1707:お手紙着いた。
考え事をしていた私は見事に池に落ち、帝さまのお屋敷でお風呂を頂いた。
着物は乾かせば問題ないと侍従の方から聞いて安堵の息を吐きながら檜風呂に浸かり、大事なことを思い出したものの、肝心なところは分からないなとまた息を吐いた。
身体の芯から温まれば、あれよあれよのうちに侍従の方に囲まれて着物を纏うことになる。帝さまが若かりし頃着ていたお召し物で、お下がりで申し訳ないと謝られたが、特に問題ないし手間を増やしてしまったのは私だから気になさらないでくださいと伝えておいた。
そうしてお風呂から出れば、また御簾のある広い座敷へと案内された。そこには帝さまとナガノブさまと九条さまと側近数名の方しかおらず、内々の場であるようだ。私が畳の上で正座をすると、先に部屋で待っていてくれたジークとヴァルトルーデさまとジルケさまとクロとヴァナルが大丈夫かと問いかけてくる。私が大丈夫だと答えれば、ヴァルトルーデさまとジルケさまは『見事な落ち方』『あれはナイにしかできねえな』と呆れている。
ジークは護れなくてすまないと謝ってくれるが、距離があったから手が間に合わなかったのは仕方ないことである。クロはまた私が着物を纏っていたため、肩の上に乗るのは不味いと判断して膝の上に乗ってくる。クロの背を撫でながら小上がりの真ん中に腰を下ろした帝さまへと視線を向ければ、私の鼻がむずむずしてきた。
「へくち!」
緊張感のないくしゃみが私の口から出てしまう。
「ナイ。貴女という人は……」
「豪快に池に落ちる者を初めてみたぞ」
帝さまと片眉を上げて苦笑いになり、ナガノブさまが肩を竦めて思い出し笑いをしていた。私は私で平謝りするしかないと、クロにちょっと避けて貰い、膝の前に手をついて頭を下げた。
「お騒がせをして、本当に申し訳ありません!!」
あと、池にいた鯉の皆さまも驚かせて申し訳ないことをした。美味しいのかなと考えていたツケが回ってきたのだろうか。帝さまの侍従の方たちはなにも言わずにお風呂の介添えを手伝ってくれたけれど、心の中では仕事を増やしやがってと考えているかもしれない。
いや、本当に手間を増やして申し訳ないと再度私が頭を下げれば、帝さまが『そういうこともありましょう。あまり気にせずとも良いのです』という言葉をくれた。帝さまが気にしなくて良いと仰ってくれたあと、ナガノブさまがそうだと言葉を続ける。
「池へと落ちる前にナイが声を上げていたが、なにかあったのか?」
私が声を上げたと同時に足が空を切ったというのに、ナガノブさまは耳聡く私の声を聞き届けていたようだ。説明しなくてはいけないし、話の流れ的に丁度良いと私は口を開く。
「しばらく考え事をしていたのですが、ようやく思い出せまして」
「それで突拍子もなく声を上げたのだな」
納得したナガノブさまが頷けば、帝さまが『ジークフリード。貴方の心配は尽きませんねえ』としみじみとジークを見ていた。ジークは小さく頷くだけに留め言葉は発しない。
「少し、皆さまにお聞きしたいことがあります」
私が背を正して声を上げると、帝さまとナガノブさまがどうしたと聞く態勢になってくれる。
「ヒトミチさまのヤマシロでの生活内容とドエでの生活内容をお聞きすることは可能でしょうか」
私が思い出したことは時代劇かなにかで見た江戸の都特有の病気の話である。ただヒトミチさまの病気はもしかするとその江戸の都で起こっていたものではないかと。でも解決のための方法は思い出せていない。
でも、私には強力な助っ人がいる。エーリヒさまとフィーネさまであれば、なにか知っているかもしれないし、覚えているかもしれないのだ。連絡を取りたい旨もお伝えしなければと考えていれば、帝さまとナガノブさまが顔を見合わせた。
「本人から聞き出すのは少し無理がありましょう」
「侍従からの聞き取りでも良いか?」
お二人からの言葉に私はもちろんですと伝えて、アルバトロス王国のエーリヒさまと連絡を取りたいことも。するとお二人はもちろんと頷いてくださり、各国に設置されている連絡用の魔道具を貸し出してくれる。
今の時間であれば、エーリヒさまはアルバトロス城の外務部にいるはずだ。連絡用の魔道具も外務部に繋がるようになっているので、直ぐに話ができるだろう。広い畳の部屋から出た私は侍従の方の案内で連絡部屋へと連れて行って貰った。そうしてエーリヒさまに『聞きたいことがあるのでロゼさんを使いに出しますね』と伝える。
また広い畳の部屋へ戻ればヒトミチさまの侍従の方が控えており、ヤマシロでの生活とドエの生活での違いを聞き出すことになる。
「ヒトミチさまはどちらの都でも同じ生活を送っておられました」
侍従の男性は困り顔を浮かべて私を見ていた。まあ、いきなりヒトミチさまの生活で変わったところはないかと聞かれてもすぐには思いつかないだろう。ただ私も思い出したことがあるので聞きたいことがある。直接問うても良いけれど、あまり直球過ぎるのはよろしくないだろうと私は少し首を捻った。
「他に変わったことはありませんか? 例えば枕が変わったとか、食事内容が変わったとか、厠の事情が変わったとか」
私の問いに侍従の方が眉間に皺を寄せた。しばらくすれば『もしかして』と小さく彼が呟いた。
「ご病気になられたことと関わりがあるかはわかりませんが……白米を食される回数が増えました」
侍従の方の言葉に私はビンゴ! と心の中で唱えた。江戸の都では白米を大層食し、栄養の偏りから『脚気』になる方が多いと時代劇かドラマかなにかの本で見たか聞いた記憶があり、総髪姿の男性が頭に過ったのだ。ただ栄養素のなにが不足していて、解決するにはどんな食材を食せば良いのかまでは思い出せない。だからエーリヒさまとフィーネさまが知っているかもと連絡を取った次第である。
「白米を常時食べられるようになっておられませんか?」
「あ、はい。美味いと仰り、他の品を口にする機会が少なくなっておられます」
やはりそうかと私は言葉を紡ぐ。
「床に伏せられてからの食事も?」
「ええ。ヒトミチさまは食べるなら白米が良いと」
それでは治ることはないなあと私は目を細めて、帝さまとナガノブさまの方を見た。
「ヒトミチさまのご病気の原因がおおよそ分かりました。おそらく白米を過剰に食されていたことで、お体に変調をきたし床に伏せってしまわれたのでしょう」
私が声を上げると、帝さまとナガノブさまが驚いた表情になる。
「なんと……しかし、白米の食べ過ぎで病気を患ってしまうのは、一体どういうことでしょうか、ナイ」
「何事もほどほどにということでございましょう。訓練でも右手だけで剣や刀を振れば、右腕だけ鍛えられてバランスが悪くなりますから。食事も同じことが言えましょう」
例えが合っているか分からないけれど、帝さまとナガノブさまは私の声になるほどと頷いてくれる。
「しかしながらヒトミチさまのご容体は喫緊に迫っておられます。わたくしが術を施し、一時的に難を逃れられたならと考えます」
これについては帝さまもナガノブさまもお願いしたいということ。症状を見るにおそらく重症化しているはず。あとはロゼさんに頼んでエーリヒさまとフィーネさまが脚気という病気の治療の仕方を知っていると良いのだけれど。
「ロゼさん」
『マスター!』
私の声にロゼさんが影の中からぴょーんと飛び出る。ロゼさんはアストライアー侯爵邸ではのんびりと外で過ごしたり、図書室で本を読んでいるけれど、フソウに私たちが滞在している間は護衛として影の中に潜んでくれていた。有難いことだと私がロゼさんのスライムボディーを撫でればぽよんと揺れる。帝さまとナガノブさまが驚いているけれど、ロゼさんのことは知っているので直ぐに平静さを取り戻していた。
「ごめんね、急に呼び出して。エーリヒさまの下に手紙を届けて貰えるかな?」
『ハインツがいるところ?』
「そうだね。アルバトロス王国の王城だ。エーリヒさまがどこにいるか分からないなら、副団長さまのところに行ってエーリヒさまに渡したいものがあるって伝えて貰えれば案内してくれるはずだよ」
私の声にロゼさんがまた身体をぽよんと揺らして、それなら真っ先に副団長さまの下へ行くと教えてくれる。私は手紙を認めようとジークに道具を持ってきて貰えば、帝さまが考える素振りを見せて一つ頷いた。
「ナイ。エーリヒ殿にわたくしも手紙を認めましょう。ロゼ、わたくしの手紙もエーリヒ殿に渡してくださるかしら?」
帝さまのお願いにロゼさんは私以外のお願いを聞くのは抵抗があるようだ。でも流石に断れないので、ロゼさんボディーを私が撫でながら無言で『お願いします』と伝えれば、またぽよんと身体が揺れた。
『……分かった。マスターのついで!!』
「ええ。ついでで構いませんので、よろしくお願い致しますね」
そうしてロゼさんはフソウの帝さまのお屋敷から手紙を二通抱えて、エーリヒさまの下へ行くのだった。
◇
アルバトロス王国にあるアルバトロス城・外務部執務室で筆を走らせていると、俺の下に珍しいお客さんがやってきた。隣で仕事をしていたユルゲンも不思議そうに顔を傾けると、応接室へ向かうようにとお願いされる。
応接室へ向かうと、紫色の特徴的な外套を纏った長い銀糸を持つハインツ・ヴァレンシュタイン魔術師団副団長が応接用の椅子から腰を上げる。にこにこ顔で俺を見ているのだが、一体何故俺を呼びつけたのだろうか。少し前、ナイさまから突然の連絡がありロゼさんを向かわせると聞いているので、手短に済ませた方がよさそうだ。俺が礼を執れば、ヴァレンシュタイン副団長も丁寧な礼を執る。
「ベナンター子爵殿」
『エーリヒ、マスターから手紙! あとついで!!』
ヴァレンシュタイン副団長が俺を呼べば、床からぴょーんと見知ったスライムが登場した。ぽよんと跳ねたロゼさんは椅子の上に乗ると、ぷるんぷるんと身体を震わせる。
何故、彼と一緒にロゼさんが現れたのか分からないが、一先ず、ナイさまから遣わされたロゼさんから手紙を受け取る。しかしついでというのはどういうことだと首を傾げれば、手紙が二通あることに気付いた。一つはナイさまから。一つはフソウの帝さまからだ。
「ぶほ!」
「おや、どうなさいました?」
「予定にないものが含まれておりましたので」
「ああ。侯爵閣下のことです。伝え忘れておられたのでしょう」
ヴァレンシュタイン副団長の声に俺は『まさか』とも言えず、中の手紙を確かめさせて欲しいと断りを入れれば、目の前の彼が『僕はロゼさんの案内役なので、お気になさらず』と笑みを深める。
俺は手紙の中身を取り出して、二通とも目を通した。すると脚気を患った方がいるようで、ナイさまは病気については分かったものの、解決策が思い出せないと記されていた。
フソウの帝さまからも丁寧にナイさまに協力して欲しいこと、また助言を貰えたのであれば相応の報酬を出すと記されている。いや、解決のための道は示されているから、俺が功績を貰うわけにはいかないのではと訝しむが、重症化しているそうだから急いだ方が良いだろう。一先ず、道具を一式揃えて貰って俺が認めた手紙をロゼさんに渡す。
『マスターのところに行ってくる! ハインツ、またね!!」
「ええ。ロゼさん、お気をつけて」
「よろしくお願いします」
ロゼさんは俺たちの言葉を聞き届けたのか分からない早さで魔術陣を展開して、すっと消えて行った。
「ロゼさんは本当に凄いスライムですねえ」
「本当に……」
凄く感心しているヴァレンシュタイン副団長だが、ロゼさんが誕生した原因の一端は貴方にあるのではと口が裂けても言えないのだった。




