1728:良いから戻ろう。
気配が消えてしまったグイーさまを再度呼び出して、シェクトさまを誘って良いかと問えば許可を頂けた。執務を終えて部屋に戻り、シェクトさまと連絡を取れば直ぐに『行く』という返答を頂くことができたのだった。
誘っておいて、あまりお構いできないかもしれませんがという情けない私の言葉にも、シェクトさまはヴォイドさまとプライムさまがいるから大丈夫だと言葉をくれる。ヴォイドさまとプライムさまももちろん、島にきてくれるそうだ。
あと頂いた七色に光る花はまだ枯れていないと知ったシェクトさまは少し驚いていた。
想定より長く咲いてくれているようで、私の魔力の影響を受けているかもしれないと仰っていた。そういえば七色に光る花は私が赤色を観たいと願えば、赤に光るし、黄金色を観たいと願えば、黄金色に光る。不思議な花だけれど、シェクトさまの星の花ならば当然のことかもしれない。なににせよ、環境が違う場所で長く咲いていると聞き少し安心できた。
「これでみんなに招待状を送れたはず」
私はシェクトさまと連絡を終え、自室で独りごちた。漏れている方はいないはずと指折り数えても、間違いはないはずである。たくさんの方がくるから本当に気合を入れて用意しなければ。
「ロゼさんには負担が掛かるけれど……よろしくね」
私が自身の影を見つめると、ロゼさんがぴょーんと飛び出してくる。一瞬、床に寝そべっていたヴァナルと雪さんと夜さんと華さんと毛玉ちゃんたちが片目を開けて状況を確認していた。直ぐにロゼさんが出てきただけと分かった彼らは、ふんと鼻を鳴らして目を閉じる。ロゼさんは飛び出した勢いで何度か床で跳ねてから、私の足下に辿り着いた。
『大丈夫! ロゼ、マスターのお陰で強くなってる!』
えへんとスライムボディーを張ったロゼさんは、仕事を受け持つことができて嬉しいようである。ロゼさんにはお世話になりっぱなしだなあと、床の上にいるスライムさんを私は持ち上げて膝の上に乗せた。すると壁に掛けていた錫杖のヘルメスさんが『ち』と舌打ちをしていた。一体、どうしたのかと私がヘルメスさんの方へ視線を向ければ『失礼致しました、つい』と告げてから、また言葉を紡いだ。
『スライムの癖に強くなるなど……いえ、私もマスターのお陰でこうして会話をできるようになっていますから、あまり強く言えませんが』
ヘルメスさんはジークと私が婚姻してから夜の時間は離れているため、少しご機嫌斜めである。ヘルメスさん曰く『マスターの側にいるのが私の務めだというのに』と苦言を呈していた。
ヘルメスさんがただの錫杖であれば壁に掛けたままでいられるけれど、意識がある故に夜は別の部屋にいて頂いている。フソウでの高級旅館に泊まった時もご機嫌斜めだった。壁に掛けたままだと覗き見されているようで恥ずかしいから、こればかりは許して欲しい。だから私は冗談として肩を竦めて口を開く。
「ヘルメスさんも島に行きますか?」
『マスター……私を置いていくおつもりだったのですか!?」
酷いです、とヘルメスさんが魔石を思いっきり光らせてピカピカしている。冗談だと私が告げると、冗談に聞こえませんとヘルメスさんから声が返ってくる。クロはクロで意地悪を言っちゃ駄目だよ~と尻尾を揺らしていた。
ヴァナルたちは我関せずすやすや寝息を立てている。ロゼさんはヘルメスさんが私に揶揄われていると分かって、面白そうにしてやり取りを眺めていた。
『うううっ……最近のマスターは図太くなられましたね……』
ヘルメスさんがすすり泣く声を上げる。実際に泣いているわけではないが、本当に感情豊かな錫杖さんだ。ごめんごめんと私は謝って、グイーさまとナターリエさまとエーリカさまに宛てた招待状をジルケさまへと届けに行く。
お昼過ぎの時間なら、ジルケさまはクロエおばあと共に昼寝をしている時間だろう。昼日中の光合成が気持ち良いと、ジルケさまは頻繁にお昼寝をしている。庭の隅にある陽当たりの良い場所に赴くと、狙い通りジルケさまとクロエおばあが寝息を立てていた。側には少し前に卵から孵ったグリフォンの仔たちも一緒に寝ている。夜行性の仔は日陰で寝息を立てているのは、特殊個体故だろうと私は肩を竦めた。邪魔しては悪いと感じつつ、早く招待状を届けた方が良いだろうと私はジルケさまの下をクロと共に目指す。するとジルケさまは気配を感じ取ったようで、ぱっと目を開けて身体を起こした。
「ナイ、どうした?」
ん、とジルケさまが首を捻る。私は南の女神さまの下へ行き膝を折った。
「話の流れでジルケさまにお願いすることになりました。グイーさまとナターリエさまとエーリカさまにお渡し頂けますか?」
私は手に持っていた招待状三通をジルケさまの前に差し出す。視線を招待状に落としたジルケさまは『なんだこれ』と不思議そうな表情を浮かべた。
「南の島への招待状です」
「こんなもん、要らねーだろ……って姉御たちが強請ったのか。親父殿も良い歳こいてなにやってんだ」
私の答えにはあと溜息を吐くジルケさまだが、手を頭の後ろに回して掻いたあと招待状を受け取ってくれた。
「仕方ねえ。報酬はヨウカンな」
招待状を受け取ったジルケさまはクロエおばあのお腹の所から立ち上がり良い顔を私に向ける。
「承知しました。普段出している品とは違うものを用意しておきます」
羊羹で良いならお安い御用だ。普段出しているお店の品とは違う羊羹を少し前に買い付けたから、丁度良い機会だろうとジルケさまに伝えれば更に良い顔になる。
「そりゃ楽しみだ。なら、行ってくるか」
そうジルケさまが言い残して光に包まれて姿を消したあと、目覚めたクロエおばあが『ピョエ~?』と不思議そうに一鳴きした。
「ジルケさまはお使いに行って貰ったんだ。直ぐ戻ってこられるはずだから、クロエおばあは心配しないでね」
私の言葉を咀嚼するようにクロエおばあは右へ左へと首を傾げた。意味を分かってくれたかなと私が苦笑いをすると、大きな前脚をちょこんと私の膝の上に乗せた。どうしたのかと私がクロエおばあに視線を向ければ、くわっと嘴を大きく開けて欠伸をしている。呑気なものだと笑えば、ごろりと体勢を変えたクロエおばあが私の膝の上に顔を置いた。
「重いような、重くないような」
クロエおばあは成獣のジャドさんたちと比較すると凄く小柄であるもののグリフォンである。私の膝の上にはズシリとした頭が乗っており、苦笑いが零れてしまう。クロエおばあはご機嫌そうにぐるりと身体を捻って、へそ天状態になっていた。
随分とクロエおばあはご機嫌だなあと、私は彼女の喉元を撫でてみる。すると気持ち良かったのか『ぴょーえー』という小さな鳴き声が私の耳に届いた。しばらくここにいてクロエおばあと戯れるのは悪くないと、ふかふかのクロエおばあの毛を堪能していた。
すると誰かの気配を感じて顔を上げれば、ヴァルトルーデさまが訝し気な表情を浮かべてこちらに歩いてくる。私の視線に気づいたヴァルトルーデさまはほんの僅かに口元を伸ばすものの、直ぐに元の表情に戻った。
「ナイ。末妹の気配が消えた」
ヴァルトルーデさまが言葉を紡ぐと、クロエおばあは流石にヘソ天状態は失礼と感じたようでごろりと態勢を変える。気にしなくて良かったのではと私は横に座ったクロエおばあの身体を右手で撫でながら言葉を紡ぐ。
「あ。ジルケさまにお使いを頼みまして。神さまの島へ招待状を送り届けて頂きました。直ぐ戻ってこられるかと」
どうしてジルケさまの気配が消えたのかヴァルトルーデさまに伝えれば、西の女神さまは目を顰める。
「私に頼んでくれても良かった」
「ナターリエさまとエーリカさまがジルケさまをご指定なされたので」
不服そうなヴァルトルーデさまに私がまた答えると、北と東の女神さまからの要望ということで『ああ』と短く声を上げる。どうやらナターリエさまとエーリカさまは姉神さまに物事を頼みにくいことをヴァルトルーデさまは理解していたようである。ふうと力を抜いたヴァルトルーデさまは何故か芝生の上にごろりと寝転がって私の膝の上に頭を置いた。
「何故、この状態に?」
「クロエがご機嫌だから、気持ち良いのかなって」
どうして私はヴァルトルーデさまに自身の膝を提供しているのだろう。クロエおばあはヴァルトルーデさまに『ピョエ!』と声を上げている。クロ曰く『気持ち良いよね~』と言っているとか。しかし私が提供すべきはヴァルトルーデさまではなく、ジークなのではと訝しみつつ正直な感想を口にする。
「重いです」
背丈の差があるため、割と重いのではなかろうか。人間の頭はたしか重くできているはずだ。クロエおばあの頭もそれなりに重量を感じたが……ヴァルトルーデさまも結構重い。脳味噌が詰まっているんだなあと私が感心していると、ヴァルトルーデさまが寝転がったまま口をへの字に曲げる。
「クロエより重くない。酷い」
むすっとした表情を浮かべるヴァルトルーデさまだが、機嫌が悪いわけではないようである。冗談の範疇だし、もう暫くなら私の膝も耐えられると肩を竦めれば、ヴァルトルーデさまがかっと目を見開いた。
「ヴァルトルーデさま?」
勢い良くヴァルトルーデさまが起き上がって、私をじっと見つめていた。なにか気まずそうな雰囲気を醸し出しているが、西の女神さまはなにを考えておられるのだろうか。
「なんでもない。身体が冷える。ナイ、屋敷に戻ろう」
「天気は良いですし、気温も冷えるようなものではありませんよ」
急に慌て始めるヴァルトルーデさまであるが割と温かい気温になっており、身体が冷えることもない。もしかしてヴァルトルーデさまはジークに見られたら不味いとでもお考えになっているのだろうか。
膝枕はリン相手に偶にやっているから、今更ジークが嫉妬心を抱くようなことはなさそうである。逆にリンに私が膝枕を提供して貰うことだってあるのに。西の女神さまの考えていることが良く分からないと私が首を捻れば、ヴァルトルーデさまが立ちあがって手を差し伸べる。
「……良いから、戻ろう」
難しい表情のヴァルトルーデさまの手を握って、私も芝生の上から立ち上がる。するとヴァルトルーデさまが私直ぐ近くに身体を寄せて少し背を屈めた。
「うえ?」
なんだと感じていると、何故かお姫さま抱っこをされていた。一体どんな状況だと首を傾げるが、ヴァルトルーデさまの表情からは『屋敷に戻るまで離さない』と言いたげな雰囲気がありありと醸し出されている。いや、女神さまにお姫さま抱っこをされている人間ってどういう構図だと私は訝しみながら、ヴァルトルーデさまに自室まで抱えられて戻るのだった。




