1735:初日は島の皆さまと。
南の島に何度も足を訪れている方たちは慣れたもので、各々の時間を過ごしている。
グイーさまはさっそくボルドー男爵さまとアリーさまとナガノブさまを引き連れて宴会を開いていた。その中にはディアンさまとベリルさまにヒトミチさまも加わっている。テラさまは羽目を外さないように見張ってくれるとのこと。ダークエルフの村の方たちのおもてなしご飯が待っているからと、テラさまはお酒をセーブするそうだ。
外に出ている女性陣は私とリンくらいしかいない。男性陣も割り当てられた部屋で過ごしている方がほとんどだ。グイーさまたちが元気過ぎるのかもしれないと散歩から戻ってくれば、シェクトさまとヴォイドさまとプライムさまが佇んでいた。
「シェクトさま。ヴォイドさまとプライムさまはグイーさまの酒盛りに加わらないんですか?」
『酒、味分からない。島、見て回る方が面白い』
どうやらシェクトさまはお酒に魅力は感じていないそうである。そういえば以前、お酒を飲んで赤くなっていたから、懲りてしまったのかもしれない。グイーさまも理解しているからシェクトさまたちを誘っていないのだろう。
「私とプライムは父上と一緒に島を見て回ろうかと」
「はい。お父さまの星の植生とは随分と違いますし、生き物がたくさんいますので」
ヴォイドさまとプライムさまは変わらずシェクトさまの側にいるのが使命のようである。私が『さま』を付けて名前を呼んでしまったから、微妙な表情になっていたものの訂正は求められなかった。シェクトさまは不思議そうに私を見上げている。どうしたのかと私が右に首を傾げれば、シェクトさまのスライムボディーがぽよんと揺れた。
『ナイは?』
「私は散歩をしておりました。晩御飯が楽しみなのでお腹を空かせておこうと。風が気持ち良いですよ。潮の匂いもしますしね」
陽が暮れる少し前。島には良い風が吹いている。部屋に引き籠っていては勿体ない気がするけれど、まあ、みんな二週間のどこかで散歩に出て自然を感じる時間はあるはず。私が笑えば、シェクトさまの身体が今度は逆に揺れた。
『よく分からない』
「そういえばシェクトさまの星では風は吹くんですか? えっと……大気の揺れというか、動きというか」
シェクトさまが私の言葉になるほどと頷いてくれた。どうやらシェクトさまは風がどういうものか分からなかったようである。
『場所による。静かな風はあまりない。風はなにもかもを攫っていく』
「台風とかハリケーンみたいなものですか」
それは凄く大変そうだ。グイーさまの星やテラさまの星で発生するものとは、もっと別のもののような気がしてならなかった。まさか風が気持ち良いという話から、シェクトさまの星の状態を知ることになるなんて。
まあ、それは良いとして、私はまだ散歩をしたりない。リンは私が長く歩くことに微妙な反応を見せていたけれど、お腹に空きをもっと作りたいと言えば笑っていた。
「あ、シェクトさまも散歩に行きませんか? まだ夕飯まで時間はありますし、私はもっとお腹を空かせておきたいですし。ヴォイドとプライムも」
人数が増えた方がきっと楽しいと私はシェクトさまを誘ってみる。呼び捨てにしたヴォイドさまとプライムさまは今度は満足気にシェクトさまに『父上』『お父さま』と圧を掛けていた。
『行く。ヴォイドとプライム以外の誰かと一緒に歩くのは初めて』
それは光栄だと私は礼を執り、行きましょうかと告げる。クロたちも一緒に行こうと誘えば、ヴァナルと雪さんと夜さんと華さんに毛玉ちゃんたち五頭やエルとジョセにルカとジアとノールに他の天馬さま方、ジャドさんとクロエおばあとイルとイヴと仔たちものっそりと立ち上がった。
「凄い光景」
後ろを見ると本当に凄い光景が広がっていた。そして、クロが私の肩の上にちょこんと乗り、ネルはリンの肩の上に乗ってご機嫌に顔を擦り付けていた。横に立つシェクトさまは私の声で不思議そうに身体を揺らした。
『なにが凄い?』
「竜や天馬さま方にグリフォンを引き連れて散歩するのは凄い贅沢だなって。もちろん創星神さまであるシェクトさまと一緒に散歩できることも、凄く光栄なことですが」
こう、列を成して移動するのはフソウのドエの街でとか、婚姻式のパレードくらいだったのだから。普段の日にこうしてみんなで歩く機会は滅多になかった。
「行きましょうか。周りを歩くだけですが」
潮の匂いとか、植物が風に揺れる音とか、足に伝わる地面の感覚とか……島には楽しめるものが多い。リンも私に付き合ってくれて、極彩色の鳥がいるとか、アルバトロス王国では滅多に見ない動物を指差して教えてくれる。コテージの近場だけでも十分に時間を潰せていた。ただ頻繁に立ち止まっているから、歩く歩数は稼げていないかもしれない。
私たちはコテージの近くで見つけた獣道を歩く。時々、見たことのない花が咲いているけれど、名前はさっぱり分からないままだ。リンも分からないし、クロもみんなも知らないらしい。
そういえば新種の動植物を見つければ、第一発見者が名前を付けられると聞く。アルバトロス王国や西大陸も同じであろうか。新種発見大会とか開けば、みんなに楽しんで貰えるかもしれない。申請は副団長さまにお願いできるのだろうか。
『なにを考えている?』
「え?」
シェクトさまに声を掛けられた私は咄嗟に立ち止まる。足元を見ればシェクトさまがぐにっとスライムボディーを潰していた。
『面白そうな顔をしていた』
微かに面白そうな雰囲気を醸し出しているシェクトさまであるが、クロとリンが『ナイは考え事してたよねえ』『うん。いつものこと』と言いたげにしている。
ヴォイドさまとプライムさまはどうしたのかと首を傾げている。私は隠すことではないと『新種を発見したら、名前を付けられる』と先程まで考えていたことを口にする。シェクトさまたちはよく分かっていないし、リンとクロたちもよく分からないようだった。私が間違っているかもしれないことを告げて、ある程度を説明すれば彼らは理解してくれたようである。
『我の星、全て新種』
「たしかに。その前に知的生命体の誕生を待たないとですね」
私が肩を竦めるとシェクトさまは『たしかに』とスライムボディーを揺らす。南の島の植生は分からないので、調べる価値はありそうだ。ポポカさんたち以外の珍しい生き物もいるかもしれない。それからしばらく歩いて、私たちはコテージに戻るのだった。
――晩御飯の時間がやってきた。
ぎゅるると私のお腹が鳴ったから、散歩の効果はあったようである。コテージからエルフの村にある広場に集まっていた。ダークエルフの皆さまとディアンさまとベリルさまに、ガンドさまが顔だけちょこんと村の端から出している。
ガンドさまは雰囲気だけでも楽しむとか。グイーさま用にステージが作られていたけれど、皆と一緒の場所にいると告げたグイーさはま辞退していた。でもテラさまがステージでみんなで歌おうと告げたから、アカペラ大会が開かれそうである。
ダークエルフさんたちはバーベキューを用意してくれていた。村の人たちと魚人の人たちにディアンさまたちプラス神さま一家と私たちとなると結構な人数となるが、たくさん用意をしてくれたようである。
「凄い!」
「島で獲れた得物と、皆さまが差し入れて下さった肉で作りました。エルフから本国で収穫した野菜を頂いております。魚人の者たちからも、魚介類を頂きましたので塩焼きにしてみました」
魚人の方たちからは魚以外にも貝類を差し入れてくださっている。焼いたら美味しいだろうし、塩も良いけれど、お醤油さんを垂らせばもっと美味しくなるはず。
アリーさまはヤーバン王国から持ってきてくれていたディップを提供してくださるとのこと。ウーノさまがしまったという顔になっているけれど、さつまいもを頂いているから、水に濡らした紙を巻いて焼いてみても良いかもしれない。
ほくほくのさつまいもも美味しいなと考えていると、今度はナガノブさまとヒトミチさまが『銀シャリが欲しい!』と口にしている。たしかに白ご飯が欲しいと考えていると、フィーネさまが『土鍋か飯盒持っていないですよねえ』と声を掛けてくれる。
土鍋ならばロゼさんに持って貰っていると私が告げると、フィーネさまはガッツポーズを取った。どうやらエーリヒさまが土鍋を使って白ご飯を炊いてくれるそうである。私はやったとロゼさんにお米と土鍋を出して貰った。
『マスターのご機嫌がどんどん上がっておられますねえ』
「あれ、ヘルメスさん。今まで静かだったのに、いきなりどうしたの?」
『いえ、単に喋る機会がなかったまでのこと。神さま方がいらっしゃいますから、あまり妙なこともできません』
ヘルメスさんに誰かを慮る心があったとは驚きである。失礼なことを考えておられませんか、というヘルメスさんの声が上がると同時にダークエルフの村長さんから、音頭を取って欲しいと頼まれた。それならば一緒に音頭を取りましょうと私は村長さんにお願いして、丁度良いかなと、ステージの上に立たせて貰う。
「亜人連合国の皆さま、ダークエルフの皆さま、二週間よろしくお願いします!」
「ようこそ、島へ。皆さま、二週間楽しんでお過ごしください!」
私とダークエルフの村長さんは広場に集まった皆さまを見渡して、手に持っていた木製のコップを掲げた。そうしてダークエルフの村長さんと私は視線を合わせる。
「乾杯!」
「乾杯!」
二人が声を上げると、広場の皆さまも『乾杯!』と口々に声を上げて、周りの方たちと杯を当てていた。私もダークエルフの村長さんと杯を当て下に降りた。皆さまから『二週間よろしく頼む』『楽しもう』『ゆっくりしようねー』『美味しいもの一杯食べようね~』とか、『ナイさま、今年もお誘いありがとうございます!』『楽しみにしていました!』と声を浴びる。グイーさまたちとも杯を当てて、私はジークとリンの下へと戻った。
「ジークとリンも、二週間楽しもうね。ゆっくりできると良いなあ」
「ああ」
「ん」
そっくり兄妹とも杯を当てて、少しだけ関係性が変わった今年の南の島でのバカンスが始まった。そしてまた私は杯を当てていない方たちに声を掛けたあと、用意してくださった料理をたくさん食べるのだった。




