイ」
「大変なこともあるかもしれない。でも、ナイなら乗り越えられる」
そっくり兄妹がユーリを連れて私の隣にやってきた。そうして椅子を引いてくれる。ユーリも私の側にいるようで、アンファンが後ろに控えた。私の一番近くにはジークが腰を下ろすようだ。グイーさまたちは美味しい料理とお酒が取りやすい場所に移動していった。
「ありがとう、ジーク、リン」
ジークとリン以外にも集まってくれたみんなと料理人の方にお礼を伝えなければ。とりあえず、権太くんのお腹が盛大に鳴ったから、私が音頭を取ってお礼と乾杯の合図を出した。
ぎゅうぎゅう詰めの大食堂となっているものの、誰も狭さなんて気にしていない。わいわいとお喋りが始まった大食堂でみんなが私の妊娠を祝ってくれていることが不思議でならない。でもまあ、私一人の力では妊娠できないのだから、ジークには一番にお礼を言わなければ。
「ジーク。ジークもおめでとう」
誰も言っていないけれど、ジークもおめでとうである。私が果実水を持ってグラスを傾けると、ジークは少し照れながらグラスを合わせてくれた。
「俺よりこれからナイが大変になるからな……無責任かもしれないが……その。無事に生まれてくれることを願う」
ジークが真面目な返事をくれた。男の人だから、妊娠できないので仕方ない。
「その辺りはみんなに助けて貰うよ。ジークは一番頼りにしてる」
「分かった」
お互いに笑う。貴族家だから一般家庭の様にはならないけれど、気持ちのやり場がなくて八つ当たりするならジークとなりそうである。
「ナイ、私も」
「ありがとう、リン」
へらりと笑ったリンもグラスを傾けてきたので合わせておく。これから私がどうなるのか、なんとなくは分かるけれど……どういう変化や不調があるのかは全然わからない。妊娠を経験した方に聞き回るしかないのだろう。聞ける方がたくさんいるのは良いことだなあと目を細めていれば、ジークとリンに食べたい品はと問われた。
「全部って言いたいけれど……食べ過ぎは良くないし……お赤飯少しと、茶碗蒸しと芋煮と、南瓜のポタージュも欲しいし」
ジークとリンが食べ過ぎではと言いたげになっているものの、いろいろ用意してくださっているし、味の感想を伝えなければいけない使命に駆られてしまうのだ。
クロは私に呆れて溜息を吐いている。私に肩の上には乗らずに、机の上や膝の上で過ごすことが多くなっていた。少し寂しいけれど、クロなりの気遣いなのだろう。ジークとリンが取り分けてくれた赤飯にゴマ塩を振り掛ける。ゴマの風味と塩の味が赤飯に合っているから私は好きだ。
「久しぶりだなあ」
もち米を手に入れる機会がなかったため、フソウで食べたきりだった。前世でもなかなか口にできない品だったので、高級品というイメージが私の中で勝手についている。
白ご飯とはまた違う触感だし、黒ゴマと塩の味がアクセントになっていた。茶碗蒸しも出汁が良く効いており、具材のシイタケと鶏肉にかまぼこの味が引き立てられている。芋煮も大きく切り分けられた人参とネギと里芋に汁がしみ込んでいる。作るのは大変だっただろうに、急に用意してくださったのであれば有難い限りだ。
「今度は南瓜のポタージュと白身魚のムニエルに、オムレツかなあ」
私の声にまたそっくり兄妹がいそいそと取り分けてくれる。ジークとリンも食べようと急かせば、ゆっくりで良いと笑っていた。がやがやと騒がしい大食堂を見渡して、誰かと視線が合えばグラスを掲げてくれる。
私もグラスを掲げ返せば、そのお方は満足気な表情になって食事に戻っていた。少し匂いが駄目で、ジークとリンに食べて貰った品もあるけれど、作って貰った大部分はお腹に納めたはずだ。量は控えたから腹八分目である。お腹の子も満足していれば良いけれどとお腹を撫でていると、ヴァルトルーデさまとジルケさまが側に寄ってきた。
「たくさん食べた?」
「二人分、食べねーとなあ」
二柱さまが小さく笑っている。私は赤子の分もちゃんと食べたと頷けば、そうかと言って自席へと戻って行った。食後のデザートには葡萄のタルトが提供され、凄くふんだんに葡萄が乗っている。贅沢だなあと思っていると、私の分は大き目に切り分けてくれた。食べられなければ、ヴァルトルーデさまとジルケさまが残りを片付けてくれるとのこと。
「美味しい。贅沢、幸せ」
『本当に幸せそうに食べるよねえ、ナイは』
クロはくつくつと笑いながら、葡萄の実を啄んでいる。アズとネルも美味しいのか、無言で葡萄の実を食べていた。ユーリも黙々と食べており、最後に出てきた葡萄のタルトには目を輝かせている。美味しそうに食べるユーリの姿はこちらまで幸せな気分になれた。それにユーリは美味しいからと一気に掻きこむようなことはしない。乳母さんとアンファンの教育が届いているようで安心できた。
妊娠の判明が南の島となって驚いたし、皆さまには気を使って貰っているけれど、隠す必要はなくなったので気が凄く楽だ。
屋敷で妊娠が判明していれば、せめて安定期に入るまでは秘密にしておこうとなっただろう。そうなれば私は皆さまに嘘を吐くことになる。いずれは発覚することだから、後ろめたい気持ちを持っているよりもずっと良かった。
「ナイしゃま~おめれとうごじゃいますぅ~!」
「アリアさま、飲み過ぎでは……?」
顔を赤く染めたアリアさまがこちらへとやってきた。千鳥足だったから随分と飲んでしまったようである。私に両手を回してアリアさまに抱きしめらているのだが、顔に胸を押し付けられた状態になる。しかし真面目なアリアさまが珍しいと目を丸くしていれば、ロザリンデさまが申し訳なさそうにこちらへとやってきた。
「アリアさんはナイさまの慶事にとても喜んでいらしたので……止められず、もうしわけありません」
心底申しわけなさそうなロザリンデさまに、私は笑うしかなかったのだった。しかし、この状態のアリアさまをどうしたものか。
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