1713:フライハイト家へご挨拶。
クレイグがアリアさまに告白すれば、OKの返事を貰えたようだ。
あとはフライハイト男爵さまに報告をするだけとなっているのだが、アリアさまが根回しを済ませているので問題はないそうである。土壇場でフライハイト男爵さまが不許可を出せば、フライハイト家から除籍するとアリアさまは強気の発言を残しているらしい。
そして本日、クレイグはフライハイト家に挨拶へ向かうことになっている。朝から侍女の方たちに囲まれたクレイグは髪を撫で付けておでこを見せていた。衣装もモーニング風のものを纏って様になっている。
少し遅い朝の時間。慣れない衣装にクレイグは眉間に皺を寄せながら、アストライアー侯爵領領主邸の玄関ホールに立っている。彼の肩の上には懐いた緑色の仔竜がちょこんと乗っていた。
緑色の仔竜は彼と一緒に過ごすことも慣れたようで、同時に卵から孵った紫色の仔竜もサフィールの肩の上にいるのが日常となっている。サフィールの肩に乗っている紫色の仔竜は託児所の子たちに凄く人気だ。男の子はカッコ良いと口走り、女の子は小さくて可愛いと言っているようで、ちょっと対立しそうだとサフィールは困り顔になっていたけれど。
クレイグのいる玄関ホールには、私たち幼馴染組とヴァルトルーデさまとジルケさまに、ヴァナルと雪さんと夜さんと華さんに毛玉ちゃんたち三頭と家宰さまと侍女長さまも玄関ホールに立っていた。
「馬子にも衣装」
「なんか言ったかよ!」
ぼそりと呟いた私の声はクレイグの耳にきっちりと届いていたようだ。似合っているものの、相手がクレイグだから素直な言葉は私の口から出てはこない。とはいえクレイグが臍を曲げても困るから、私は片眉を上げてもう一度口を開いた。
「似合ってるなって言っただけだよ」
「本当かよ?」
苦笑いの私にクレイグが上着の端を掴んで皺を伸ばす。そして革靴の音を鳴らして踵と踵をくっつけて私たちの前で背筋を伸ばした。
「では、行ってまいります」
クレイグの視線は、彼の直属の上司である家宰さまに侍女長さまへと向けられていた。私に挨拶するのは癪だったようだが、一応当主として私は『いってらっしゃい』と言葉を送っておく。私たちのやり取りを見ていた家宰さまと侍女長さまは苦笑いから真面目な表情に変わる。
「クレイグ。道中気を付けて」
「フライハイト男爵さまに粗相のないように」
家宰さまと侍女長さまの声にクレイグは短く『はい』と答えた。私はクレイグよりもフライハイト男爵さまの方が緊張してなにかやってしまいそうだと心配になる。アリアさまが一緒だし、ご家族……夫人と長兄の方が同席すると聞いているから大事にはならないはずだ。
クレイグを見送るため、みんな一緒に玄関ホールから外へ出て正門へと続く道をしばらく歩けば、少し開けた場所に十五メートルほどの竜の方が待ってくれ、私たちの姿を見るなり首を下げて軽く挨拶をしてくれる。まだ少し距離があるから、竜の方とのお話はもう少し近づいてからだ。
「ナイ……小型の竜を雇ったっつってたよな。でかくねえか?」
「大きいね。でもディアンさまとベリルさまの話だと二十メートルを超える竜が中型って話だから……」
クレイグが口にした通り、十五メートルも全長のある竜の方は大きい。ただディアンさまとベリルさまが教えてくださった情報では二十メートル以下が小型。二十から五十メートルが中型。五十メートル以上が大型とされ、百メートルを超えると超大型と分けているとか。
凄くざっくりとした分け方であるが、竜の方たちが軽い気持ちで決めた指標のため人間とはズレがあるのだろう。多分、目の前の小型の竜のお方はダリア姉さんとアイリス姉さんから飛竜便の仕事を任されていそうだ。
ディアンさまとベリルさま経由での飛竜便であれば、もう少し小さな竜の方を寄越してくれたはずである。ウッキウキの表情でこちらを見ている竜の方に断りを入れるのは申し訳ないし、小型の竜の方であるのは間違いない。今度はもう少し細かい指定を入れようと私が決めると、クレイグがきょろきょろと周りを見渡した。
「あれで小型なのか……つーか周りの小さい竜たちは?」
クレイグが口にした通り、十五メートルほどの竜の方の周りには五メートルサイズの竜の方が数頭ちょこちょこしている。毛玉ちゃんたち三頭がピュッと駆けだした。
凄い勢いで加速した毛玉ちゃんたちは十五メートルほどの竜の方の股下を潜り、今度は五メートルサイズの竜の方の背の上をジャンプする。凄い跳躍力だと感心していると、ヴァナルと雪さんたちが毛玉ちゃんたちを呼び戻す。挨拶があるから騒いでは駄目だと窘めらている毛玉ちゃんたちにあまり反省の色はなく、挨拶が終われば遊んで良いんだねと言いたげな顔になっていた。
「知らない。小型の竜の方一頭お借りしたいって伝えていたんだけれど……遊びにきたのかな?」
飛竜便を借りたいと小型の竜の方を一頭お願いしますと伝えていたのに、なにがどうしてこうなったのだろうか。遊びにきただけかなと私が首を傾げると、肩の上のクロが尻尾をゆらゆらと揺らしながら言葉を紡いだ。
『小さい竜だし、ナイの屋敷にきたかったのかもね~』
クロの声に私は『そっか』と声を上げれば、丁度十五メートルサイズの竜の方の前に立っていた。私が代表して頭を下げると、一緒にきていた女神さま以外の方たちも礼を執る。
「この度は依頼をお受けいただきありがとうございます」
『いえいえ。初めて飛竜便の仕事を請け負いますから、不手際があればなんなりとお申し付けください。よろしくお願いしますね、クレイグさん』
私の言葉に竜の方も頭を下げてくれた。どうやら目の前の竜の方は初めて飛竜便の仕事を担うそうだ。行先は知っているものの、早く飛んだ方が良いのかゆっくり飛んだ方が良いのか分からないとのこと。
アストライアー侯爵領からフライハイト男爵領までの距離は、王都に向かうよりも遠い。とはいえ、ゆっくり移動してもお昼頃には辿り着くから、飛竜便様々だった。クレイグは大丈夫かなと少し心配そうに竜の方へ礼を執る。
「よろしくお願いします。お手柔らかに」
クレイグが頭を上げると、側にいた小型の竜の方たちがすっとクレイグを取り囲む。
『僕たちも行くー!』
『アリアのところー!』
『クレイグのハクヅケ~!』
『ボクたちをたくさん連れていれば、カクが上がるって~!』
純真無垢な彼らに『箔付け』とか『格が上がる』と教えたのは一体誰だろう。
『彼らは私に勝手についてきただけなので料金は発生しませんが、どう致しますか?』
どうやら私たちが断れば十五メートルほどの竜の方が小型の竜の方たち四頭を諫めてくれるようである。私はどうするとクレイグを見れば、口元を引き攣らせていた。しばらく悩んだ彼は『俺はアストライアー侯爵家麾下第二位の家に就くことになる。利用しているようで悪いが、一緒にきて欲しい』と小型の竜の方四頭に頭を下げた。
彼の声に家宰さまが『クレイグ、良い覚悟です』と呟き、侍女長さまが『男を見せましたねえ』と感心している。クレイグは顔を赤く染めながら『行ってきます!』と言って、十五メートルほどの竜の方の背によじ登った。クレイグの護衛は二名いて、小型の竜の方の背に乗っていた。そうして十五メートルほどの竜の方が空へと浮いて、私は両手を口元に当てる。
「クレイグ、気を付けて! 婚約の許可が下りれば、アリアさまとフライハイト男爵さまに今度、お礼に伺うって伝えておいてね~」
私の声はクレイグに届いたようで、手を放して親指を立てている。即、元の位置へと戻しているからバランスを崩すまいと必死なようだ。小型の竜の方たち四頭も私の方に集まって『行ってくるね~聖女さま!』と挨拶をくれた。気を付けてねと私が声を掛ければ、小型の竜の方たち四頭も空へと飛び立って行く。
「さて、大丈夫かな?」
『クレイグとアリアは平気だろうけれど、アリアのお父さんは大丈夫かなあ?』
私の声にクロが答えてくれるものの、少し捉えていることが違うというか。クレイグは無事に辿り着くかなという意味の『大丈夫』だったのだが、クロにはアリアさまやフライハイト男爵さまが竜がたくさん向かって驚かないのか心配だったようである。
エーリヒさまとフィーネさまの婚姻式とジークと私の婚姻式でたくさんの竜の方が空を飛ぶ姿をフライハイト男爵さまは見ているから平気なはずである。とはいえこのまま答えるのは癪だからと、私は違う言葉を口に出す。
「ヴァルトルーデさまとジルケさまがいるわけじゃないから大丈夫じゃない?」
女神さまがフライハイト男爵領に向かったわけではないのだから平気だろうと私が口にすると、ヴァルトルーデさまとジルケさまが『扱いが悪い』『どんどん容赦がなくなってんな』と微妙な顔と呆れ顔になっている。とりあえず十時のおやつにしましょうと私が口にすると、二柱さまのご機嫌は直ぐに直るのだった。
◇
お昼過ぎ。昼食を終えたものの、普段の半分も進まなかった。
フライハイト男爵領領主邸の当主部屋で私は介添えを受けながら、着替えをしているところである。今から客人が屋敷を訪れるのだが、なんと我が娘アリアの婿候補が挨拶にやってくるのだ。
我が家の四番目の子となるアリアの婚姻先を私は探してはおらず、教会からも今まで特に言及されることはなかった。好きな人を見つけ、相手の男が良い者であれば婚姻の許可を出すつもりであったが……どうしてアストライアー侯爵閣下の幼馴染を連れてくるのだろうか。
しかもいつの間にか王家も教会もアリアとクレイグくんの婚約と婚姻を認めており、あとはフライハイト家の長である私の判断に任せるといつの間にかそうなっていた。アリアも好いた男ができたのであれば、父である私に少しくらい相談してくれれば良かったのではないだろうか。
「はあ。まさかアリアが将来の伴侶を連れてくるなんて」
「アリアお嬢さまは闊達な方でしたから、私たちからすればさもありなんと」
私が愚痴に近い言葉を吐けば、長年フライハイト男爵家に勤めている侍女が苦笑いを浮かべていた。うん。たしかにアリアは貴族令嬢とは言い難い生活を送ってきた。幼い頃から領民と一緒に畑仕事をしていたが、今やアルバトロス王国教会の筆頭聖女を務めるに至っている。
フライハイト家の歴史の中で一番出世した子ではないだろうか。私には陞爵の話も持ち上がっているから、まるで夢の中にいるようだ。感傷に耽っていれば唐突に部屋の扉が開くと、警備の者が凄い形相で私の顔を見る。
「ご当主さま、屋敷の近くを竜が飛んでおります!」
「アストライアー侯爵閣下が手配した飛竜便の竜だ。落ち着きなさい」
「し、しかし、ご当主さまのお話では一頭ということでしたが、五頭飛んでおりますよ!?」
どういうことですか、と言いたげに警備の者が問い詰めてくるが、私だってどういうことだと口にしたい。とりあえず、外に出ようとすれば廊下でアリアが私を待ってくれていた。
「お父さん、慌ててどうしたの?」
「外に竜が五頭も飛んでいると聞いて、状況を確かめるために出てきたんだが……」
私の声にアリアは首を捻っていた。私たちが慌てている理由が彼女に伝わっていないようである。いや、竜が五頭も空を飛んでいるなんて異常だと私が口にすると、アリアはナイさまが飛竜便を手配したなら好奇心旺盛な仔たちが一緒にきているだけかもしれないと、随分と落ち着いた様子で口にした。とりあえず、クレイグくんもきているからアリアと一緒に出迎えに行こうとなる。
――アリアは肝が据わり過ぎではないだろうか。
という疑問は口に出さずに。




