1726:まだ気づかない。
ユーリと毛玉ちゃんたちが少しづつ上手く遊べるようになっていた。けどやはり、毛玉ちゃんたちにはなかなか敵わないようである。
執務を終え、お昼ご飯に向かおうと廊下を歩いていれば、ジルケさまが対面からご機嫌に歩いてきている。ジルケさまは私とクロとヴァナルと雪さんと夜さんと華さんと毛玉ちゃんたちに気付いているのだが、小さく首を傾げながら目を顰めている。普段であれば『よう』と声を掛けてくれるはずなのに、それもなく私たちをすれ違おうとしていた。流石に無言のままは良くないと私は声を上げる。
「どうかなさいましたか、ジルケさま?」
私が声を掛けるとジルケさまははっとした表情になった。いつもであれば視線が合うというのに、何故か少しだけズレていてこちらを見ようとしてくれない。
「ん、ああ、いや、なんでもねえ。あたしは昼寝してくるなー」
気まずそうにジルケさまがそう口にして、私たちがきた道をジルケさまは歩いて行く。昼寝をするならクロエおばあの下へ行くはずなのに、末妹さまが歩く先は二階の各個人の部屋がある方向だ。自室で寝るつもりかと私は納得するものの、直ぐに大きな問題があることに気付いた。
「ジルケさま、お昼抜くの? 嘘でしょう?」
『お腹を壊しているってわけでもなさそうだよねえ……大丈夫かなあ?』
呆然と声を上げる私にクロも不思議そうに答えてくれる。とはいえ食べたくない日もあっておかしくはない。
「まあ、こういう日もあるか」
ジルケさまは女神だから一食抜いても死にはしないと、私たちは食堂を目指す。食堂に入ればジークとリンとサフィールが揃っていた。クレイグはネーベルハイム領へと赴いており、領主のお仕事に励んでいる。
アリアさまとの婚姻が決まってから、クレイグは以前より領主業に力を入れていた。領地を良くしようと事業計画を立てて、予算をくれと頭を下げられたことが何度かある。彼の姿勢が村の方たちにも伝わったのか、クレイグをネーベルハイム領の領主と少しずつ認めてくれるようになっており態度も軟化しているとか。
閉じていた村だから血が濃くなる懸念もあって移住者を募ってもいる。なにもない村のため希望者は少ないと苦笑いを浮かべながら私は食堂の椅子に腰を掛ける。クロたちも自分たちの定位置に座って、ご飯が到着するのを待つ姿勢になった。丁度、ヴァルトルーデさまも食堂に姿を現して、きょろきょろと部屋を見渡す。首を傾げながら着席したヴァルトルーデさまが私に視線を送った。
「ナイ。末妹は?」
「昼寝をするとおっしゃっておられました。ジルケさまが食事を抜くなんて珍しいですよね」
私の声にヴァルトルーデさまがきょとんとした顔になる。姉神さまが凄く珍しい雰囲気を醸し出す。やはりジルケさまが食事を抜くということが、ヴァルトルーデさまは気になるようだ。とはいえもう直ぐ食事が運ばれてくるため、ヴァルトルーデさまはジルケさまの様子を後で見てくると口に出す。続けてヴァルトルーデさまが言葉を紡いだ。
「オモチ、また食べたい」
唐突にヴァルトルーデさまが口にした言葉はお土産として持って帰っていたお餅のことだった。
「火鉢を購入して戻ったのは正解でしたね。夏場は暑いのでやらない方が良いですが、冬場なら暖を取りながらお餅を焼くことができるので」
花菱屋さんで火鉢の上でお餅を焼いたことが忘れられず火鉢を購入して帰っていた。アルバトロス王国の貴族の屋敷には暖炉があるから、代わりを果たせそうだけれど風情が違うというか。
小さい火鉢で夏に差し掛かる前だから、朝と晩であれば火鉢の温度に耐えられる。お餅に限らず、干物やスルメを焼いて食べることもあった。マヨネーズもどきとお醤油さんでスルメを食べるのは最高だ。七味はジークとリンが好んで使っている。私は辛いのが苦手だから、平気で食べるそっくり兄妹がちょっと羨ましくもあった。
「無くなったら取り寄せるので、遠慮なく食べてくださいね」
「本当? でも我慢して食べる楽しみがなくなる……難しい」
購入した品がなくなれば、また越後屋さんから購入するか、お煎餅屋さんに直接お願いすれば良い。
「餅つきも楽しそうですよね。南の島で餅つき大会しようかな。力自慢の人が多くきてくださるはずだし」
南の島で集まった方たちと餅つきをすれば思い出として記憶に残るはずである。お餅が苦手な方には申し訳ないが、作業自体は一緒に楽しめるはずだと私はにんまりと笑みを浮かべた。
「モチツキ?」
「お餅を作るために、臼でモチ米を搗く行為のことですね。できたてのお餅は凄く柔らかくて美味しいですよ。捏ねて丸める作業も楽しいかと」
ヴァルトルーデさまが不思議そうな表情になって首を傾げたため、私は餅つきがどんなものかを説明した。もち米蒸かして、臼を使って杵で叩くと告げれば、お米を叩くのかと不思議そうにしている。
体験するのが一番分かりやすいだろうと、私は今年の南の島では餅つきをしようと決めた。そうして昼ご飯を食べ終えれば、ヴァルトルーデさまはジルケさまの下へ、私はいつも通りユーリの下へと向かうのだった。
◇
末妹が楽しみにしているはずの昼ご飯を抜いた。あの良く食べる末妹がご飯を抜くなんて大事件である。
ナイは末妹がご飯を抜いたことに驚いてはいるものの、そういう時もあるだろうと干渉する気はないようだ。だが私は末妹の姉である。妹を気に掛けない姉はいないと、私は屋敷の中を歩いて、末妹の下へと辿り着く。屋敷の庭の日当たりの良い場所で、クロエと末妹は寝息を立てていた。私が近づくとクロエが顔を上げ『ピョエ?』と小さく鳴く。若いグリフォンの個体も可愛いけれど、歳を重ねて出る可愛さも良いものだ。
一部の者は『年老いた姿は可哀そうで見ていられない』という声もあるが、自分が年老いた時に同じ言葉を投げられたら彼らはどんな顔をするだろう。
末妹はクロエのお腹の所で両手を広げ、足も大きく広げていた。私がきたことに気付いているけれど、クロエのように挨拶をする気はないらしい。けれど私が無言で見下ろしているからか、末妹は目を開けて口も開けた。
「姉御、どうしたよ?」
「末妹がお昼にこないから」
末妹は昼寝の邪魔をするなと言いたげに声を上げ、私はこの場所にきた理由を告げた。そういえばこうして末妹を探したのは初めてかもしれない。
お昼ご飯を抜くという行為も末妹は初めてのはず。今まで気付かなかったのは、神の島で暮らしながらも末妹と接点をあまり持っていなかったからだろう。食事をきちんと摂るようになったのも、ナイの屋敷で過ごすようになってからだ。やはりナイの屋敷で暮らすようになって、私と末妹は少し変わった気がする。悪い方向ではなく、きっと良い方向に。だから食堂に姿を現さなかった末妹が気になったのかと、少し答えが明確になった気がする。
「そういうことか……って、気付いてねえのか、姉御は」
「?」
末妹はなにに気付いているのだろう。もしかしてナイが私たちに隠れて美味しいものを食べていたのだろうか。それとも私たちを放ってどこかへ出かけるのだろうか。
そうであれば少し悲しいと私が肩を下げれば、クロエが立ち上がって私に顔を擦り付ける。多分、クロエは大丈夫かと私に問うているようだ。優しい仔だと私がクロエの頬を撫でると、目を細めながら受け入れてくれている。末妹に同じことをすれば『気持ち悪い』と言われ手を払われるはずだ。私は姉だから妹の頭を撫でても問題ないのに、妹を可愛がる行為が拒否されるなんて理不尽ではないだろうか。
「あのな、姉御」
末妹がナイの腹に新たな命が宿っていると教えてくれた。私は本当かとナイの部屋がある方向へ視線を向ける。
「待て待て待て待て! まだ生きてる連中が気付けるほど育っちゃいねーんだ! だから姉御、しばらく黙っていろ!!」
末妹が気付いて、私が気付けていないことが悔しいけれど……多分、末妹はナイに子供ができるか気に掛けていた。だから力を使って『視た』のだろう。私も気になっていたものの、力を行使することはなかった。
こればかりはナイとジークフリードの問題であるし、あまり立ち入ってはならないところというか。でもまあ、屋敷のみんながナイの子供はできるかとソワソワしていたし、本当にめでたいことだ。末妹が口にした通り、神の力を使って分かったことならば黙っておくべき事柄だ。しかし。
「難しい……顔に出る気がする」
慶事を喜ばない女神はいない。末妹も嬉しいはずなのに、時期がくるまで隠し通せるの少し心配になる。私が悩んでいると末妹は鼻を鳴らした。
「鉄面皮な姉御の顔に出るわけねーだ……いだだだだだだ!!」
私はきちんと感情表現をしている。美味しいご飯を食べれば顔に出ているし、嫌な雰囲気の人間に会っても顔に出ている。末妹は私の表情をきちんと読み取れていないようだ。
これは姉としてきちんと妹に理解して貰わねばと、末妹の両の額に拳を当ててぐりぐりぐりとねじ込む。悲鳴を上げた末妹の目尻には涙が溜まっていた。少しやり過ぎたかとぱっと手を離せば、末妹は両の額に手を当てる。
「痛ぇ……」
末妹を心配そうにクロエが顔を覗き込んでいた。クロエは首を傾げて、器用に嘴の先を末妹の頬に擦り付ける。少し羨ましいなと私が見ていると、クロエはどうしたのとこちらを見て首を傾げた。
クロエはこういう所が凄く可愛らしい。おやつを食べているクロエは私たちが食べていないことに気付いて『食べないの?』と心配そうにしていたり『美味しいよ』と嘴の先をこちらに向けて訴えることがある。
ナイもクロエのそういう所が好きなようで、小さく笑いながら『たくさん食べて良いからね』と声を掛けていた。たくさん食べることは悪いことではないし、弱っていたクロエの回復には沢山食べられる環境が必要だった。私はふと思いついたことがあって、末妹とクロエがいる場所から踵を返した。
「おい、姉御! どこ行くんだよ?」
背後から届く末妹の声に『ちょっと行きたいところがある』と告げれば『心配だから、あたしも行く!』と追いかけてくる。
「どうしてくるの?」
「いいだろ、別に。あと姉御がなにかやらかさないか見張っておくのはあたしの仕事だ」
首を傾げた私に末妹は肩を竦める。クロエも興味があったのか、とことこと私たちの後ろをご機嫌に歩いていた。末妹とクロエが昼寝をしていた反対側。屋敷の裏へと辿り着き、畑がある方へと向かう。
すると畑の中では黄金色の畑の妖精が忙しなく動いている。悪意のない彼らであるが、無限に野菜や食べ物を育てようとするため少し厄介かもしれない。ただナイの屋敷の環境は特殊で、野菜が際限なく育っても天馬やグリフォンたちが食べてくれる。ナイも親しい者たちに『お裾分け』をしており、ハインツが凄く喜んでいるとか。
「お願いがある」
私が畑の境界線に立つと、黄金色の妖精が仕事の手を止めて一列に並んだ。
「ナイが好きな食べ物を優先的に育てて欲しい。あ、でも、どうしてそうなったのか分からないように」
ナイは小柄だからきちんと子が育つのか心配だし……栄養のあるものを食べて元気な子を生んで欲しい。生まれたばかりの子を見るのは少し怖いけれど、ナイの子ならきっと可愛いはずだ。
私の声に黄金色の畑の妖精は首を傾げている。そういえばナイの好きな食べ物はなんだろう。なんでも食べる彼女だから好きな野菜はなにかと問われてもピンとこない。うーんと悩んでいれば、末妹が大袈裟に息を吐く。
「困ってるだろ……あのな、今より少しだけ魔素が多く含んだものを育ててくれって話だ。ナイの奴、なんでも食べるしな」
末妹の声に黄金色の畑の妖精が『ワカッタ!』『キアイ、イレル!』『タネハドコダ!?』と声を上げながら、畑へと戻って行くのだった。




