1732:大所帯。
――西大陸と東大陸の間にある南の島。
空から見下ろす南の島は去年より少し大きくなっているようなと、私は赤竜さんの背の上から下を覗き込む。ジークとリンが『落ちるなよ』『池に落ちるから、地面にも落ちそうで心配』と言いたげに私の後ろに控えていた。
『高度を下げますね。お気をつけください』
赤竜さんの声に私は下を見るのを止め、背中の真ん中へと戻った。今いる面子は幼馴染組とヴァルトルーデさまとジルケさま、アリアさまとロザリンデさま、エーリヒさまとフィーネさま。聖王国からアリサさまとウルスラさま。ボルドー男爵さまとヤーバン王であるアリーさま。副団長さまと猫背さんと魔術師団の方が数名。そして、セシリアさまとハイゼンベルグ公爵さま、アルティアさまとヴァイセンベルク辺境伯さまが揃って談笑をしていた。
アルティアさまは途中でエルやジョセにジャドさんたちの背に乗って、赤竜さんとの並走を楽しんでいた。ボルドー男爵さまとアリーさまも影響され、自分たちもと言って空を翔けていた。副団長さまたちも竜の方の背に乗って、魔術をぶっ放している。なにをしているんだと言いたいが、空中ならば誰にも被害が及ばないといういうことで魔術の試し撃ちをしていたようだ。
小型の竜の方が数頭に、中型の竜の方も一緒に飛んでいる上に、ヤーバン王国に住み着いたワイバーンさんも一緒にきている。結構騒がしいが、フソウ組とアガレス帝国組も混ざればもっと賑やかになるに違いない。
フソウ組とアガレス帝国組は青竜さんと緑竜さんが迎えに行ってくれている。時間を合わせているから、先に着いているか、後から辿り着くかのどちらかだろう。
赤竜さんはどんどんと高度を下げていき、南の島にある砂浜の上に降り立った。なんとなく昨年より、陸地から海に繋がる砂浜の幅が広くなっている。ヤシの木も大きく成長している気がするのだが、一年間でどれだけヤシの木が成長するかは知らない。
大きくなるのは良いことかと私たち一行は赤竜さんの背から降りる。皆さま、結構な高さをあっさりと降りているのだが、私とクレイグとサフィールは補助が付かなければ降りられない。運動能力の差と魔力の差で大きく違いがでるなと苦笑いを浮かべながら、私は砂浜の感触を確かめた。踵を踏み出せば、少しだけ砂浜に沈み込む。陽の光に当たった砂は少し温められているようだ。
腕を天へと突きあげて身体を伸ばした私は大きく息を吐く。
「着いた~」
『無事に着いたねえ』
肩の上に乗っているクロが答えてくれて、ジークとリンは私の両隣で顔を覗き込んだ。
「二週間、楽しみだな」
「ナイが落ちなくて良かった」
二週間、本当に楽しみだ。いろいろと食材を用意しているし、バーベキューも楽しみである。エーリヒさまは南大陸の香辛料を使ってカレーを披露してくれるとのこと。ヤーバン王国のアリーさまもバーベキューの際にはディップをたくさん用意しているから、楽しみにしてくれと笑っていた。
ボルドー男爵さまはナガノブさまとアリーさまと飲み会を開くそうである。ヒトミチさまも参加されるらしいので、飲み友達が増えるだろうか。おそらくそこにはグイーさまとテラさまが参加しているに違いない。四姉妹さま方の機嫌が怖いけれど、テラさまがいらっしゃるからグイーさまも飲み過ぎることはあるまい。
火鉢を持ってきているので、酒の肴として『スルメ』を用意しておいた。あとお醤油さんとマヨネーズ擬きも。七味もフソウで買い付けているから、ナガノブさまとヒトミチさまに新たな味を紹介できそうである。エーリヒさまも酒盛り用のつまみレシピを考えてきたそうだ。ボルドー男爵さまたちが羨ましいが、カレーがあるからそう嫉妬心は湧かなかった。
『もしナイが落ちたら、ジャドたちが助ける手筈になっていたけれど、そうならなくて本当に良かったよ~』
クロが尻尾を振りながら、なにやら失礼なことを口にする。
「そんな密約結んでいたの!?」
私は目を見開いて、流石に落ちないと抗議をするものの周りの皆さまの目は冷ややかである。
『ナイ。池に落ちたんだから仕方ないよ』
クロの声にジークとリンが頷いて、側に寄ってきたヴァルトルーデさまとジルケさまも『前科持ち』『諦めろよ、ナイ』と声を出す。このやり取りを見ているクレイグとサフィールは話に加わる気はないようだ。
アリアさまはクレイグと早く話したそうにしているし、亜人連合国の代表であるディアンさまとダークエルフの村長さんと島の主である大蛇のガンドさまと挨拶をしようと、私は浜辺から森の方へと視線を向ける。
そこには島に住む皆さまが揃っておりダークエルフさんたちと魚人の方たちもいた。彼らの手前にディアンさまと村長さんとガンドさまに、ダリア姉さんとアイリス姉さんが立って私たちを待ってくれている。私は赤竜さんに移動のお礼を告げ、遊びにきたみんなの方へと視線を向けた。
「ご挨拶に行きましょうか」
私の言葉にみんなが頷いてくれ、毛玉ちゃんたち三頭が横に並んだ。どうやら毛玉ちゃんたちは一緒に挨拶に向かってくれるようだが、ディアンさまたちに撫でて欲しいのだろう。
ヴァナルと雪さんと夜さんと華さんは『暴れない』『ご迷惑を掛けてはなりませんよ』と毛玉ちゃんたちへと伝えている。毛玉ちゃんたちはその言葉に『だいじょぶ!』と胸を張っているのだが、果たして無事に挨拶を終えることができるのか。そんなやり取りをしつつ、私たちはガンドさまとディアンさまたちの下へと歩いて行く。
「お久しぶりです。二週間、お世話になります」
私が礼を執れば、一緒にきているメンバーも頭を下げてくれる。毛玉ちゃんたちは尻尾をぶんぶん振って、今にも駆けだしそうな勢いを我慢していた。そうしてガンドさまが頭をぬっとこちらに近づける。一年前より一回り大きくなっていないだろうか。私の疑問を他所にガンドさまは目を細めながら声を上げた。
『もう一年が経つのか! 久しぶりだのう、ナイ、女神さま、みんな! 島で楽しんでくれれば我は嬉しいぞ!』
「今年もよろしくお願い致します」
ガンドさまの後、ダークエルフの村長さんも声を上げた。村長さんは相変わらず丁寧な物腰で柔和な笑みを浮かべている。ただ弓の使い手であり、腕前が凄いと聞いていた。ちょっと弓を射るところに興味があるのだが、お願いすれば見せてくれるだろうか。まあ、機会が巡ってくればその内村長さんの弓の腕前を見ることができるだろうと、今度はディアンさまへ私は視線を向ける。
「ひ――」
「――ナイちゃん、久しぶりね!」
「まあ時々会ってるけど、どうしても王都から離れちゃって会い辛くなったからね~お姉さんはナイちゃんと再会できて嬉しいよ~」
ディアンさまを遮って、ダリア姉さんとアイリス姉さんが私に近づいてきた。相変わらずエルフのお姉さんズは私のことを凄く可愛がってくれる。悪い気はしないので構わないけれど、見慣れない方は目を見開いていた。ダリア姉さんとアイリス姉さんに私は揉みくちゃにされながら、再度ディアンさまの方へと視線を向けた。彼は苦笑いを浮かべながら、エルフのお姉さんズが飽きるまで待つようだ。
「代表さま、お世話になります。毎年、受け入れていただきありがとうございます」
「いや、普段は静かな島だからな。君たちがきてくれれば、ダークエルフの者たちや魚人の者たちも活気づく。我々もいろいろと準備をしておいた。楽しんでいってくれ」
ディアンさまが小さく笑いながら答えてくれると、ベリルさまが空を見上げながら声を上げる。彼が見つめる先へと視線を向ければ、青竜さんと緑竜さんの姿が見えた。
「皆さん、フソウ国とアガレス帝国の皆さまがお越しになられたようですよ」
どうやらフソウ組とアガレス組は途中で合流を果たしたようだ。距離は離れているものの直ぐに砂浜に降り立つだろう。私との挨拶が終われば、他の方たちも皆さまと言葉を交わしている。
ガンドさまもディアンさまもベリルさまもダリア姉さんとアイリス姉さんもヴァルトルーデさまとジルケさまに普通に接していた。少し緊張感は漂っているものの、以前よりマシではないだろうか。
ヴァルトルーデさまはみんなと仲良くなりたいと願っているから少し進展したはず。ジルケさまは皆さまと付かず離れずの距離を取っている気がする。会話は普通にあるし、話しかければ普通に答えてくれるからジルケさまとは喋りやすい。ナターリエさまとエーリカさまは少し取っ付き辛いところもあるけれど……こればかりは各々の女神さまの性格だろう。
浜辺に降りた青竜さんと緑竜さんからフソウ組とアガレス組の皆さまが降りて、こちらへと歩いてきた。最初にナガノブさまとヒトミチさまが頭を下げた。
「二週間、世話になる!!」
「よろしくお願い仕る」
割れんばかりの大音声が上がり、耳がピリピリするけれど、ガンドさまもディアンさまも他の皆さまも気にした様子はない。ガンドさまとディアンさまは先程と同じような挨拶をすれば、次はアガレス帝国のウーノさま五姉妹の番となる。彼女たちはウーノさまが代表して挨拶を務めるようだ。
「よろしくお願い致します。ご厚情感謝申し上げます」
ウーノさまが丁寧な礼を執る。そういえばご伴侶さまもお誘いしていたはずだけれど姿が見えない。どこか別の場所にいるのかと私が視線を彷徨わせていれば、ウーノさまと目が合った。
何故かウーノさまが私から視線を外す。いつもウーノさまと目が合えば、凄く綺麗な表情を浮かべるというのに。今日のウーノさまは他の所に視線を向け、落ち着かない様子を見せていた。
こんなこともあるかと私はアガレス五姉妹の次女となるドゥーエさまに視線を向けると、彼女は直ぐに気付いてくれた。ウーノさまのご伴侶さまはと聞いてみれば『高いところが苦手な方なのです』と教えてくれる。そりゃ竜の背に乗るとなれば、全身を晒すことになる。苦手なら、ご伴侶さまの顔が見えないのは当然だと私はドゥーエさまにお礼を告げた。
そんなこんなで、いつの間にか皆さまは雑談を始めている。二週間よろしくお願いしますと、島の方に挨拶をしたり、初めましての挨拶をしたりと様々だ。
穏やかに話ができているようでなによりと、私は皆さまを見守っていると大きな声が上がる。
「貴殿がベナンター伯爵か!」
ヒトミチさまがエーリヒさまとフィーネさまを前にして、凄く良い顔になっていた。エーリヒさまは突然なんだろうと驚くものの、私からヒトミチさまの話を聞いていたため誰か予想がついたようだ。
「はい」
エーリヒさまが短く返事をすると、フィーネさまは礼を執る。夫婦だから挨拶の時間は一緒に過ごしていたようだ。
「そうか、そうか。食べ物の知識が豊富であり、私が快癒したのも貴殿のお陰だとアストライアー侯爵から聞いている! 此度、直接会えて礼を述べることができるとは思わなかった。本当に助かった。ありがとう、ベナンター伯爵」
ヒトミチさまの言葉にエーリヒさまが慌てて頭を下げて『有難いお言葉です』と声を上げる。周りの方たちもなんだと視線を彼らに集めていた。すると私の横にヴァルトルーデさまとジルケさまが立った。
「エーリヒ、私の時より恐縮してる?」
「だな。同じ人間相手なのにな」
まあ、フソウ国の次代の帝さまとなれば、元日本人としては神さまと同列に並べてもおかしくはないよなあと私は肩を竦めるのだった。




