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1711/1751

1711:影響が届く。

 我が家の家宰が息を切らしながら執務室へと入ってくる。


 ロステート伯爵家の当主として執務をこなしていた私と引継ぎのために一緒に執務をしている娘は同じタイミングで作業の手を止めて顔を上げた。家宰は慌てた様子で私たちの前に立ち、乱れた息を整えて息を吸い込んだ。


 「アストライアー侯爵閣下からご当主さま宛てにお手紙が届きました!」


 家宰から差し出された手紙の裏面には立派な封蝋が施してあり、アストライアー侯爵家の家紋が確りと押されている。もしかしてアストライアー侯爵家に卸している肉になにか問題があったのだろうか。


 それとも少し前に執り行われた侯爵閣下の婚姻式で私は無礼な態度を執ってしまったのだろうか。それとも女神さまに我が領地で作った肉が不味いと言われたか……なににせよ、ロステート伯爵家の評判が一瞬で崩壊する出来事だ。隣で作業をしていた娘からは『早く開封なさいませ、お父さま』という視線を感じるのだが、なにを書かれているのか分からず私の手が震えている。うううと悩ましく手紙を見つめていれば、痺れを切らした娘が声を上げた。


 「お父さま。わたくしが確認してもよろしいでしょうか?」


 「た、頼む。ロステート伯爵宛てだから、君が読んでも問題ないだろう」


 私の情けない頼みに娘が小さく息を吐く。娘は遠慮の欠片もなく、アストライアー侯爵閣下から届いた手紙を開封した。ロステート伯爵家からアストライアー侯爵家が豚肉を買い付けているという噂が広まって以来、買いたいという商店や貴族が増えた。

 豚は牛より人気がなく、時々馬鹿にされることもあったが、アストライアー侯爵閣下のお陰でその声は消えつつある。気の強い我が娘は『女神さまがお食べになられている肉を馬鹿にするのでございますか?』と鬼気迫る表情で馬鹿にする者へ迫ることもあった。貴族としては正しいのだろうが、方々に喧嘩を売るような真似を私はして欲しくない。娘は正しいことを言っているが、どこで恨みを買い、どこで仕返しを受けるかわらかないのだから。


 「悪いお話ではありませんわ、お父さま。わたくしとしては閣下のご提案を喜んで受けたく存じます」

 

 「そ、そうなのか?」


 「ええ」


 そう告げた娘は私に手紙を渡してくれた。なにが記されているのだろうと手紙を覗き込めば、力強い文字が並んでいる。手元に握った手紙は侯爵閣下の直筆のようだ。偶にくる挨拶の手紙は丁寧で綺麗な文字か、独特の味わいがある文字が踊っている。誰が認めたのかは分からないが、きっと今は婚姻して侯爵閣下の下を離れている二人だろう。閣下の力強い文字を読み進めていくと、本題が記されていた。


 「へ?」


 私は手紙の内容を読むと、気の抜けた声が口から漏れた。すると隣にいる娘が小さく息を吐く。


 「お父さま、情けない声を出さないでくださいまし。アストライアー侯爵閣下はフソウ国と強い繋がりがございます」


 それは知っている。閣下の婚姻式でもフソウの者が参列していたのだから。独特の衣装と周囲の者より小柄だったから凄く目立っていた。それに何故か元ハイゼンベルグ公爵閣下にヤーバン王国の女王陛下と一緒になって談笑しているところを私は見ている。

 元公爵閣下と談笑できるなんてアルバトロス国内の貴族でも少なく、ヤーバン王国が戦闘民族であると知っていれば尻込みしてしまうのは当然で。だからこそフソウの代表者ととんでもない豪の者だと私は判断した。娘は私がなにも言わないことに痺れを切らしたのか先に言葉を口にする。

 

 「フソウとの取引、将来的に大きな利益となるのでは?」


 「そう言うがね。もし仮に、我が領地の豚肉がフソウに出荷できない事態になれば彼らは怒るだろう。豚は生き物だから一定量の肉を確保できるとは限らない」


 取引を開始して肉が用意できないとなれば、相手方が怒るのは当然だ。しかも異国の者だからアルバトロス王国内のようにはいかないだろう。アストライアー侯爵が間に入ってくれるかもしれないが、簡単に彼女を頼るわけにはいかない。


 「以前も言いましたが、契約次第でございましょう。相手も事情を伝えれば理解なさってくれるはずです。もし契約書に盛り込めないのであれば、取引を行わなければ良いだけでございましょう?」


 「そうだがね。仮にフソウに脅されたらどうするんだい?」


 たしかに契約内容に不測の事態に見舞われ肉が確保できなければ取引は行われないという旨を記せば良いのかもしれない。けれどフソウがどんな相手かも分からないのだから、怒り狂うこともあるだろう。貴族社会でも無理難題を吹っかける者はたくさんいる。まあ、我が領地の豚肉が美味いと知っている者は天候不良や病気で肉が確保できない場合は諦めてくれることが多い。

 美味しい品を食べられなくなることの方が問題なようである。アストライアー侯爵閣下のお陰で貴族との取引も増えており増産体制も整っている。おそらく娘はそのことを見越してフソウとの取引をしようと私に強く推しているようだ。


 「そのような野蛮な方であれば取引をしなければ良いのですわ!」


 そうだね。娘が口にするように、そうすれば良いだけなのだが……アルバトロス王国から出たことのない私がいきなり他国に向かい交渉の席へ着くなんて大きな話、果たしてきちんと交渉できるのだろうか。口が上手く回らない気がするし、侯爵閣下が同席していれば余計に動揺しそうである。一抹の不安が過り私が答えないでいると、ばんと机を叩く音がして娘は椅子から立ち上がっていた。


 「お父さま、覚悟をお決めください! フソウに赴き、取引についての話し合いの席に着きましょう!」


 少し待って欲しい。手紙には確かに私が興味を示してくれれば、侯爵閣下が飛竜便を手配しフソウの代表者と交渉の席に着く用意をすると記されている。ただ、私が忙しければアルバトロス王国での話し合いの場を設けることもできると書いているのだ。どうして娘はフソウ行きに拘るのだろう。フソウの使者にきて貰い、商談を進めても良いのではないだろうか。その旨を娘に伝えれば、凄い剣幕になって私に顔を近付けた。


 「よろしいですか、お父さま。アルバトロス王国の貴族は国外に向かうことは稀でございます! 北大陸に位置する島国へ向かったとなれば、夜会でロステート伯爵家は皆さまから注目されましょう! 更に我が領地の肉を売り込むのですわ!!」


 娘の言っていることは正しいけれど、生き急ぐようなことをして失敗してしまう可能性が高くなっていないだろうか。悩んでいれば娘が侯爵閣下にはどのようなお返事をと言って、いつの間にか手紙を認める態勢になっていた。

 これはもう娘を止められないと、私は侯爵閣下に交渉の場に着きたいこと、輸送でアルバトロス王国内の豚肉の価格よりも跳ね上がることも記しておく。おそらくこの辺りも侯爵閣下は懸念事項として頭の中に入っているだろう。

 

 「覚悟を決めるしかないようだね」


 「ええ、お父さま」


 私は盛り上がる娘に息を吐けば、家宰がお疲れさまですというような視線を向けているのだった。


 ◇


 ナイさまがフソウから戻って一週間が経っている。


 フィーネの話を聞くに、ジークフリードとナイさまはフソウの三泊四日でゆっくりとした時間を過ごせたようだ。そのあとに偉い方の治療を頼まれたのはナイさまらしい出来事というか。

 アルバトロス城の外務部にある執務室で俺は作業をしながら、フソウの温泉宿行きについて考えていた。ジークフリードとナイさまは俺とフィーネに気を使ってくれたのか、新婚旅行としてフソウにある温泉宿に泊まってみないかという誘いをくれた。フソウの帝さまとナガノブさまも承知しているし、宿の花菱屋の主人も了承しているとのこと。フィーネに話を伝えれば、温泉宿行きに興味を示していた。


 あとは領地の執務と仕事の都合が付けば、フソウに行って温泉宿でゆっくり過ごそうと決めている。


 行きと帰りは飛竜便をナイさまが格安で手配してくれるし、宿泊料も随分と安くして貰っていた。有難いことだと、作業の手を止めて息を吐き、肩をグルグル回しているとユルゲンが俺を不思議そうに見ている。視線がばっちり合えばユルゲンは苦笑いを浮かべながら口を開いた。


 「大丈夫ですか、エーリヒ?」


 ユルゲンの声に俺は苦笑いを浮かべる。


 「ちょっと肩が凝ってな」


 「……肩が凝るという感覚があまりわかりませんが」


 ユルゲンが訝しむような表情に変わった。ふとユルゲンの言葉に俺は執務室の中を見渡す。


 「そういえばみんな、机に向かって仕事をしているのに、背伸びしたり肩を回したりしていない」


 むっと俺が口をへの字に曲げる。そういえばアルバトロス王国の人たちは肩が凝ったと口にしない。学院でも勉強で肩が凝ったと愚痴を零す人は少なかった、いや、見たことも聞いたこともない。日本ではよく同じ体勢で作業をしていると肩が凝ったと口を揃えて言っているのに。もしかして転生者特有の症状だろうかと悩み始めれば、シャッテン卿が俺たちの前に立つ。


 「ベナンター子爵。フソウ国から書状が届いておりますよ」


 「ありがとうございます、シャッテン外務卿」


 俺に渡された書状は二枚あった。一枚は帝さまから、もう一枚は征夷大将軍であるナガノブさまからだ。一体なんだろうと首を傾げるものの、手紙ではなく書状とは驚きである。


 中を確かめてみれば、ナイさまからの問い合わせに適切なアドバイスを送ったことに感謝を述べていた。テレビの時代劇や漫画で良くあるネタだったから覚えていただけに過ぎないから、褒められるのは少し心苦しいというか。それでも病気に苦しんでいる人が救われるのであれば、助言をして良かったのだろう。唐突にロゼさんとヴァレンシュタイン副団長が外務部の執務室へ訪れ、唐突に助言を求められたけれど、やってよかったと俺は目を細める。そうして書状の最後にはこう締めくくられてあった。


 ――アルバトロス王国の国王陛下にもベナンター殿の知識が我々フソウの未来を救ってくださったと感謝を申し上げておきます。


 ――アルバトロス王にもベナンター卿の助力がフソウを救ってくれたと伝えておく。


 帝さまとナガノブさまが陛下にも事態をお伝えするとのこと。この書状が俺の手元に届いたということは、陛下にも今頃書状が届いているのだろう。しかし脚気を治す食事を伝えただけで、こんなに感謝を示されるのだろうか。そういえばナイさまはどなたに治療を施したのか教えてくれていなかった。もしかして凄く偉い方だったのではと疑っていれば、陛下からの使者に謁見場へくるようにと伝えられるのだった。

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