1740:ありゃ。
四日目。お昼前。
小さい子は皆さまにとってアイドルのような存在のようである。ユーリが姿を現せば、テンションが上がっていた。特に女性陣の上げ幅が大きく、可愛いとユーリをハグしたり抱っこしたりと忙しない。
ユーリは嫌がる素振りは見せず、彼女たちの腕の中で大人しくしていた。朝食もあれは食べられるか、これは食べられるかとユーリを構い倒していて、曰く、小さい子と接する機会が少ないから相手をしたくなるとか。母性本能が湧いているのかと私は苦笑いを浮かべながら朝食を終えて、ユーリと外に出ていた。後ろにはいつも通りリンがいて、肩の上にはクロがいた。
ヴァナルと雪さんと夜さんと華さんは森の中に消え、毛玉ちゃんたち五頭はポチとタマに誘われて探検に行くとのこと。火山の方へ向かうらしいのだが、マグマに落ちないことを祈ろう。
とことことユーリは自然の中を歩きながら、なにかを見つける度に不思議そうにしている。目に映るもの全てが新しく、彼女の興味が刺激されているようだ。屋敷で過ごしているより、南の島の方が彼女の情緒を成長させるためには良い環境なのだろう。しばらく歩いていれば、七色に光る目立つお方の姿が見える。そして、私そっくりな方が後ろに控えていた。
「ロゼがいりゅ」
ユーリがぴたりと足を止め、じっとシェクトさまを見ていた。七色に光っていても、彼女はシェクトさまがロゼさんに見えるようだ。私がロゼさんではなくシェクトさまだと教える。
「シェクトしゃま?」
「そう。ご挨拶に行こうか」
首を傾げたユーリに私は苦笑いを浮かべて、シェクトさま方の方へと向かう。ヴォイドさまとプライムさまが気付いて小さく頭を下げた。
「ナイおねえしゃまとおなじかお……」
ユーリは二柱さまを見た途端に足を止め。今度は逆の方向に首を傾げている。地面に倒れそうな勢いで首を傾げているから、私そっくりなヴォイドさまとプライムさまを見た彼女の頭の中は混乱しているらしい。私の後ろにいるリンが『紛らわしい』と目を細める。背の高さが違うから紛らわしいもない気もするが、ユーリは混乱しているので説明をしなければと私は肩を竦めた。
シェクトさまの側に向かい膝を折る。ユーリは必要ないだろうと、私の横に並んで貰った。
「シェクトさま」
『どうした、ナイ?』
ぽよんとスライムボディーを揺らすシェクトさまに、ユーリがびくりと身体を震わせた。大丈夫だよと私はユーリの背中をさすりながら『妹を紹介させて欲しい』とお願いすれば分かったと声が返ってくる。
「ユーリでしゅ。よろちくおねがいします」
『よろしく。妹?』
ユーリが頭を下げるとシェクトさまの七色に光るタイミングが早くなった。シェクトさまは私に妹がいたことに驚いているのだろうか。
「事情がありまして。半妹です」
『はんまい?』
これは説明しなければと私はユーリをリンに預けて、抱っこをお願いする。リンはユーリにおいでと告げれば、素直に両手を伸ばして腕の中に納まっていた。少しは聞こえ辛くなるだろうと私はシェクトさまへ顔を近付ける。
「母親が違います。説明すると長くなるのですが……」
『勝手だ』
経緯の説明を終えると、シェクトさまが半音声を落として呟いた。ぞくりとするその声に驚くものの、私に向けられたものではないと分かれば怖くない。
「悪いことを考える人はどこにでもいますから」
『それは良くない』
むうとシェクトさまが唸っていた。なにかシェクトさまの中で引っ掛かるものがあるようだ。人間だからいろいろな考えを持っていることが不思議らしい。シェクトさまの星では知的生命体がいないから『感情』の理解が難しいのかと私は地面から立ち上がる。リンに抱っこされているユーリはヴォイドさまとプライムさまをじっと見つめていた。まだ私そっくりな方がいることが不思議でならないようである。
「ユーリ、ヴォイドさまとプライムさまにも挨拶できるかな?」
私が声を掛けると、ユーリは少し悩むものの頷いてくれる。リンから降りたユーリが今度はヴォイドさまとプライムさまの前に立ち、顔をぐっと上げる。
「にゅう」
妙な声を上げたユーリは背の高いヴォイドさまとプライムさまに面を喰らっているのだろうか。彼女の背は私より小さいから、背の高いヴォイドさまとプライムさまは東京タワーのように感じているようだ。すると気配を察してくださったのか、ヴォイドさまとプライムさまが地面に膝を突いてくれた。するとユーリがすかさず『ユーリでしゅ』と先程と同じ名乗りを上げる。
「ユーリ、よろしくお願いします」
「母上さまとどことなく似ておりますね」
「ぼいどしゃまとぷりゃいむしゃまはナイおねえしゃまとおなじ……」
ふふふと笑っているヴォイドさまとプライムさまにユーリがまた同じことを口に出す。私と同じ顔があることが不思議でならないようだ。それならジークとリンのこともユーリが気にしそうだが、なにが違うのだろうか。
ユーリがちょびちょびと足を動かして、ヴォイドさまとプライムさまに近づく。なにをするのかなと見つめていれば、ヴォイドさまの顔を両手で挟んだ。
「ん」
ヴォイドさまは怒りもせず、ユーリの行動を受け入れてくれている。ムニムニと顔を揉まれているのだが、ユーリのなすがままになっていた。プライムさまはそんなヴォイドさまに視線を向けて小さく笑った。凄く珍しいと私が首を傾げると、プライムさまがユーリの方へ顔を近付けた。
「気になりますか」
プライムさまの声にユーリは頭の上に疑問符を浮かべている。顔が近づいたことで、ユーリの興味はプライムさまに移ったようで、両手を移動させてまたムニムニしている。ユーリの肝の太さに驚くものの、そろそろ止めさせなければと私が止めようとすると、シェクトさまから『好きにさせれば良い』と声が掛かる。
「しかし」
『興味があるなら当然。我も島でいろいろなことに触れている』
私の横にシェクトさまが並べば、ユーリはシェクトさまを見下ろしている。おもむろにプライムさまの顔から手を離したユーリは今度はシェクトさまのスライムボディーをぺちぺちし始める。
「駄目だよ、ユーリ。創星神さまに失礼だから」
「ロゼといっしょ」
私はユーリをシェクトさまから引き離す。少し残念そうにしているユーリの将来が少し心配になってきた。屋敷ではヴァルトルーデさまとジルケさまが過ごしているから、神さまの気配に慣れてしまったのかもしれない。
将来、ユーリが神さまを当たり前の存在として受け入れ、友達のように接するようになれば私はどうすれば良いのだろうか。うーんと私が悩んでいれば、影の中からロゼさんがぽんと出てきた。普段より跳ねておらず、地面にべちょりと音を立てそうな勢いだった。
『ロゼと創星神さま、違う!』
『似ているが違う』
ロゼさんとシェクトさまが主張しているが、見た目は一緒である。七色に光っていないのがロゼさんで、光るのがシェクトさまというか。ヴォイドさまとプライムさまはロゼさんを不思議そうに見下ろして、なにか考え込んでいた。ユーリは急にロゼさんが登場したことで、目を白黒させている。
「ロゼさんが七色に光れば同じだよ」
『ロゼ、光ることできるけど、やらない!』
私の声にロゼさんがぷーっとスライムボディーを膨らませた。まるでお餅を焼いているようだと私はお腹が空いてくる。
『光らないようにできる。意味はない』
シェクトさまはスライムボディーをぎゅっと縮めてしまっていた。さて、下手をすれば大喧嘩になりそうな雰囲気をどう収めようかと私が頭を悩ませている。
――ぐぅ。
――きゅう。
私とユーリのお腹が同時に鳴って、険悪な空気は一瞬で霧散した。ロゼさんはぱっと私の影の中に戻り、周囲がスンと静かになる。あれ、これは私が凄く恥ずかしいだけではと、シェクトさまとヴォイドさまとプライムさまに視線を向けた。
「失礼しました……腹の虫が」
私が頭を下げると、クロが『本当に凄い間に鳴ったねえ』と少し呆れ、リンは『ナイだから。でもユーリまで鳴るとは』と驚いている。
『栄養取る』
「戻って、なにか頂きましょう」
「ええ。人間は不思議です」
シェクトさまとヴォイドさまとプライムさまは笑って済ませてくれた。本当にすみませんと謝った私はユーリと顔を合わせる。
「ユーリもなにかお腹に入れようか。お昼が近いから摘まむ程度にね」
戻ろうと私は地面から立ち上がる。そうしてユーリの手を引いて、コテージに皆さまと一緒に歩いて行く。大食堂があるコテージに入れば、独特の香辛料の匂いが漂っていた。エーリヒさまがカレーを仕込んでいるようだ。家庭で香る匂いとは方向性が少し違うから、あれと鼻をくすぐる香辛料に胸が苦しくなる。
「ナイ?」
私の異変にいの一番に気付いたのはリンだった。そしてクロが不思議そうに顔を覗き込む。ユーリは香辛料の匂いに不思議そうに首を傾げていた。シェクトさまとヴォイドさまとプライムはどうしたのかと立ち止まる。
「匂いがキツい……どうしてだろう?」
私は匂いがマシになるようにと口元を手で抑えた。あまり効果はないけれど。リンは私を見て、凄く真面目な顔で言葉を紡ぐ。
「とりあえず出よう。風上に行けば匂いはマシになる」
たしかに大食堂のあるここに留まるのはキツイ。私は素直に従おうとして、ユーリのお菓子を頂かなければならないことに気付く。ユーリも心配そうに私を見上げているから、小さい子に気を使わせてはいけないと手を離して笑みを作る。
「だいじょうぶでしゅか?」
「大丈夫だよ、ユーリ。匂いにあてられただけだから。外に出れば直ぐに元気になるからね」
へなあとユーリが眉尻を下げていた。シェクトさまは身体をぺしゃっとなっているし、ヴォイドさまとプライムさまもどうすれば良いのか困惑している。
『ボク、お菓子貰ってくるよ。リンはナイを外に出してあげてて~』
クロが私の肩から翼を広げて、調理場へと向かった。クロなら調理場の方と問題なく話せるだろう。匂いが漂っているからエーリヒさまもいるはずだ。リンが片腕でユーリを抱き上げ、空いている手で私の背を押す。
私たちは大食堂のあるコテージを出て風上に向かう。感じていた匂いが消えて、胸の中に淀んでいた気持ち悪さがすっと消えていた。本当にどうしたのだろうかと私は息を吸い込んで、一緒にきてくれた方たちに頭を下げる。するとリンが真面目な顔で告げた。
「ナイ。子供、できた?」
「まさかあ……とは言えないよね」
私はリンの声に苦笑いを浮かべる。致すことは致しているし、対策は取っていない。人間の受胎率は二十パーセントと言われているから、単純計算で足していけば百パーセントを超えている。今のタイミングで悪阻が始まるなんてと私は息を吐くのだった。




