1716:女神さまのご所望は。
アストライアー侯爵領領主邸、食堂。
クレイグがフライハイト男爵さまに挨拶に向かって戻ってくるとアリアさまも一緒だった。流石にフライハイト領へ戻るには飛竜便での移動でも暗くて危ないと、アリアさまは侯爵邸で一泊することになる。
晩御飯の時間まで、アリアさまはクレイグと二人で過ごしていた。護衛の方の報告によれば、楽しそうに話をしていたそうだ。クレイグの言葉使いは柔らかいと言い難いから、貴族の女性にはキツく感じてしまわないか私は心配していたけれど無用なものだったようである。
上手く二人の関係が構築できているなら、私からなにか言うつもりはない。しかしクレイグとアリアさまの婚姻とサフィールとリンの婚姻はいつになるのだろう。
幼馴染組とはずっと一緒に過ごしてきたし、アリアさまとも五年以上の付き合いがある。エーリヒさまとフィーネさまとソフィーアさまとギド殿下とセレスティアさまとマルクスさまの婚姻式は良かったから、彼らの婚姻式も良いものになれば良いけれど。
晩御飯の用意ができたと呼び出しを受ければ、食堂にはいつもの面子とアリアさまが顔を揃えていた。私は遅くなって申し訳ないと告げ席に腰を下ろす。
今日の晩御飯はなにが出るのか楽しみだけれど、アリアさまがなにを話してくれるかも楽しみだ。身内しかいない場だし、なにかクレイグのことを聞けると良いけれどと願いながら、いただきますと手を合わせる。アリアさまも私たちに倣ってくれるのは、南の島での影響だろうか。少し不思議な感じを受けつつ、前菜が運ばれてくる前に私は口を開いた。
「アリアさまと領邸で一緒に食事を摂ることになろうとは」
私は上座に腰を下ろしているのだが、正面にジーク。左横にリン。リンの正面にサフィールが。サフィールの右横にクレイグ。クレイグの正面、要するにリンの左横にアリアさまという席順になっていた。ヴァルトルーデさまとジルケさまはアリアさまとクレイグの横に腰を掛けていた。顔を横に向けてアリアさまを見れば、彼女は小さく笑っている。
「なんだか新鮮ですね。南の島では他の方がいらっしゃいましたので、あまり気にしていなかったのですが、皆さんとご一緒できて凄く嬉しいです!」
アリアさまの声にクレイグが何故か落ち着きのない様子を見せていた。私がアリアさまに無茶を言い出さないかと、クレイグは心配しているのだろうか。アリアさまであればどんな無茶振りでも受けてくれそうな気もするが、やはりクレイグは男の子だから好きな子は護ってあげないとという意識があるのかもしれない。ふふふと笑うアリアさまにヴァルトルーデさまとジルケさまも視線を向けて口を開く。
「たしかに新鮮」
「今日だけってことにはならねーだろうし、これからよろしくな、アリア」
ヴァルトルーデさまとジルケさまもアリアさまであれば問題なく受け入れてくれているようだ。もしアリアさまの場所に変な人が座っていれば、二柱さまは声を上げなかったはず。
女神さま方は割と好き嫌いがはっきりしているというか、女神さま特有の力なのか、善悪の判断というものが確りしている気がする。サフィールも南の島でアリアさまとは顔合わせを済ませているし、クレイグから話を聞いていただろうから問題ない様子である。
リンは少し悩まし気な顔をしているけれど、その内慣れてくれるはず。アリアさまは口数の少ないリンにも声を掛けてくれるし、女神さま方にも話を振ってくれる豪の者だ。きっと今日の晩御飯は話し声が途切れることはないだろうと私が目を細めれば、給仕の方たちが前菜を運んでくるのだった。
――数日後。
アリアさまはフライハイト領へと戻り、そのあと王都へと帰ったようである。そして教会からアリアさまとクレイグの婚約が発表された。王都ではアリアさまの婚約に嘆く若い男性が多かったとか。
治癒院でのアリアさまは分け隔てなく接してくれ、男性であろうと女性であろうとも気にするようなことはしていなかった。筆頭聖女となってからも精力的に治癒院に参加されて、アリアさまはロザリンデさまと共に王都で平民の皆さまから聖女さまの鑑だと讃えられていたようである。
そんな方の婚約発表となったため若い男性は嘆き、女性陣は祝福を贈っているそうである。クレイグは教会からの婚約発表の日にアストライアー侯爵領領主邸を留守にしていた。やりたいことがあると飛竜便でネーベルハイム領へと向かったのだ。
執務を終え昼食を摂り、ユーリと遊んでいるとお茶の時間になっていた。私は侍女の方にお茶を用意してくださいとお願いして、ジークとリンとクロとヴァナルと雪さんと夜さんと華さんと毛玉ちゃんたち三頭と、珍しくヴァルトルーデさまとジルケさまが一緒である。クレイグが急いだ雰囲気で、どうしてネーベルハイム領へ向かったのかと話題に挙げていた私は首を傾げた。
「恥ずかしかったのかな?」
『どうだろうねえ?』
私が首を傾げるとクロも首を傾げる。クロは籠の中でアズとネルと一緒にいるのだが、流石に三頭一緒だとすし詰め状態である。二頭であれば丁度良いサイズの篭は三頭入ると、少し容量が足りない。
これでクレイグを気に入っている緑の竜の仔とサフィールと一緒にいる紫色の仔が入れば籠がはち切れてしまいそうだ。でもきっと尊い光景になるのだろうと笑いを我慢していると、ジークとリンが口を開く。
「ナイに揶揄われることと、本当に仕事があっただけだろう」
「クレイグだから、特に気にしていなさそう」
ジークとリンは小さく肩を竦める。アリアさまの婚姻相手がクレイグと知った方たちは『誰だ?』と最初に感じていたとか。クレイグは男爵家の貴族籍に入っているものの、養子縁組だから無名に等しい。
ただアストライアー侯爵家の麾下となる家の当主だと知れば、王都の皆さまは『なるほどな』と納得されたようである。どうにもアストライアー侯爵家の名が肥大化し過ぎていやしないかと私は訝しむものの、女神さまがお過ごしになられているだの、竜や天馬にグリフォンが飛来する屋敷だと噂が立っているので諦めるしかないのだろうか。
私が呼び寄せているわけでもないから、少し不本意ではあるものの高位貴族としてならば有難いことだ。アリアさまとクレイグの婚約もアストライアー侯爵家の名があったからこそ結ばれたものである。私の所為でかと悩むのは止め、クレイグとアリアさまの婚約を祝福しないと。しかし。
「クレイグとアリアさまはいつ婚姻式を挙げるのかな。あとリンとサフィールも気にしております」
私があれこれと口に出せば、クレイグもアリアさまも私が口に出したことに合わせてしまうと聞いていなかった。もちろんリンとサフィールにもあまり聞いていなかったけれど、そろそろ発破を掛けてみても良いのではないだろうか。
クレイグとアリアさまは婚約発表したばかりだから良いとして、リンとサフィールの挙式はいつになるだろう。リンの花嫁姿もサフィールの花婿姿も楽しみにしているのだから、聞いたところでバチは当たらないはず。私がリンと視線を合わせると、彼女は口元を緩めた。
「そのうち」
「適当だなあ」
そのうち、ということは『お金が勿体ないから式は挙げない』という考えはないようである。サフィールもリンも貴族ではあるものの領地は持っていないので、アストライアー侯爵領にある教会で挙式を執り行うはずだろう。
アリアさまとクレイグは王都の教会とフライハイト領とネーベルハイム領は確実だろう。アストライアー侯爵領領都はどうするつもりだろう。もし挙げたいなら全力で応援する所存である。クロが籠の中でアズとネルに揉みくちゃにされながら首をぐっと伸ばす。
『ナイも適当だけれどねえ』
「ちょっと、クロ! アズ、ネル、やっておしまい! クロなら平気だから!!」
クロの突っ込みに私はなんですととアズとネルにクロと竜プロを始めてとお願いする。アズとネルは私の声にきょとんとして、なにを言っているんだろうと首を傾げていた。
『アズとネルはボクの味方みたいだねえ』
「篭の中、占領されているけれどね」
むうと文句を垂れつつ私が唸っていれば、ヴァルトルーデさまとジルケさまとジークとリンがやれやれと言いたそうな顔になっていた。なんだか腑に落ちないと私が首を捻っていると、侍女の方がお茶とお菓子を運んでくれた。クロたちにもおやつがあるようで、果物を丸ごと用意してくれている。私はそれならとヴァナルたちも手作りジャーキーを用意した。
一先ず、お茶を飲みお菓子を頬張って心を落ち着けよう。短気は損気ともいうし、怒っていたって仕方ない。お茶淹れ専門の侍女の方が人数分の紅茶を用意してくれれば、ジルケさまが期待に満ちた表情で口を開く。
「今日の菓子はなんだ?」
ジルケさまの声に侍女の方は少し驚くものの、平静を装って背を正す。
「桃のタルトでございます」
どうやら今日のお菓子は調理部の誰かの手作りタルトであるようだ。桃をふんだんに使ったタルトだからきっと美味しいはずと私が口の中に涎を満たしていれば、ジルケさまが少し残念そうな表情へと変わる。ジルケさまをジーっと見ていたヴァルトルーデさまはこてんと首を傾げた。
「妹はヨウカンが良かったみたい」
西の女神さまのお声に侍女の方はピシリと背を伸ばして、ギギギとジルケさまの方へと顔を動かした。
「す、直ぐにご用意を!!」
がばりと礼を執った侍女の方が顔を上げると、ジルケさまがはっとする。
「あ、いや。また次の機会で良い! 顔に出ちまったな、悪かったよ」
申し訳なさそうな表情でジルケさまは侍女の方を引き留める。侍女の方はどうしたら良いのか分からず私に助けを求めていた。
「今日は大丈夫ですから、明日のお茶の時間は緑茶と羊羹にして頂いて良いですか? あ、あと芋羊羹も出して頂けると嬉しいです」
私の声に侍女の方が気まずそうに頷くとジルケさまの顔が明るい表情に戻っていた。凄く分かりやすい。そしてジルケさまの隣では浮かない顔で私を見ている方がいる。
「ナイは末妹に甘い」
ヴァルトルーデさまが何故かむすっとした顔に変えつつ、私に文句を告げた。
「普通では?」
特にジルケさまを意識したわけではなく、私も羊羹が食べたいし丁度良いとお願いしただけである。そういえばヴァルトルーデさまからお菓子やご飯のリクエストをあまり頂いたことがない。
丁度良いかとヴァルトルーデさまの好みを把握するため私は『食べたいお菓子や食べ物は?』と問うてみる。するとヴァルトルーデさまは凄く嬉しそうにするものの、答える間にどんどんと顔色が良くなくなっていった。
「なんでも美味しいから、なんでも食べる。食べたい物と言われても困る」
苦々しい表情でヴァルトルーデさまが私に訴えた。けれど先に突っ込んでくれる方がいて、ふふんと笑っていた。
「優柔だよなあ、姉御は」
そうジルケさまが口にした途端に、ヴァルトルーデさまが両手を動かして末妹さまのこめかみに拳骨を当ててぐりぐりぐりぐりとかき回すのだった。




