1736:爆発。
昨夜のウエルカムパーティーは肉料理をたくさん食べた。もちろん、魚人の方たちが獲ってきてくれた焼き魚に貝類も美味しかった。
ナガノブさまとヒトミチさまから焼き魚だけでは物足りないなという声が上がって、煮つけやフライをエーリヒさまが提案していた。提案したということは、作る気があるらしい。楽しみだと私はにんまりしながら一夜が過ぎた。南の島、二日目。毎年のように同じ部屋でリンと一緒に目が覚める。ジークと結婚して少し彼女との時間が取れなくなっているから距離が近い気がした。
「ナイ。凄いことになってる」
ベッドの上にいるリンが私の爆発した頭を見て笑っている。
「昨日、生乾きで寝ちゃったから」
「きちんと水気取らないとね」
初日ということで、昨日は随分と盛り上がっていた。ステージの上ではアカペラ大会が開かれていて、上機嫌でテラさまが歌っていた。グイーさまはお酒を飲みながら、ひたすら酒のつまみを食べつつ、この世界の成り立ちについて語っていた。
副団長さまと猫背さんが素面で話を聞き取っている姿はなんとも言えない光景で。創星神さまの側でボルドー男爵さまとアリーさまとナガノブさまとヒトミチさまはうんうんと話を聞いている。他の方たちは神さま方の様子を少し離れた位置で見守りながら食事を楽しんでいた。
昨夜のようなみんなで集まって食べるのは最終日になりそうだと、私は寝癖の酷い頭を手で撫でる。どうにも癖が付いていて直る気配がない。リンは私を見ながら『頑固だね』と零している。
「お風呂、入り直そうかな。凄く贅沢だけれど」
私はベッドから降りて、お風呂セットを手に取った。朝から贅沢だけれど、温泉が湧いているのだから有効活用しなければ勿体ない。朝ご飯は人数が多くなったため、出入り自由のバイキング形式となっている。少し遅れても問題ないと、私はリンと一緒に温泉に入ろうと部屋を出る。クロとアズとヴァナル一家も一緒にきてくれ、外で待ってくれるそうだ。
部屋から出て直ぐ、アガレス帝国のウーノさまとばったり出会った。ウーノさま方は朝からばっちりと決めている。アガレス帝国の衣装を身に纏った彼女たちは綺麗だ。私は頭の髪が跳ねまくったままだし、割とズボラな恰好なので少し恥ずかしい。とはいえ恥ずかしいと部屋に戻るわけにはいかず、私はウーノさまたちに礼を執った。
「ウーノさま。皆さま、おはようございます。眠れましたか?」
「はい。昨夜は皆さまと楽しい話ができ、とても良い時間を過ごせました」
ウーノさまが私の跳ねた髪を見て小さく笑っていた。仕方ねえなあコイツ、と言いたげである。恥ずかしさを誤魔化すため、私はウーノさまに視線を合わせて口を開いた。
「今から温泉に入ろうと思うのですが、ウーノさまも如何でしょうか?」
私の言葉にウーノさまの息が止まる。ウーノさまの妹さん方が『大丈夫でしょうか、お姉さま』『悪癖が出ておりませんか』と心配そうに見守っていた。
とはいえ、彼女たちは目上の人間の話の邪魔をしてはならないと会話に入ってくることはない。リンも半歩後ろに控えて、黙ったまま成り行きを見守っていた。しかし、ウーノさまが固まったまま動かないと私は彼女の顔を覗き込む。
「ウーノさま?」
声を掛けると、ウーノさまが再起動した。はっとした顔になり、失礼しましたナイさまと早口で言い切った。
「申し訳ありません、ナイさま。着替えておりますし、妹たちと朝食を摂ろうかと。お誘い、ありがとうございます。二週間のどこかで、ナイさまとオンセンに入れる日を楽しみにしております」
ふふふふふ、と笑うウーノさまは『では、我々はこれで』と告げて、廊下を歩いてコテージにある食堂へと歩いて行く。私は後ろにいるリンに振り返った。
「ゆっくり入ろう。安全は保たれた」
「どういう意味?」
「ナイは分からなくて良い」
リンが行こうと左手を差し出す。私はまあ良いかと思いつつ、彼女の手を握った。
「ヴァルトルーデさまもだけれど、リンも最近、変だよね?」
「失礼だよ、ナイ。私はいつも同じ。なにも変わっていない」
手を握って歩き出した私は隣を歩くリンを見上げた。ヴァルトルーデさまも変だけれど、リンも前より優しさが滲み出ているというか。私限定だけれど、こうして手を差し伸べてくれたり、身体を冷やしてはいけないと世話を焼いてくれるのだ。
アルバトロス王国の季節柄、寒さを心配する必要はない。だというのに膝掛を持ってきてくれたり、肩掛けを差し出してくれたりしている。私の気を引きたいのかと考えたけれど、リンが今更、そんなことをする必要はないわけで。リンを見上げたまま首を傾げると、彼女は『前を見て』と声に出す。たしかに危ないなと私が正面へ顔を向けると、隣からリンの声が聞こえてきた。
「報告で読んだ。フソウの池に落ちたって。ナイは考え込むと本当に周りを見ていないから、私と兄さんが守らなきゃいけない。いつか、大事になりそう」
リンが渋い声を出しながら、握っている手に力を込めた。その件につきましては、言い訳のしようもございませんと私は黙り込む。なるほど。リンの最近の行動は私のポカからくるものだったかと納得できた。
気を付けると私がリンを見上げると、本当かという表情をありありと浮かべている。クロは揶揄うように『ナイはうっかりさんだからねえ』と肩の上で呟く。雪さんたちも『ナイさんですものねえ』『どうして落ちてしまうのか』『そういう運命なのかもしれません』と少し呆れていた。
そうしてコテージから少し離れた位置にある温泉に辿り着いた。ダークエルフの皆さまが手を加えていて、初期の頃より随分と立派になっていた。
サウナ施設もでき上っていて、熱した石に水を掛けるという本格的なものである。私は苦手だからあまり使わないけれど、ハマる人はハマりそうだった。更衣室で服を抜ぎ、リンと一緒に中へ入ると先客がいる。朝の早くから入る人がいようとはと驚いていると、アリーさまも私たちに気付いて手を振った。
「ナイ! その頭はどうした!?」
目を見開くアリーさまだが、私の頭はそんなに酷い状態なのだろうか。手で抑えて確認してみたけれど、鏡までチェックしていない。湯に浸かるアリーさまはおいでおいでと手招きした。私とリンは駆け湯を済ませてから、アリーさまの隣に入る。
「寝癖が付いてしまいまして。お風呂で直そうかと。アリーさまは?」
「鍛錬を済ませたから、汗を流そうとな。こうして自然の中で風呂に入れる環境は素晴らしい!」
昨日、彼女は凄い量のお酒を飲んでいたというのに、アルコールが残っていないことが信じられない。ナガノブさまも朝の鍛錬に参加していたとか。温泉はアリーさまに譲ってくれ、ナガノブさまは褌一丁姿の水浴びで済ませたそうである。アルコール分解量が多いのかなと私はアリーさまに釣られて空を見上げた。たしかに青空を見ながら朝から温泉に入れる場所は限られていると目を細める。
「そういえばヤーバンの雄グリフォンさんたちはこなかったんですね?」
「国から出ることがないからなあ。こないかと誘ってみたんだが……それよりジャドさまたちを呼んで欲しいという態度を取られてしまったよ」
雄グリフォンさんたちにもいい機会に感じるが、出てこないのが特性なら仕方ないのだろうか。雌のグリフォンさんたちがヤーバンに向かうのは彼女たちの意思だし、無理強いはできない。アリーさまであればジャドさんたちに遠慮なく相談しているはず。私がジャドさんにお願いすることではないなと、顔を上から正面に向ける。するとアリーさまは私ではなくリンへ熱視線を向ける。
「先程、ジークフリードたちと剣を合わせたが、私はジークリンデとも手合わせしたいのだが?」
「二週間、基礎訓練はするけれど、手合わせは考えてい、ません」
敬語を忘れそうになっていたリンにアリーさまは『残念だ。機会がくれば頼みたい』とそれ以上、口にすることはない。私は身体を温めて湯舟から上がる。昨日も入っているから、汚れを軽く落とせたら良いかと手早く身体と頭を洗った。そうしてまた湯舟に戻ったのだが、アリーさまはまだ身体を沈めている。
「上せませんか?」
「まだ、平気だ。気持ち良いからな。しかし長湯をすれば朝飯を食べ損ねてしまう。悩ましい」
アリーさまは加減は心得ていると言いたそうに笑った。私はリンに先に上がろうかと声を掛ければ、私も出るとアリーさまが立ちあがる。アリーさまは赤子を生んでまだ間もないというのに元の体型に戻っていた。やはり運動かなと三人一緒に脱衣所に向かい、髪を乾かせば跳ねは落ち着いている。良かったと安堵して、朝ご飯を食べようとコテージに戻った。
食堂に入れば、ウーノさまたちとはすれ違いになってしまったらしい。フィーネさまが起きていて、凄く真剣な表情で納豆を混ぜている。そして真剣な表情でお醤油さんを垂らし、ご飯の上に掛けていた。
フソウのご飯が提供されているのは、ナガノブさまとヒトミチさまが料理人の方を連れてきてくれたからだ。どうやらヒトミチさまの食事をエーリヒさまに教えて貰うつもりで同行させたらしい。なるほど、と納得しつつ、私は白ご飯と厚焼き玉子とお味噌汁を選んで席に腰を下ろした。リンはパンとスープを選んでいる。アリーさまは一通り、提供された品を少しづつ全品取り分けていた。
「いただきます」
私が手を合わせると、リンとアリーさまも倣ってくれる。そして真剣に納豆を用意していたフィーネさまが私たちに気付く。
「おはようございます、ナイさま、アレクサンドラ陛下、ジークリンデさん」
「おはようございます、フィーネさま」
「おはよう。朝から凄い気合が入っているな!」
「ども」
フィーネさまに私たちも声を返せば、納豆聖女さまが食べましょうかと片眉を上げた。フィーネさまは私たちが選んだものに納豆がないことに気付く。少し肩を落としているものの、匂いや粘りに見た目で損をしていると分かっているからなにも言わない。調理されれば問題なく食べられるから、そのままで食べられるフィーネさまは本当に凄い。
「匂いの少ないものが開発されると、勧めやすくなるんですけれど……難しいでしょうねえ」
納豆とご飯を掬ったフィーネさまは口に運んで、幸せそうな表情になっていた。私は彼女の至福の時を邪魔してはいけないと、ご飯を食べ進める。白ご飯も厚焼き玉子もお味噌汁も良い味付けで、フソウの料理人さんの腕の高さがうかがえる。さて、ご飯を終えたらなにをしようと私は小さく笑うのだった。




