1705:ドエの都へ。
やはり狸は害獣扱いだった。
私から話を聞いた仲居さんはおやまあと片手を頬に当てて悩ましそうにしていた。見た目は可愛いけれど、畑の野菜を食い荒らされるのは迷惑千番だし、他の動物も引き寄せられるかもしれないと。
熊鍋屋さんがあったから、この近辺は熊を狩れる状況にあるのだろう。狸も熊も有限だから、狩り過ぎには気を付けなければならないが。仲居さんは宿の主人に報告したと律儀に教えてくれたあと、狸の母子がどうなったかも教えてくれた。
「いなかったって」
「逃げたのか。野生の生き物だ。人間の殺気を察知したのかもしれないな」
人間の気配に敏感であれば早々捕まることはないだろう。逃げて欲しい気持ちと狸鍋は美味しいのか確かめたい気持ちがせめぎ合うが、わざわざ殺してまで食べたくない。これからどうする? とジークに問えば温泉に浸かってゆっくりするのも良いなと答えてくれた。
ジークもお風呂の魅力を理解してくれたかと少し嬉しくなって、それなら一緒に入ろうかという方向へと向かってしまった。あれ、おかしいなと思うものの、夫婦だから一緒に入ることは普通だろう。それにジークとは何度か一緒にお風呂に入っている。しかも私が疲れきっていて、あれやこれをジークに任せっきりという大変情けない状況で。今回はジークのお世話をする良い機会かと私は目を光らせた。
「嫌なら無理をしないで良いが」
ジークが私が考え込んでいる姿を見て、なにか思う所があったようである。
「そういえばジークは恥ずかしくないの?」
私は少し恥ずかしかっただけという意味を含ませた疑問をジークに投げると、少し間が空いて答えてくれた。
「多少は。でも曝け出しているから今更だ」
それはそうだが、いろいろと恥ずかしいというか、気にしてしまうというか……もう少し身長が高くて、胸が盛り上がってくれていて同じ状況になったなら気にしていなかった可能性が高い。
一応、身長は少しは伸びて、百六十センチ弱となっている私だけれど、周りの女性と比べたらどうにも魅力というものがない。赤子をきちんと育てられるかも疑問だし、ジークにも悪いことをしているような気もする。でも今以上の成長は無理なことは無理で、ジークも私が良いと言ってくれているのだから深く考え込むのは止めよう。小さく首を振った私はジークを見上げる。
「大事なところは隠そうね、お互い。恥ずかしいから」
でもやはり恥ずかしいのでタオルの着用は許して欲しい。男の人のアレは見慣れているけれど、ジークのはどうしても意識してしまう。
「分かった」
片眉を上げながらジークは笑って、二人一緒に部屋に付いている内風呂を目指すのだった。
――最終日。
花菱屋さんから去る時がやってきていた。今朝、狸の母子が姿を見せて、私たちの部屋の前で遊んでいたのはなにか縁があったのだろうか。とはいえ野生動物に手を出してはならないと、見守るだけに務めたけれど。
狸の話をしながら朝食を済ませたあと、仲居さんたちに囲まれて着物の着付けをして頂いた。ジークも和装になっていて少し見慣れないものの、元が良いのと肩幅が広いから凛々しい姿になっていた。そうして女将さんの案内を受けながら移動する。辿り着いた先の玄関では従業員の皆さまが集まって、お見送りをしてくれている最中だ。宿の主人も女将さんも少し残念そうな表情を浮かべて、ジークと私の前へと立っていた。
「本当にお世話になりました。四日間、お気遣い頂き感謝致します」
私が頭を下げると、ジークも礼を執った。和装は少し動きづらいと私が苦笑いを浮かべると、花菱屋さんの主人が少し慌てた様子で言葉を紡ぐ。
「いえいえ! また花菱屋に泊まりにきてくださいませ。いつでもお待ちしております」
「本当に。アストライアー侯爵さまがわたくしたちの最初のお客さまとして迎え入れることができ光栄でした」
続けて笑みを浮かべた女将さんも礼を執って言葉をくれると、従業員の皆さまがうんうんと頷いていた。今回、帝さまとナガノブさまの計らいで新規開店した花菱屋さんに泊まったわけだけれど、いろいろと尽くしてくださり感謝している。
食後のお茶請けとか美味しいものばかりだったし、ご飯も全て豪華で美味しかった。花菱屋さんに迷惑を掛けないように、帝さまとナガノブさまには素晴らしい宿だったと説かないといけないなと、お迎えにきてくれた九条さまを見る。
「では参りましょうか。帝も大樹公も首を長くして、アストライアー侯爵閣下の帰りを待っておられます」
「はい。本当に四日間、お世話になりました」
九条さまの声に私は着付けと再度の礼を伝え店から出て篭へと乗り込むのだった。
◇
――花菱屋、玄関口。
「異国人は凄く横柄って聞いていたけれど、アストライアー侯爵さまって全然腰が低いよね」
「低すぎってくらい低かったわね。でも優しい方よ。私たちに気を使ってくださっているのが分かったもの。流石、創星神さまの使いを務めただけあるわ」
「ね。出島での横柄な異国人の話をたくさん聞いていたから、肩透かしを受けたっていうか」
「侯爵さまみたいな異国人なら、またきて欲しいわね。心付けも貰っちゃったし!」
「ほら、アンタたち! 話込んでいないで仕事をなさい!」
「はーい!」
「女将さん、ごめんなさい!」
「では持ち場に戻ります!」
「全く。帝さまと大樹公が推した理由が分かりましたね、旦那さま」
「そうだな。お二方が推薦するだけのことはあった。町にもお金を落としてくれたようだし」
「ご飯を綺麗に食べておられましたもの」
「結構な量を用意したはずだがなあ……さて、我々も仕事に戻ろう」
◇
篭に乗ること数時間が経ち、ドエの都へと辿り着いている。
都の入り口にはヴァルトルーデさまとジルケさまとクロとアズとヴァナルと雪さんと夜さんと華さんと毛玉ちゃんたちと権太くんと松風と早風が待っていてくれていた。どうしてと首を傾げていれば、一旦篭から降りることになる。
走りっぱなしとなるため、担ぎ手の交代を行うようだ。私は今まで籠を担いでくれていた方にお礼を告げ、待ってくれている方たちの下へジークと一緒に向かう。ヴァルトルーデさまとジルケさまの前で謙れば女神さまだと知らない方に気付かれるため、あくまで側仕え相当の態度で挑むことにした。二柱さまを前にして、私は視線を合わせながら首を傾げる。
「どうしてこちらに?」
「暇だった」
私の疑問にヴァルトルーデさまが即答してくれる。クロはヴァルトルーデさまの肩の上でこてんと首を傾げていた。しかしながらヴァルトルーデさまに暇と口に出されたら、帝さまやナガノブさまの立場がないのではなかろうか。大丈夫かなと心配していると、ジルケさまが小さく鼻を鳴らす。
「違うだろ、姉御。迎えに行こうって言い出したのは姉……――あだだだだ!」
どうやら聞いてはならないことだったらしい。それならばと私はクロたちにお城についてから話そうねと伝え、九条さまに準備は終わったか聞きに行こうと踵を返す。
「突っ込んでくれよ!」
ジルケさまの声が背中から聞こえるけれど、突っ込めば私にも飛び火しそうで怖かった。なので九条さまの下へ早く向かおうとすれば、また背中から声が聞こえる。
『大丈夫?』
「クロだけだぞ。あたしを心配してくれるのは……」
クロが心配そうにしているとヴァルトルーデさまが『妹は丈夫。心配いらない』という声が聞こえ『酷いぞ、姉御』という声も聞こえてきた。仲が良いよねと私は肩を竦めて、九条さまの下へ行けば準備が整ったと教えてくれる。
ドエの都に入ると篭の速度は随分とゆっくりになる。都のメインストリートをゆっくりと行けば、住んでいる皆さまがこちらをガン見していた。それもそのはず。篭の列の後ろにはヴァナルと雪さんたちと毛玉ちゃんたち五頭が揃っているのだから。フソウの神獣である雪さんたちは凄く皆さまに慕われていて注目を浴びていた。元の姿で歩いているから、身体が大きくなっていて迫力がある。
「神獣さまと番さまだ! お仔もおられるぞ!」
「九尾も一緒に歩いているぞ! なんて光景だ!!」
「しかし仔の大きさが全然違うな……どうしてだ?」
「お元気で過ごされているならなんでも良いじゃない! ああ、お可愛らしい!!」
見惚れているドエの都の皆さまに、ヴァナルと雪さんたちと毛玉ちゃんたちはもふもふでカッコ良いし、可愛いよねと私は籠の中で独りにやけてしまう。権太くんも狐の姿で一緒に歩いていて、ふふんと誇らしげにしている。
楓ちゃんと椿ちゃんと桜ちゃんはフソウで暮らしている松風と早風より身体が小さい。雌だからというより、彼女たちは故意に成長を遅らせている気がしていた。松風と早風は毛並みは黒々としていて、ふさふさだからフソウで大事にされているのだろう。
権太くんと一緒にいろいろな場所へと駆けている姿が頭に浮かんで私は目を細めた。大通りを通っていると、商業区に差し掛かったのか少し雰囲気が変わる。騒がしさが増して、こちらを見ている人の目も随分と増えていた。
「篭にはアストライアー侯爵さまが乗っているってよ!」
「神さまの使いを務めた?」
「おう、四大陸一の大物よ!」
そんな声が聞こえて、私は苦笑いを浮かべてしまう。篭の横を歩いている九条さまが微妙な表情で『申し訳ありません』と告げるが、悪口ではないから気にしていないと伝えた。
しばらくすれば帝さまの屋敷に辿り着いて、ナガノブさまが私たちを待ってくれている。篭から降り、ナガノブさまと挨拶をしようと彼の前へと歩いて行く。私の歩き方がおかしいのか、ナガノブさまが苦笑いを浮かべるものの直ぐに真面目な顔になった。
「ナイ、似合っているではないか!! そうしてみるとフソウの者にしか見えぬぞ!! しかし草履には慣れておらぬな!!」
はははとナガノブさまが笑えば、いつの間にかジークが隣に並び、女神さま方とクロたちが後ろに並んでくれている。どうやらアストライアー一行として立ってくれたようで、それなら私も当主として挨拶をしなければと口を開いた。
「ナガノブさま、フソウへのご招待ありがとうございます。三泊四日、ジークフリードと共に花菱屋で落ち着いたひと時を楽しませて頂きました。宿の方にも大変お世話になり、尽くして頂いたこと感謝申し上げます」
「気にするな! ナイには世話になっているのだ! 本来ならばもっと我々が貴殿に尽くさねばならん」
ナガノブさまが豪快に語るのだが、帝さまに挨拶をしたいのにお姿がない。でも、この後合う約束だし、忙しい方だから出迎えにこれないこともあるだろう。ナガノブさまと合流した私たちは中へ案内されて、長い廊下をずんずん進んで屋敷の奥へと案内された。
凄く広い畳の部屋に案内されれば、多くの方が畳の上に腰を下ろしている。私は一段上がった場所の前を指定され、しばらく待っていて欲しいと告げられた。正面にある一段上がった場所には御簾が降りていて、中に誰かいるのか分からない。少し時間が経てば奥に人影が現れ、ゆっくりと御簾が上がっていく。そこには当然、帝さまが座っているのだが客を歓待する雰囲気ではなかった。これはなにかあると、慣れない着物のまま私は背を正す。
「ナイ。此度は貴女に相談があります」
挨拶もほどほどに帝さまが言葉を発する。周りの方たちも神妙な表情だし、明るかったナガノブさまの雰囲気も一辺していた。これは重要なことだろうと踏んだ私は帝さまに首を縦に振るのだった
更新日の設定を一日間違えておりましたorz 遅くなって申し訳ありません……!
【お知らせ】コミカライズ版 魔力量歴代最強な~ 第一巻 2026.09.17日 発売となります! プラス20先生がナイたちを素敵に描いてくださっているので、よろしくお願いいたします! 書籍版では見られなかったキャラたちの姿もお楽しみに!!┏○))ペコ




