1741:気恥ずかしいけれど。
流石にご飯を作るのを止めてくれとは言えず、私は風上に避難したままである。
事情を伝えて――妊娠は暈している――ユーリはクレイグとサフィールに預けてきた。シェクトさまも何故か側を離れないし、ヴォイドさまとプライムさまも妙な雰囲気を醸し出している。病気ではないし、妊娠だと思うから気にしないで欲しいと伝えたけれど、あまり理解を得られていないようだった。
クロはユーリにお菓子を持ってきてくれたあと、私の側で『大丈夫~?』と首を傾げている。そういえば魔獣や幻獣は魔力に敏感だけれども、赤子の存在には気付かなかったのだろうか。クロに直接問うてみれば『ナイの魔力の影に隠れていて分からなかった。でも、注視すれば分かるねえ』と目を細める。ヘルメスさんも『マスターのことなのに分からないとは』と何故か落ち込んでいた。
おめでたいことだし、黙り込む必要はないのではと私が口にすれば、何故かみんな微妙な雰囲気を醸し出していた。どうやら気付けなかったことが悔しいらしい。
少し時間が経つと、リンとジークがやってきた。心配そうにしているが、病気ではないのだからそんな顔をしないで欲しいと笑ってしまう。側に近づいたジークは直ぐに地面にしゃがみ込んで私と視線を合わせる。
「ナイ、大丈夫か?」
彼の紫色の瞳がマジマジと私を覗き込んでいた。
「うん。ちょっと匂いにあてられただけ。ごめんね、みんなといたのに呼び出して」
「いや、ナイの方が大事だから気にするな」
ストレートな言葉をジークもリンもよく私に対して口にする。普段は普通に受け止められるけれど、こういう時に口にされるとお尻がもぞもぞした。
「どうした」
「照れるなーって」
ジークもリンもどうしてそこで照れるのだと言いたげだ。クロたちは関わらない方が良いかなと、森の方へと視線を向けていた。シェクトさまたちはよく分かっていない雰囲気だけれど、まだ私を心配してくれているようだった。まさか島滞在四日目で妊娠が判明しようとは。酷いものではないし、病気でもないから侯爵邸に戻る必要はないだろう。流石に始終、気分の悪さを覚えたならば帰郷も視野にいれるつもりだ。
「みんなには伝えるか?」
「うん。ご飯の時間に姿を現さないなら、不思議に思われるだろうし、心配もされるだろうから。今いる人たちなら伝えても問題ないかなって。ジークは構わない?」
「もちろん」
ただ伝える順番は考えないといけないだろうか。最初はグイーさまたちに報告しなければならないかなあと薄っすら考えていれば、リンが肩掛けを掛けてくれる。
「ありがとう、リン」
「ん。しばらくぎゅってできないけれど、兄さんとナイの子供ができて嬉しい」
リンは私を抱きしめられないことを懸念しているらしい。リンはしょっちゅう私を抱きしめていて、癖のようなものになっている。今から八ヶ月近く我慢するとなれば、割ときついのではないだろうか。
「じゃあ、私がリンをぎゅってすれば良いかな?」
肩掛けを直しつつ、私が提案すると、リンは両手を広げた。
「はい」
「今やるの。まあ良いけれど」
「へへ」
私とリンのやり取りを見ていたジークは小さく息を吐き、クロは仲が良いねえと目を細めた。シェクトさまはぽよんとスライムボディーを揺らして、ヴォイドさまとプライムさまはこちらを凝視している。
「甘えたさんは直らないね」
リンは即『直すものでもない』と答えて私の言葉を否定する。まあ、私たちが歳を取るまで続いていたら、幼馴染の絆は本物なのだろう。ふとリンが掛けてくれた肩掛けに、数週間前のことが蘇った。
「もしかして、ヴァルトルーデさまは気付いてた?」
「その可能性はありそうだな」
私が首を傾げると、ジークが答えてくれた。ヴァルトルーデさまの様子が最近変だったことに合点がいく。女神さまから私の妊娠を告げるわけにはいかないからこその行動だったようだ。変なところに気を使う方だなあと肩を竦めれば、リンの顔が視界に入る。
「あれ、ということはリンも? ちょっと前に私のお腹を擦ってたよね」
「なんとなく。遅れてたし」
しれっとリンが言い切った。月のものが遅れていたのは初期の不順だろうと考えていたのに、リンは察していたようだ。
「……教えてくれても良かったのに」
「私の勘違いかもしれないから」
勘違いで喜ばせたら大問題だとリンが一人で頷く。ジークは気付けなかったと一人で凹んでいる。この辺りは男の人は蚊帳の外になるのだから、気付かない、気付けないのは当然ではないだろうか。子供が生まれたらいろいろ大変になるから、その時はよろしくねとジークに伝えれば『分かった』と気を持ち直してくれたようである。
「さて、グイーさまに報告かなあ。で、ボルドー男爵さまとハイゼンベルグ公爵さまとヴァイセンベルク辺境伯さまにもだね。あとは集まっている人たちの前で伝えて……って恥ずかしいような……うーん」
ジークとリン、クレイグとサフィールに伝えるのは恥ずかしくもなんともないのに、こう距離が微妙にある方たちには羞恥心が湧いてしまうというか。そういえば貴族の妊娠って生まれてから報告するものではと疑問に思うものの、二週間、隠し通せる気がしない。それならやはり、堂々と伝える方が良いはずと私は座っていた切り株から立ち上がる。
『グイー、呼んでくる』
「しかし」
「母上は休んでいてください」
「ええ。母上さま、無理をなさってはなりません。父上さまに任せましょう」
そんな台詞を残して、シェクトさまとヴォイドさまとプライムさまがふっと消えた。止める間もなかったとジークとリンに視線を向ければ、肩を竦めている。まあ、探す手間がなくなったと思えば良いのだろうか。創星神さまを使いっぱしりにしている気もするけれど……って、幾何学模様が地面に浮かんでいる。どうやらグイーさまたちがやってきたようだ。
どう切り出せば良いかなと私が考えていると、テラさまが両手を広げて私を抱きしめる。
「ナイー! おめでたいじゃない!!」
テラさまは抱きしめていた腕を直ぐに離して、お腹に視線を向けていた。ありがとうございますと私が口にすれば『無事に生まれると良いわねえ』と祝ってくれる。テラさまの半歩後ろにいるグイーさまはにかーっと笑って、両手を腰に当てた。
「うむ! 命を育むのは生き物の宿命。めでたい、めでたい!!」
豪快に笑うグイーさまにシェクトさまが不思議そうにしていた。そしてヴァルトルーデさまとジルケさまも一緒にきてくれたようで、私の近くに寄ってくる。
「ナイ。おめでとう」
「な。やっと口にできるな」
ヴァルトルーデさまが綺麗に笑い、ジルケさまがほっとしている。そして南の女神さまは『めでたいな』と声を零した。
「あれ、ジルケさまも気付いておられたのですか?」
ヴァルトルーデさまの様子が変だったから、知っていたと先程気付いたけれど、ジルケさまも知っていようとは。するとヴァルトルーデさまがジルケさまに視線を向ける。
「末妹が真っ先に気付いてた。ご飯にこなかった時」
「あ」
そういえばジルケさまがご飯にこなかった時があった。もしかしてその時に気付いていたとは。本当に初期の初期だから誰も気付かない頃である。しかし、何故、ヴァルトルーデさまも気付いていなかったというのに、ジルケさまは分かってしまったのだろうか。うんと私が首を傾げれば、ジルケさまは気まずそうにヴァルトルーデさまを見上げた。
「言うなよ、姉御……」
バツの悪そうにしたジルケさまと入れ替わって、今度はナターリエさまとエーリカさまが私の前に立つ。
「おめでとうございますわ、ナイ」
「ジークフリードもおめでとうございます」
ナターリエさまとエーリカさまにも礼を伝えれば、ジークも半歩前に出る。
「勿体ないお言葉です」
ジークの後ろにグイーさまがいつの間にか立っていて、片手をばしんばしんと彼の背に叩きつけていた。結構、勢いがあるというのに、ジークは一歩も動いていない。体幹強いなあと感心していると、グイーさまがジークの背を叩くのを止めて歯を見せて笑う。
「今夜は祝い酒だな!」
「それはグイーが飲みたいだけでしょ! 駄目よ、羽目を外し過ぎちゃ。ナイはグイーに甘いのよ。火鉢でスルメを焼くなんて。お酒が進むに決まっているじゃない」
グイーさまへの怒りが、何故か私にも飛び火してしまった。
「すみません。私も食べたかったので……」
テラさまも楽しみだと言っていたのに、とんだとばっちりである。いや、でもたしかに、美味しいからと言ってホイホイ貢ぐ振りをして、私が食べていたのも悪かったのかもしれない。
「あまりナイを責めないでやってくれ、テラ」
「もう」
「飲み友達ができたからなあ! 皆、気の良い者たちだぞ!」
少し膨れているテラさまにグイーさまが肩を竦める。グイーさまとの飲み友達とはボルドー男爵さまとアリーさまとナガノブさまである。ヒトミチさまも加わりそうな勢いがあるけれど、果たしてどうなるのか。
さて、神さま方への報告は終えたから、次はボルドー男爵さまたちに伝えなければ。グイーさまたちとは一旦離れて、宛がわれている部屋へと戻る。そして後ろ盾の皆さまと亜人連合国の皆さまを呼んで貰うようにと、エッダさんにお願いをした。
「どうしてヴァルトルーデさまとジルケさまが一緒なんですか?」
「私はナイの側仕え」
「ナイがなにを言い出すか分からねえからなあ。見張ってねえと」
その設定、まだ生きているのかと私が溜息を吐けば、皆さまが急いで部屋へと訪れる。セシリアさまとアルティアさまも一緒だった。
「少し言い辛いことですが……」
私が言い淀むと、皆さま息を呑んだ。ボルドー男爵さまだけが普段通りの態度で私を見つめている。
「えーっと」
まだ言えない私に『早く言って欲しい』という圧が掛かる。
「妊娠、しました」
は、恥ずかしい。改めて伝えることがこんなに恥ずかしいとは。しかも面と向かってである。するとダリア姉さんとアイリス姉さんの表情がぱあっと明るくなって『おめでとう、ナイちゃん!』『おめでとうー! 良かったねえ~!』と喜んでくれる。そしてセシリアさまとアルティアさまも喜んでくれた。あ、ソフィーアさまとセレスティアさまにも伝えなければ。お二人にはお世話になりっぱなしだから、少しあとになってしまうことが申しわけないけれど。
男性陣はジークの方へと向かって、肩を叩いている。よくやったと言いたいらしい。さて、今度は他の皆さまに伝えねばと、私は部屋を出るのだった。




