1738:試食用。
海で泳いでいるメンバーと、水は怖いと浜辺で遊ぶメンバーと、パラソルの下でまったり過ごす方に綺麗に分かれていた。男性陣も加わって、結構わちゃわちゃしている。
フソウ組、ヒトミチさまとナガノブさまが泳げることが意外だったが、鎧を纏ったままで川を渡ることがあるため訓練をしているとか。海は慣れていないけれど、軽装で泳げるから凄く楽だと仰っていた。そんなことを話していたからか、唐突にアリーさまが森の中から姿を現して『鎧を纏ったまま泳ぐ、だと!?』と口にしながら、ヒトミチさまとナガノブさまに教えてくれと迫っていた。
ヤーバン王国は腰巻一枚なのだから……と疑問に感じていれば、後々鎧を纏うようになるかもしれないと。
アリーさまは将来のことを考えているのだなあと感心しつつ、泳ぎを習得するまでに三十分。立ち泳ぎにも慣れるまでに三十分でこなしていた。凄いなと感心するより、アリーさまの身体能力の高さに驚いた。気合だとご本人は仰っていたが、水が怖いとなかなか泳げない方もいるというのに。
副団長さまと猫背さん魔術師組は森の中へと消え、グイーさまは夜までお酒は我慢だと歯を食いしばり、創星神さまの横ではボルドー男爵さまとハイゼンベルグ公爵閣下とヴァイセンベルク辺境伯閣下が接待していた。
不思議な組み合わせだけれど、グイーさまが語り続けてくれているので間が持っている。テラさまは泳いでみたり、パラソルの下で休んだり、竜と天馬さまとグリフォンさんたちの背に乗って空中遊覧を楽しんでいる。ヴァルトルーデさまとジルケさまも泳いでみたり、休んだり、砂の城を築いたり。ナターリエさまとエーリカさまはパラソルの下で、お茶を楽しんで過ごされていた。
フィーネさまとアリアさまとロザリンデさまに、ウーノさまと妹さんたち四人は海で泳ぎつつ、水を掛け合ったり、砂浜を走ってみたりと元気一杯だ。男性陣はそんな光景を横目で眺めつつ、エーリヒさまが皆さまに泳ぎを伝授している。取っ組み合いながら、海へと一緒にダイブしていたりと結構荒い遊びに興じていた。
「みんな楽しんでいるみたいで良かった」
波打ち際から離れた位置で、皆さま若いなあと私は片手を腰に手を当てる。リンに長い時間泳ぐと疲れるからと言われて、海から上がっていた。その張本人が私の隣で小さく笑っている。
「ナイは?」
「私も楽しんでいるよ。リンは?」
「ナイがいるから楽しいよ」
リンは私がいるとどこでも楽しいと言いたげなノリで口にした。相変わらず、私至上主義なのは如何なものかと思いつつ、こうして側にいてくれるのは有難い。
次はなにをしようと彼女に告げれば、ゆっくりしようという提案が返ってきた。パラソルの下でまったり過ごすのは似合わないけれど、砂浜の上に大の字に寝転がるのは悪くないはず。パラソルの下に入った私とリンは敷物の上に腰を下ろす。海で遊んでいたクロたちと毛玉ちゃんたち五頭も戻ってきたから、一先ず水分補給をしようと飲み物を貰って一息ついていた。
「ナイ。上を見て」
リンが空の上を指差す。雲一つない真っ青な場所に、鳥でもない影が二つ浮かんでいた。
「空飛びくじらだ。あの時の個体なのかな?」
助けた仔なら嬉しいけれど、流石に距離が離れているから確かめようがない。
『ナイの魔力を放ってみれば、気付いてくれるかもしれないよ?』
あ、でも加減はしてねとクロが敷物の上で提案してくれた。私はどうしようかと迷って、気持ち良く泳いでいるところを引き留めるのは申し訳ないと止めておく。自然の中で生きているから、こうして静かに眺めているのが正解だろう。
「自分で飛べたら気持ち良さそうだよね。魔力が尽きると落下するしかないから……止めておいた方が良いけれど」
翼が生えているクロたちとは条件が違うと私は空から地上に視線を戻した。目の前では浜辺でみんながきゃっきゃと遊んでいる。
「その前に魔術使えない」
「私は剣を振れないけれどね」
リンが微妙な表情になっているので、私はフォローを入れておく。やはり適材適所だよなあと肩を竦め、休憩を終えてみんなの所へと戻るのだった。
――次の日。
お昼前にジークがユーリを連れて戻ってきた。付き添いとしてアンファンも一緒だ。青竜さんと緑竜さんには丁寧にお礼を告げ、ユーリにも『ありがとうございました』と頭を下げて貰う。ユーリは意味は分かっていないものの『ありがとうごじゃいました』と両手を前にして、きちんと前に頭を下げている。よくできましたと拍手を送りたい気持ちを私は必死に我慢して、ユーリとジークを連れてみんなの下へと向かう前に私は地面にしゃがみ込む。
「ユーリ。ごめんね、行くかどうかちゃんと聞いてみれば良かったね」
「ナイおねえしゃま」
私の言葉にユーリがぎゅっと両手を腰に手を回した。まだ小さいからと屋敷で留守番をお願いするのは酷になっていたようだと私は反省をする。
「アンファンも急な対応、ありがとうございます」
「いえ」
私の背を追い越しているアンファンは大人顔負けの表情で答えてくれた。四六時中、ユーリの下にいなければ駄目ということはないから、アンファンもエッダさんたちと自由時間を楽しんで欲しい。
お偉いさん方がたくさんいるから緊張するかもしれないが、こればかりは慣れだろう。エッダさんは女神さまがいることにも、お偉いさん方がたくさんいることにも少しずつ慣れてきている。だからアンファンも無理ではないはずだと、私は地面から立ちあがる。
そうして大食堂と大談話室のあるコテージに向かえば、みんなが一斉に私たちの顔を見た。フィーネさまとアリアさまとロザリンデさまが真っ先に立ち上がる。
「ユーリちゃん! 久しぶりだね」
「わかるかなあ?」
「少し怯えていらっしゃるのでは?」
ユーリはいきなり声を掛けられて、さっと私の後ろへと身を隠した。三人の顔を覚えていないというよりは、急に近づいてきて驚いたという感じだった。私はユーリの下にしゃがみ込んで『ご挨拶をしようか』と声を掛ける。するとおずおずと前に出たユーリはスカートの端をちょこんと掴んで、貴族令嬢がよくするカーテシーを行った。
「こんにちは」
「こんにちは、ユーリちゃん」
「こんにちは。良くできたね、偉いですよ」
「本当に。こんにちは」
ユーリの挨拶に三人が感心しているが、他のメンバーも『おお』と声を上げている。これは乳母さんたちの教育の賜物だろうと、私が後ろに控えているアンファンに『やったね』という視線を向ければ『ユーリさまの努力です』と無言で視線が戻ってきた。ウーノさまたちもユーリと挨拶を済ませているというのに、黒髪黒目のお方だとざわついている。
「ユーリ、寂しくなったの?」
ヴァルトルーデさまもユーリの側に近づいて彼女を抱き上げた。まだ残っている涙のあとを親指の腹で拭って、西の女神さまは慈愛に満ちた表情になっている。おお、こういうところはきちんと女神さまらしいのだなと私が感心していれば、いつの間にかジルケさまがヴァルトルーデさまの横に立っていた。
「まあ、いつもいる奴が急にいなくなったら、怖くなるのも仕方ねえよなあ」
二週間弱、遊ぼうなーとジルケさまがユーリに声を掛けている。男性陣はユーリが女の子だからか、少し遠慮しているようだ。ただユーリは目敏く大談話室にいる、クレイグとサフィールを見つけて名前を呼んだ。
「泣き虫ユーリになっちまったかあ」
「仕方ないよ。これもユーリが成長している証だろうしね」
揶揄うクレイグとフォローを入れているサフィールにユーリはヴァルトルーデさまの腕の中で首を傾げていた。とりあえず、求めていた面子がいたためユーリは安心したようである。さて、ユーリが加わった島でのバカンスはどうなるだろうと、各々のやりたいことをするために大談話室から解散するのだった。
「ユーリ、なにをしようか」
私の言葉にこてんとユーリは首を傾げていた。屋敷にあるユーリの部屋には遊び道具がたくさんあるけれど、島にその手のものはない。浜辺で貝殻拾いや砂で遊ぶくらいが精々だろうか。散歩やお昼寝という手もあるけれど、もう少し先でも良さそうだ。私はきょろきょろと大談話室を見渡すユーリに視線を合わせた。
「あ。お腹空いてない?」
私の質問にユーリが頷いてくれる。竜の背に乗っていたのは四時間程度。お昼過ぎに到着したため、昼ご飯がまだの可能性があった。
「お腹空いたか。摘まめるものを貰おうか。晩御飯が控えているから、少しだけだよ。ジークとアンファンは大丈夫?」
「俺は夕飯まで待てるから気にするな。ユーリになにか食べさせてくれ」
「私も平気です」
ジークとアンファンはまだ耐えられるようであるが、なにか二人にも摘まめる品があると良いけれど。私は食堂横にある調理場に、ジークとリンとユーリとアンファンを引き連れて足を踏み入れた。
そこにはアストライアー侯爵家、ハイゼンベルグ公爵家、ヴァイセンベルク辺境伯家の料理人さんたちと、フソウの台所番の方たちがたむろして、顔を突き合わせていた。なにかを真剣に話し合っているようで申し訳ないと思いつつ私は声を上げる。
「すみません」
「は、はいぃ!」
私の声に調理場にいた皆さまがビシッと背を正した。一気にこちらに向いた方たちは私の姿にはっと目を見開く。そんなに驚かなくてもと苦笑いを浮かべて、なにか摘まめそうな品はないかと聞いてみた。
「南の女神さまのためにと、試食用にヨウカンを作ってありますが……ご当主さまに味を確認して頂いても宜しいでしょうか?」
アストライアー侯爵家の料理人さんがおずおずとお皿を差し出した。まごうことなき羊羹がお皿の上に綺麗に五切れ並べられている。丁度良いかと、私は有難く頂戴して、みんなの前に差し出した。
フソウの台所番の方と相談しながら、この二日で作り方を学んだそうである。とりあえず正統なフソウの羊羹を作ったそうで、アレンジはこれからとのことだ。
私は楽しみだと先にユーリに食べて貰い、ジークとリン、そして私が食べ、最後にアンファンにも味見をして貰った。フソウで買い付けた最高級の羊羹と遜色ない味になっているし、ジルケさまに提供しても問題なさそうだ。
美味しいですと食べた五人で頷けば、アストライアー侯爵家の料理人の方がほっとしている。ハイゼンベルグ公爵家とヴァイセンベルク辺境伯家の料理人さんたちも羊羹の作り方を習ったそうな。逆にアルバトロス料理――フランス料理系――をフソウの台所番の方に二週間の間で教えるそうな。私たち以外のところでも交流が生まれていて嬉しい限りだ。
ユーリは少しお腹を満たせて満足しているようだし、後は夕飯にたくさん食べようかと告げて私たちは調理場を出て行った。夕食前に大食堂へと顔を出せば、ジルケさまがずんずんとユーリを抱っこした私に迫ってくる。どうしたと身構えていれば、凄い圧を発しながらジルケさまがキッと私を睨んだ。
「あたし用のヨウカンを食ったな……」
「待ってください。食べたのは試作品で、ジルケさまに出す前に味の確認をしたただけですよ!? それにユーリとジークとリンとアンファンも食べたのに!」
いろいろと勘違いしていないかと私は抵抗を試みた。けれど千年の恨みとばかりにジルケさまが私に詰め寄ってくる。しかしどうしてユーリとジークとリンとアンファンに、南の女神さまは抗議の声を上げないのだろう。
ヴァルトルーデさまは面白そうと止めてくれる気配はないし、テラさまは『食べ物の恨みは怖いのよ~』と言って口を出す気はなさそうだ。ナターリエさまとエーリカさまの姿は見えないし、あれ、私の命が万事休すとお手上げ状態になってしまう。
「そんなに怒らなくても!?」
「ナイが味見するなら、あたしが食べたかったんだ!!」
なんて理不尽!! という声は言葉にはならず、ジルケさまが顔を更に寄せてくる。ジルケさまの気迫に押されたのか、私の腕の中にいたユーリがしゅんとなっていた。
「ジルケおねえしゃま、ごめんなさい」
「お、おう? ユーリは良いんだ。ナイに言われたから食べただけだろ? あたしは怒ってねえからな? え、ちょ、泣くなよ、ユーリ」
しょぼんとしていたユーリの目尻に涙が溜まって行く。南大陸で恐れられた女神さまも、ユーリの涙には敵わないようだった。




