1717:陞爵式の前に。
アルバトロス城、謁見室。
陛下の前でエーリヒさまとフライハイト男爵さまが礼を執っていた。今はお二方の陞爵式が執り行われている最中で、エーリヒさまは気を引き締め、フライハイト男爵さまは居心地が悪そうに陛下の話に耳を傾けていた。
お二方の昇進理由はエーリヒさまが聖王国の大聖女さまを迎え入れたこと、フライハイト男爵さまは自領が発展していることである。謁見室に集まっているほとんどの方はにこやかな笑みを湛えていた。本当にお二人を祝福してくれている方と腹の中で一物持っている人がいるのだろうなあと私は目を顰める。陞爵式が終わり夜になれば、陛下主催の夜会が開かれるため私もアストライアー侯爵として参加予定である。
私の左隣ではフィーネさまが目をキラキラさせながら、旦那さまの晴れ舞台を目に焼き付けていた。婚姻を経ているというのに、フィーネさまからエーリヒさまに向ける情は冷めていないようである。
ロゼさんとヴァナルと雪さんと夜さんと華さんは私の影の中にいるけれど、目立ちたがり屋の毛玉ちゃんたち三頭は私の右隣りでドヤ顔を披露していた。アリアさまもフィーネさまの左隣でフライハイト男爵さまの晴れの舞台を見ているのだが、フィーネさまとは逆でフライハイト男爵さまがとちらないかと心配している。更にその横ではロザリンデさまが苦笑いを浮かべながらアリアさまを見ていた。後ろにはヴァルトルーデさまとジルケさまが私の側仕えとして控え、ジークとリンは護衛として務めてくれているのだが、夜会ではジークは私のエスコートを担ってくれることになっていた。陞爵式が終わり、謁見室から陛下方が退場していく。これでエーリヒさまはベナンター伯爵さまに、フライハイト男爵さまは子爵さまとなった。
陞爵した方が増えてなによりと私は安堵の息を吐く。すると大丈夫かとリンが私の顔を覗き込んできた。体調が悪いわけではなく、単に息を吐いただけと伝えればリンとジークは納得してくれる。
しかし、この後の夜会ではリンは私の護衛に付き、貴族として動くことはない。まあ本人は貴族社会が苦手だから良いのかもしれないが、リンと一緒に貴族的なお付き合いをしてみるのも楽しそうだと個人的に考えてしまう。側にいた方たちと一緒に謁見場を出ながら、私は後ろへ振り返る。
「このあと、リンは護衛に回るから寂しいね」
「私はナイの側にいられるから気にしてない」
こてんと首を傾げたリンはさも当然という表情で答えてくれた。リンとサフィールが一緒に過ごす時間は増えているけれど、本当に二人は夫婦としてやっていけるのか少々心配である。でもジークと私も上手くいっているはずだから、リンとサフィールも上手いことやっていけるはずだ。案ずるより産むがやすしという言葉があるのだから、リンとサフィールを信じよう。
「そっか」
私が声を上げれば、アリアさまが『クレイグさんと婚姻すれば一緒に……』と呟いている。いや、婚約を果たしたのだから夜会や舞踏会に参加するならば、クレイグをエスコート役として一緒に向かっても良いのではないだろうか。アリアさまに私が指摘してみると、彼女は直ぐに顔を赤に染める。
「そんな、恐れ多いです!」
ぶるぶると顔を思いっきり振るアリアさまを見た毛玉ちゃんたち三頭が『きゃお、とびそう』『ひろう!』『つける!!』と声に出してきゃきゃしている。私は毛玉ちゃんたち三頭が楽しそうにしている姿に目を細めて、アリアさまの方を見た。
「クレイグならアリアさまのために飛んでいきますよ」
クレイグなら飛竜便に乗ってアリアさまの下へ駆けつけるはず。アリアさまから要請があったなら、飛竜便でなくとも、屋敷で過ごしている天馬さまかグリフォンさんたちに王都まで頼めば、時間はそう掛からないはずだ。
「アリアさんは可愛いですよねえー」
横でやり取りを見ていたフィーネさまがニヤニヤと笑いながらアリアさまに突っ込んだ。するとアリアさまは更に顔を赤くする。こんなことならクレイグを連れてくるべきでしたと私が口にすれば、アリアさまは我慢の限界にきたのだろう。
「お二人とも、揶揄い過ぎですよ! もう!!」
アリアさまが勘弁してくださいと声を上げた。そろそろこの話題は切り上げた方が良さそうだと、私は皆さまの側でポンと手を叩く。
「女性陣の皆さんにですが、夜会までの間の時間を少し頂けませんか?」
そうそう。女性が多く集まる機会は貴重であると私はフィーネさまとアリアさまとロザリンデさまへと顔を向ける。もちろんアストライアー侯爵領領主邸でも立てた企画を進めているけれど、面子が固まると同じようなことしか浮かばないことがある。
それを打破するには面子を変えて同じことを考え直してみようとなるのは必然なのだろう。私の言葉にフィーネさまとアリアさまとロザリンデさまは直ぐにアレですねと気付いてくれ、時間を取ってくれることになった。
「では、来賓室を借りてきますね」
私はちょっくら行ってきますと告げて、一旦場にいる方とは別れる。もちろん広い王城の中で彼女たちを再度捕まえるのは大変だから、庭の東屋で待っていてくださいと告げて。
王城の来賓室は申請を出せば学院と同様に借りることができた。廊下をしばらく歩き、来賓室を借りるために近衛騎士の方たちが常駐している部屋を訪ねる。私が来賓室を借りたい旨を伝えれば、確認して参りますと告げて部屋の中へと案内された。どうやらここで待っていて欲しいということなので、遠慮なく椅子に腰を下ろした。
「初めてきた部屋」
「だな」
ヴァルトルーデさまとジルケさまは近衛騎士の方たちが常駐する部屋をきょろきょろと見渡している。二柱さまを女神さまだと知っている近衛騎士の方はぎょっとしているものの、なんとかバレないようにと務めていた。
知らない方たちは『雰囲気のある女性だ』と感じ取っているようで、チラチラとこちらを見ている。階級の高い近衛騎士の方は女神さまと分かっているようだ。逆に階級の低い方は女神さまと気付いていない方が多いように見える。それでも上官の態度から察する方もいるだろう。女神さまの正体が全員にバレるのはいつになるのかと私が肩を竦めれば、部屋を借りることができたととある近衛騎士の方が教えてくれる。
「では、参りましょう」
私は席から立ち上がり、庭にいるはずのベナンター伯爵夫人と筆頭聖女さまと筆頭聖女補佐さまを呼んできて欲しいことも頼んだ。近衛騎士の方たちを顎で使っていることは申し訳ないけれど、王城の中でアストライアー侯爵家の人を使うわけにはいかない。
お貴族さまに扱き使われる近衛騎士という構図はなんともはやと首を竦めた私は、先導役の近衛騎士の方と一緒に廊下を出て来賓室を目指す。来賓室の中へと案内された私とヴァルトルーデさまとジルケさまとジークとリンと毛玉ちゃんたち三頭はきょろきょろと部屋を見渡した。
「広いような」
アレについて話し合いをしたいだけだから、ここまで広い部屋でなくても良かったのだが。先程、空いているならどこでも良いですと部屋を指定していなかったことが悔やまれる。先導役の近衛騎士さまはキリっと良い顔になって私に満面の笑みを向けた。
「アストライアー侯爵閣下からのお申し出です。一番良い部屋をご用意させて頂きました」
侯爵位持ちだからそれなりの部屋にということだろう。有難いような、少し居心地が悪いようなと私は苦笑いを浮かべながら、人数分のお茶を淹れて欲しいと伝えれば、今度は侍女の方が現れる。
王城に勤める侍女の方は貴族家出身の方が多い。高位貴族を相手に務める方は爵位が高い家のご令嬢であらせられるとか。ティーセットを乗せた台車を運んできた侍女の方は緊張した面持ちで用意してくれていた。大丈夫かと心配しているうちに、どうにか淹れてくれたお茶を私に出してくれる。
「ど、どうぞ」
「ありがとうございます」
「ひゃ、ひゃい!!」
そう、驚かなくても取って喰いはしないのにと片眉を上げていれば、近衛騎士の方と共にフィーネさまとアリアさまとロザリンデさまがやってきた。侍女の方は彼女たちの分のお茶を用意してくれると、一旦下がりますと告げて部屋を出て行く。ジークと男性陣も部屋を出ていけば、部屋の中は紅一色となる。そうして私は皆さまの顔を見渡して口を開いた。
「では、女性会議を始めま……王妃殿下もお呼びした方が良かったのでしょうか?」
ふと始めようとすると私の頭に王妃殿下の姿が浮かぶ。一応、王妃殿下にも例の試作品を渡しているから、面子の中にいてもおかしくない。私がどうしようと迷っていれば、フィーネさまとアリアさまとロザリンデさまが苦笑いを浮かべた。
「いきなり呼びつけるのはご迷惑では?」
「そうですね。王妃殿下であらせますから、お忙しいかと」
「事前にお知らせしておいた方が無難でありましょうね」
やはり突然お呼びするのは失礼だろう。王妃殿下だから公務があるはずである。これから夜会の準備もあるだろうし、安易に声を掛けてはいけないか。
「んー……ならアストライアー侯爵邸ではなく、アルバトロス城の来賓室を借りた方が良いでしょうかねえ」
王都で会議を開催する時はアルバトロス城の来賓室を借り受けた方が良さそうだ。そうすれば他国の女性陣も参加し易くなるかもしれないのだから。生理用品について方々に問い合わせをしたお陰か、四大陸中のお偉いさん方の女性陣が食いついている。
試作品を試したいという声もたくさん掛かっていて、被験者が足りないという事態には陥っていない。試作品のレポートも随分と詳しく記されているので、こちらとしても助かっていた。
押しの強い方からは、具体的な例を示しつつ、こういうものは作れないかとも記されている。あと貴族の方だけではなく一般にも普及させたい旨を伝えており、そちらの方面にも協力してくださる方は多い。当事者意識が強いようで、苦労が緩和されるならばと一般層に向けての開発もぼちぼち進めている。とはいえお貴族さま向けのように充実はしていないけれど。
「関係各所から寄せられた声には密着性が甘く、漏れてしまうという報告がありますね。とはいえ随分と快適さは上がったと凄くフォローを入れてくださっていますが」
やはりショーツをナプキンがズレて漏れてしまうようだ。私もヤバいなーと感じて直ぐに厠へ向かうこともあったのだ。他の方から同じ声が出るのは当然で。ただ以前使っていたものより、快適さは良くなっているとのこと。
ナプキンに両面テープを貼るようにしてみようと告げれば、フィーネさまがうんうんと頷く。アリアさまとロザリンデさまは不思議そうな顔を浮かべているので、フィーネさまと私で説明すると理解してくれた。
「ヤーバン王からはもっと動けるようになりたいというご要望があります」
「本当に元気なお方ですよね」
集まったみんなで小さく笑いつつ、女性会議が暫くの間続くのだった。




