1718:フライハイト子爵さま。
アルバトロス城の迎賓室で陞爵を祝う夜会が始まった。
入場が始まり、最後の方で凄く豪華な迎賓室へ入ったジークと私は早速挨拶に向かおうと先にベナンター伯爵さまの方へと足を向ける。一段上がったステージの上に目的の方たちがおり、私たちが歩き始めると人垣が割れて道を譲ってくれる。
夜会に参加している方々から刺さる視線は興味に畏怖に妬みであろうか。陞爵式の時と同じく、女神さま方は側仕えとして、ヴァナルと雪さんと夜さんと華さんは私の影の中に。毛玉ちゃんたち三頭は少しおめかしをして、ジークと私の後ろを軽快に歩いていた。クロとアズは私の肩の上に乗り、ネルはリンの肩の上にいる。
シャンデリアが落ちてきて殺人事件に発展しないかなとか、ピアノ線が張ってあって誰かの首が飛んでしまわないだろうかとか……妙なことを考えていればエーリヒさまとフィーネさまの下へと辿り着く。
お二人は伯爵と伯爵夫人になり、纏う衣装の質を上げている。燕尾服とドレス姿は鉄板だけれど、細かい刺繍が施されており、やはり見た目が美しいし華があるというか。私の服飾センスは皆無に近いから、あまり言えないけれど。ジークと私は礼を執れば、エーリヒさまとフィーネさまも頭を下げる。顔を上げ一拍置いてから言葉を紡いだ。
「ベナンター伯爵、夫人。ご陞爵、おめでとうございます」
私の声に続いてジークもおめでとうございますと告げれば、エーリヒさまが少し緊張し、フィーネさまが照れ臭そうに笑った。
「ありがとうございます、閣下」
「ナイさまのお陰ですね!」
私のお陰というよりは、エーリヒさまが努力したからこその今の地位を得られたのだから誇れば良いのではなかろうか。たしかに私がエーリヒさまに無理を言っていたため、いろいろと苦労を掛けてしまっている。
でも、いつの間にかエーリヒさまは陛下と宰相閣下と飲み友達になっている――ボルドー男爵さまから聞いた――し、他の国ともちょいちょい繋がりを築いているようだ。私が先に縁を持ったからとエーリヒさまは謙遜するけれど、頼りにならなければ縁を維持することはできないはず。やはり彼自身の力で伯爵位を得たのだと一人で感心する。
「貴族家の勢力図、変わりますかねえ?」
今回のことでアルバトロス王国内における貴族家の勢力図はどうなるのだろうか。高位貴族と呼ばれる伯爵位以上の家とはほぼ既知の方たちだから、大きな変動はないはず。ただ今後、勢いづく貴族家があるかもしれないのだから、敵対しないように気を付けておかないと。お金持ちは喧嘩をしない、なんて諺があるのだから、無駄に力を振るう必要はないだろう。
「どうでしょうか。ベナンター伯爵家はアルバトロス王家とアストライアー侯爵家との繋がりが強い家とは言われておりますが」
「特に他の貴族家とは繋がりはないですからね」
フィーネさまとエーリヒさまが苦笑いを浮かべた。新興の貴族家が急に勢いづいて、本来やらなければいけないことをすっ飛ばしている。だから王都からアストライアー侯爵領まで馬車で移動して、挨拶回りをしたりしているのだ。
私たちは穏便に過ごせると良いですねえと声を上げて一旦彼らとは別れた。次はフライハイト子爵さまの下へ行こうと足を向けると、凄く緊張したままの彼が直立不動でステージに立っていた。横に控えるフライハイト夫人も緊張しているようだが旦那さまほどではない。お二人の後ろに控えているアリアさまは『お父さん、確りして!!』と言いたげな顔になっていた。
「相変わらず、凄く緊張してるね」
緊張しているけれど家族仲は良いようで、継嗣であるアリアさまのお兄さまも同席していた。おそらく、皆さまに認知して貰うためだろう。アリアさまはフォロー役と言ったところか。私がジークを見上げると片眉を上げていた。
「そろそろ慣れて欲しいところだがな」
『大丈夫かなあ?』
ほんの僅かに肩を竦めるジークと肩の上で首をぐるっと傾げるクロに『ね』と私は短く答える。私の登場でフライハイト子爵さまが震え上がらりませんようにと願っていれば、彼らの下へと辿り着いていた。
「フライハイト子爵、夫人、この度はおめでとうございます。子爵領が益々発展していくことを願っております」
私が言葉を述べると、ジークも祝いの言葉を紡ぐ。そして私たちの声を聞いていたフライハイト子爵さまは目を回しつつ口を大きく上げた。
「あ、あ、アストライアー侯爵閣下におかれましては、娘を嫁に貰って頂き、誠に感謝申し上げます!!」
割と大きな声で、周りの方の注目を浴びている。素っ頓狂なフライハイト子爵さまの発言に田舎者めと冷ややかな目を向けている方もいれば、おのぼりさん故に仕方ないと笑っている方、過度の上がり症のようだと考えている方、いろいろのようだ。フライハイト夫人はどうしたものかと困り顔になっていた。夜会の場に慣れておらず、フォローの入れ方が分からないようである。するとアリアさまが二歩、三歩と前に進んで、深い礼を私に向けた。
「アストライアー侯爵閣下、我が父が失礼な態度を執り申し訳ございません」
「いえ。多くの方がおられます。緊張は致し方ないのかと」
顔を上げたアリアさまは『ナイさまお父さんが失礼なことを言って申し訳ありません』と言いたげである。けれど彼女は筆頭聖女だから、公的な場で私的な発言はしてはならないと心得ているようだ。アリアさまの機転で、フライハイト子爵さまが他の方に揶揄されることはないだろう。対外的には謝罪をして、アストライアー侯爵である私が受け入れているのだから。
「申し訳ございません、閣下。その、やはりこういう場は慣れず……」
しょぼんと肩を落とすフライハイト子爵さまも謝罪の言葉を紡いでくれる。私は彼の緊張してしまうことを知っているので不快ではない。ただいい加減に慣れないと、社交界でネタにされてしまう。多少不格好でも堂々としている方がマシだろう。怯えていると、面白がっている貴族の方たちの格好の的となってしまうのだから。
「大丈夫です。私も最初は慣れず苦労しましたが、場数を踏めば自ずと馴染んでいくかと」
私は小さく笑いながら助言を送る。まあ慣れ切る前に陞爵して今の地位を得ているから、他の方より社交界での苦労はしていないはずだ。ただ変な方に絡まれる確率が高いので十分に気を付けておかないと。
王都から領地へ帰る時さえ、なにかに巻き込まれるのだから困ったものである。ただ爵位が高いことと、今まで得た人脈で……――人脈で良いのか分からないけれど、解決できているのは有難いことだ。
「魔術師団の方も質の良い魔石が得られるようになったと喜ばれております。それに魔道具店にも卸すようになったとか」
「は、はい。いろいろと目を掛けてくださり、陛下や皆さまが信頼足る店や人物を紹介してくれておりますので」
質の良い魔石は高く売れる。王家の手が入っているため、フライハイト子爵領にある坑道へ入るには騎士団と軍の方たちの守りを抜けなければならない。ゆくゆくはフライハイト子爵家で管理できるようにと陛下から通達されているそうである。
いつか魔石を採り尽くし閉鉱するかもしれないが、その時まではフライハイト子爵領が困ることはないだろう。ただ鉱山が閉じ、活気にあふれていた場所が過疎化し、人がいなくなることもあると知っている。
今は夢を持っていられるけれど、魔石の産出量が減って頭を抱える未来のフライハイト子爵さまが一瞬過る。何年先になるか分からないけれど、魔石由来の特産物以外をフライハイト子爵領で担うことができれば多少はマシだろうか。数は少ないけれど、天馬さまが居着いている場所だ。エルとジョセもフライハイト子爵領にいる彼らを気に掛けている。ちょっと依怙贔屓になってしまいそうだが、フライハイト子爵にサラッと伝えておこう。
「魔石が採れなくなることもありましょう。それまでに別の特産物を得ている方が良いでしょうね」
私の言葉にフライハイト子爵さまがそんなこともあるのかと驚いているようである。地中深く掘れる技術があれば新たな鉱脈を見つけ、閉山寸前に陥っていた鉱山が操業を続けることができたなんて話もあるけれど。
夫人とアリアさまも私の話が冗談ではないと伝わったようで、フライハイト子爵さまに大問題だと伝えている。エルとジョセで思い出したのだが、薬草の群生地はどうなったのだろう。其処がなければ私はエルとジョセと仲良くなれなかった。
「フライハイト領で見つかった薬草の群生地はどうなっているのでしょうか?」
「魔石の方へ力を入れていたため、開発はあまり進んでおらず……ただ、薬草として売れるため、領地の者が管理をし細々と収益を得ておりますね」
フライハイト子爵さまは魔石が安定して採れるようになることを選んだようである。ただ、薬草もお金になるので放置はしていなかったようだ。
「そうでしたか。差し出がましいようですが、薬草の群生地が広がり、フライハイト子爵領の安定した副収入になれば良いですね」
本当に余計な言葉というか、他の領地の運営方針に口を出すのはご法度だけれど……先のことを考えるれば魔石以外にもなにかある方が良い。私が口にすることで、フライハイト子爵さまがある程度薬草開発に少しでも手を出してくれれば良いけれど。
確か鉱脈を見つけた際には薬草の方にも力を入れると言っていたはず。忙しくておざなりになっていたなら、今から薬草開発の方にも力を入れて貰うだけ。あとは、こっそりアリアさまに魔石が採掘できなくなった時を考慮しての発言だったと伝えれば問題ないはず。
「閣下、ご助言、感謝致します」
フライハイト子爵さまが小さく頭を下げると、夫人と継嗣さまも礼を執ってくれる。アリアさまは大丈夫かなあと心配そうにしていた。
婚姻すればクレイグの家の名を名乗るようになるアリアさまだが、まだまだご実家の心配は尽きないようで。私も目の前で小さく肩を落としているフライハイト子爵さまを放っておけないなあと目を細めるのだった。




