1720:ソワソワくん。
誰かきてくれるかなと、ジークと私は壁の染みと花を演じていたのだが皆さま遠慮してきてくださらない。
何故ぇと首を傾げていれば人影が差し、視線を挙げれば王太子殿下と王太子妃殿下がにこやかな表情を浮かべながら私たちの下へと歩いてくる。少し距離のある位置で王太子殿下が片手を挙げ、妃殿下は軽く目線を下げた。
次代のアルバトロス王と王妃の座に就く方たちだから洗練された雰囲気がある。先程まで二階席で陛下と共に過ごされていたはずなのに、一体どうしたのだろう。周りの方たちも王太子殿下と妃殿下の登場に目を奪われている。なにかあったのかと身構えていれば、王太子殿下と妃殿下がジークと私の前に立つ。
「アストライアー侯爵、ロウ男爵、久方振りだ」
王太子殿下が第一声を挙げ、息つく暇もなく二言目を発する。
「アストライアー侯爵が手持無沙汰にしていると、ツェツィーリアが気付いてね」
「急ではありますが、少しお話したいことがありましたので、お伺いさせて頂きました」
王太子殿下と妃殿下の仲は相変わらずのようだ。お二人とも落ち着いた雰囲気で学院生時代よりも垢抜けている。私も多少は大人っぽくなったはずなのに、どうしてこうも貫禄が違うのか。世の中不条理だなと苦笑いを浮かべそうになるのを我慢して、ジークと私は礼を執る。
「王太子殿下、妃殿下、お久しぶりでございます。お話というのは?」
私が言葉を紡ぐと、妃殿下が半歩前へと出て王太子殿下に目配せをすれば、彼が小さく頷いてジークの方へと視線を向ける。
「ロウ男爵。少し私と話さないか?」
「それは構いませんが」
急に王太子殿下に話を振られたジークは少し困り顔になりながら私へと視線を向ける。どうやら私の下をあまり離れたくはないようで、王太子殿下に対して微妙な反応になっていた。
「なに、貴殿の大事な方を無下にしようと考えてはいないよ」
王太子殿下はジークの気持ちを察しているのか、片眉を上げながらフォローを入れる。
「申し訳ありません、ロウ男爵。少しだけこの場を離れて頂けると」
妃殿下もジークに少し離れて欲しいとお願いされれば、それ以上ジークが口にできるはずもなく。私はリンがいるし、クロたちもいるから大丈夫と伝えるとジークは分かったと告げ、殿下と共に壁際から少し距離を取った。
笑顔を携えたままの王太子妃殿下は王太子殿下とジークと護衛の方たちが場を離れたことを確認して、私と視線を合わせる。私たちの下にはリンと女性の近衛騎士の方が残っていた。
「アストライアー侯爵閣下、突然に申し訳ございません。殿方がいらっしゃる場では相談し辛いことでしたので」
「いえ、そういうことでしたら問題ありません」
そうして妃殿下が口にしたのは、女性会議に加わりたいという旨を伝えられるのだった。
◇
さて、彼とはなにを話したものか。
私の愛するツェツィーリアの願いを叶えるためにアストライアー侯爵の下を訪れて、ロウ男爵を連れてきたが、彼とはどんな話をすれば良いのだろうか。彼は生粋の貴族ではなく、所謂成り上がり組だ。
アストライアー侯爵がいなければ、男爵位の地位に昇りつめていなかったかもしれないが、竜を屠る力を持つ者と王宮でずっと過ごしている私とではなにもかもが違うだろう。赤毛の短い髪を持つ彼と視線を合わせれば、決して外すことはない。先ずは侯爵と彼を引き離した非礼を詫びようと口を開く。
「突然、申し訳ないね」
「いえ」
ずっと護衛を務めていたからか、やはり言葉数は少ない。凡庸な貴族であれば私と二人きりとなれば、好機とばかりに饒舌になるのが常というのに。アストライアー侯爵から彼を引き剥がしたのは不味かっただろうかと私が片眉を上げていると、彼は申し訳なさそうな表情になっている。さて、これは先達としてなにか言葉を紡がねばと私は小さく笑みを携えた。
「アストライアー侯爵は女性のためにと動いているだろう? ツェツィーリアが感銘を受けてね。仲間に加わりたいと侯爵に頭を下げてくると言っていたんだ」
「なるほど。理解致しました」
私の説明にロウ男爵が数秒目を閉じた。ただ私と彼は初対面と言っても過言ではない関係だからか話が続く気配がない。父王から得た情報だと、彼は寡黙な男であるそうだ。
口が軽すぎる者は信用ならないが、彼のように言葉に表すことが苦手な者を相手にするには少し難儀すると肩を竦める。とはいえ彼も私となにを話せば良いのかと考えているのだろう。
少し落ち着かなそうな雰囲気を感じ取ってしまう。彼は西の女神さまと南の女神さまと屋敷で過ごしているのに私といる方が緊張するようだ。アストライアー侯爵家に関わる者は多少のことでは動じないと考えていたが、落ち着かない面を見せることもあるようだ。
「不快であれば答えなくて良いのだが、侯爵とはどれくらいの付き合いが?」
「十年は経ったかと」
ロウ男爵が答えてくれる。彼はいつから侯爵に対して気を抱いていたのだろう。随分と長く持ち合わせていたのではないかと訝しむが、なににせよ思いを遂げたのであれば良いことだろう。
王族や貴族社会では家の命令により、相手を決められてしまう。それが当たり前の中で、侯爵とロウ男爵が思いを通わせたことは本当にめでたいことだろう。これから先、二人のような関係が増えるかもしれないと私は目を細めた。
「そうか。私もツェツィーリアとは幼少期から逢瀬を重ね婚姻に至った。国を跨いでいたから常に一緒というわけではかなったが……男は惚れた弱みには勝てないね」
私の婚姻は国同士の決め事だったが、ツェツィーリアと面通しをした際に可愛らしい子だと幼いながらに感じていた。それが恋だとその時の私は全く理解していなかったが、歳を重ねるにつれ自覚することになる。
ロウ男爵は本当に良く、十年も耐えたと感心せざるを得ない。好いた女性を目の前にしながら手を出さなかったのは、彼が騎士という職に就いていたかだろうか。
「そうですね」
ロウ男爵は私と話をしている間も、アストライアー侯爵から視界を外していない。彼の立ち位置からは確実に侯爵を捉えることができている。引き離してしまって申し訳ないと再度心の中で謝っていれば、ロウ男爵の喉の出っ張りが下へと下がった。
「失礼ですが、殿下は妃殿下にどのような品を贈るのでしょうか?」
少し聞き辛そうにロウ男爵は私に問うてきた。どうやら侯爵に彼はなにか品物を贈りたいようであるが、女性がどんなものを喜ぶのか知りたいようである。しかし私も侯爵が喜びそうなものは分からない。
とはいえ彼は、普遍的な贈り物でどんな品が良いのかと問うているのであれば例に挙げていくのもアリだろう。
「そうだね。花束を贈れば彼女は美しいと喜んでくれるよ。きちんと手を入れれば、随分と長く咲いてくれるから」
私の言葉にロウ男爵が一つ頷くものの、反応はイマイチである。ならば花束以外の物はどうだろうかと私はツェツィーリアに贈ったことがある品を次々と挙げていくのだった。
◇
王太子殿下とジークフリードはなにを話しているのだろう。
迎賓室にあるステージに上がっているためか会場内を見渡し易い。参加者との挨拶を終えて少し余裕が出てきた。
壁の隅っこにいたナイさまは王太子殿下と妃殿下に声を掛けられて挨拶を交わしていた。なにかあったのかと気になって俺はチラチラと見ていれば、そのうち王太子殿下がジークフリードを連れて妃殿下とナイさまから少し距離を取ったのだ。
ナイさまと妃殿下は談笑をしているようだが、ジークフリードと王太子殿下がなに語らっているのか想像が付かない。ジークフリードは元々喋るタイプではないから、王太子殿下の機嫌を損ねてしまわないか少し不安である。俺の不安が的中しているのか、王太子殿下が少し困った顔を浮かべているような。ジークフリードもなにを話して良いのか分からず、難しい顔になっているような。
むーと俺が目を顰めれば、隣にいるフィーネがちょんちょんと服の袖を引っ張った。俺が彼女に視線を合わせると、気付いてくれたと言わんばかりにフィーネがはにかむ。
「お二人はなにをお話されているのでしょうか。エーリヒさま」
「フィーネも気になるよね」
こてんと首を傾げるフィーネは可愛い。ナイさまであれば今までの経験から王太子妃殿下と問題なく会話を弾ませることができるのだが、ジークフリードが王太子殿下ときちんと話せるのか。ジークフリードが俺の心配を知れば呆れてしまうのかもしれないが、気になるものは気になってしまうのだ。大丈夫かなと俺はジークフリードと王太子殿下へ視線を戻した。
「あれ?」
側で聞こえるフィーネの声に意識が彼女の方へと向く。妙な表情をしている彼女に俺はどうしたのかと首を傾げた。
「ナイさまと妃殿下がなにを語られているのかなと私は気になっていたのですが……」
「俺はジークフリードと王太子殿下がどんな話をしているのかと」
フィーネと俺はお互いに違う人を気にしていたようである。こういうこともあるのだなと小さく笑い、二人してまた視線を元へと戻した。
「なにかあったとは聞いていないから、穏やかに話が終われば良いけれど」
「ジークフリードさんが身内以外の方と話している姿はあまり見ないですからね。でもナイさまも妃殿下とどんな話をしているのかな……」
ふうと俺が息を吐くと、フィーネが言葉を発して『ナイさま、本当になにを話しているんだろう』と首を傾げている。どうやら妃殿下がナイさまに近づいたことが凄く気になるようだ。
とはいで王太子殿下夫妻もナイさまと縁を繋いでいきたいだろうし、こうした場で会話を交わすのは不自然なことではない。もしかしてフィーネは仲の良い友人を盗られてしまうような感覚に陥っているのだろうか。
男同士なら、そういう感覚はあまりなく、一緒に仲良くなれば良いことだとなるけれど、女性同士となるといろいろあると聞いている。女性の心は難しいと肩を竦めると、王太子妃殿下が王太子殿下へ視線を向けている。どうやら話が終わったのか、ナイさまとジークフリードの下を王太子殿下夫妻は離れていくようである。その様子を見届けたフィーネが俺に視線を向け、ぐっと拳を胸元で握り込んだ。
「よし、エーリヒさま。ナイさまたちの下へ突撃しちゃいましょう!!」
俺の手を掴んだフィーネが勢い良く歩き始め、フライハイト子爵がどこへ行くのですかと不安そうにこちらを見ているのだった。




