1703:エンジョイ温泉街。
煎餅屋さんで結構な量を買ってしまったが、首から下げている木札が身分証みたいなものになっており、荷物は宿泊先である花菱屋に運んで貰えることになっている。私の腕の中には、戻ってから食べる予定のお餅を抱えていた。ヴァルトルーデさまとジルケさまは帝さまのお屋敷で食べているかもしれないなと私は口を伸ばす。
「一杯買えた」
「金額にすれば、そう買ってないだろう」
たしかに貴族の買い物としては安い方だろう。そもそも価格が低いから、たくさん買っても散財したとは言えないという。一般の方からするとたくさん買ったという感覚は適用されるかもしれないが。
お金は使ってナンボという貴族なので、他のお店にも行ってみようとお餅を包んで貰っている時にジークと私は決めていた。温泉卵を一個買ってみようと告げ、少し並んでいる列に加わろうとするも騒ぎになると立ち止まる。代わりに誰か並んで貰おうと、ジークと私の分と護衛の方の分を買ってきて貰うようにお願いする。待っている間はじっとしていることになった。
「賑わっているよね」
「だな。店の衣装を纏っている人が多いのが面白い」
行き交う人たちは私服の方もいれば、宿の浴衣と羽織でウロウロしている方もいる。呼び込みの声が鳴りやむことはないし、本当に活気のある場所だ。ジークが背が高いからか、道行く人がこちらをチラチラと見ているが、フソウの人間ではないと分かれば直ぐに視線を逸らしていた。
「ジークの背が高いから目立っているね」
「ナイを見てるんじゃないか。グイーさまの石配りで一躍有名になったからな」
フソウだと頭二つ分は高いジークだから凄く目立つ。赤い髪の男を探せと言われたら瞬時に見つけられそうな雰囲気があった。グイーさまの石配りで私が有名になったのは事実だけれど、二年近く時間を経るのだから一般の方たちは忘れてくれているはず。だからきっとフソウの皆さまがチラチラと見ているのは目立つジークがいるからだろう。フソウのイケメンの定義は分からないけれど、異人だと注目されるのは当然だろうし。
温泉卵はもう直ぐ買ってきてくれるかなと更に周りを見渡した。
「どこか掛けられる場所があると良いんだが」
「ね。立ち食いはちょっとお行儀悪いから」
お互いに肩を竦めながら周りを見るものの座れそうな場所がない。公園もなさそうな雰囲気だから、持って帰って食べようかとなる。やはり買って店先で食べるのが一番良い方法なのだろう。
食べ物系のお店を回るのは一旦止めて、土産物店にはいろうかとなる。一先ず、温泉卵を買いに行ってくれた護衛の方が戻ってくるのを待って、そこからまた町歩きを始めた。うどんと蕎麦は軽く食べれるためか、男性が多く店に入っている。蕎麦も同じ、というか駅前にある立ち食い蕎麦式のお店の雰囲気だ。
「うどんと蕎麦も良いなあ」
しばらく食べていないから食べたいねと私が声を上げると、ジークが不思議そうな顔をしている。
「美味いのか?」
「美味しいよ。でも啜るのは難しいかもね」
うどんはつゆが美味しいし、つゆから香り立つ匂いを楽しみの一つだろう。うどんが有名なところでは一日で何軒も梯子をする方がいるようで『〇杯食べた!』と自慢していて面白かった。
安い、早い、美味いが成立しているから、お店的にも回転率が良くお昼前から四時間営業で成り立つのも凄いというか。お店によっては朝六時から開いているところもあるけれど……朝からうどんは個人的には避けたいことだった。とはいえここは観光地のため、夜も営業しているようだけれど。蕎麦も安い、早い、美味いが成立しているから、ぱっと入ってぱっと帰る人が多いようだ。
少し汚いけれど鼻水が垂れてくるのを我慢しながら啜るのが醍醐味だと考えているが、アルバトロスの人からすれば啜る行為はマナー違反だろうなと私は肩を竦める。
「ススル?」
「うん。音を立てながら麺を食べるからジークは顔を顰めそう。香りを楽しむために音を立てて食べているんだけれどね」
不思議そうな顔になるジークに私は説明すれば、ああと理解してくれたようである。
「それがフソウの文化ならそう食べれるように努める。だから煩いとは言えないな」
ジークが苦笑いを浮かべながら答えてくれる。私も他国へ向かった時には現地の風習に倣っているのだから、ジークもそうすると言ってくれた。なんだか少しこそばゆくなって、視線をジークから逸らせば丁度温泉卵を買いに行ってくれた護衛の方が戻ってくる。
「行こう」
「うん」
そう告げて、今度は土産物店を目指した。とりあえず入った店はいろいろな品を取り扱っているようである。何故か木刀を置いているのは世界が違っていても共通のようだ。
どこにでもあるなあと私が苦笑いを浮かべていると、ジークが真面目な表情で木刀を握り込んでマジマジと見つめていた。刀剣類はやはり気になるのだろうか。木刀は観光地用だから玄人が持っても意味を成さない気もする。
「気になることがあるの?」
「あ、すまない。片刃の扱いは難しそうだなと」
私がジークに問うてみれば、アルバトロス王国や大陸各国で普及している長剣と比べていたとのこと。両刃で叩きつけるように切る剣と片刃で引き切る剣では扱いが違うのは当然だろう。
フソウ刀は一人斬るとなまくらになると言われているようだ。ジークが佩いているレダは何人斬っても問題ないそうである。まあ、魔力が籠った長剣と普通のフソウ刀を比較するのはおかしなはなしかもしれない。
「ご老体の太刀筋が面白くてな。なにか秘密があるかと」
ご老体たちは訓練では木刀を使用している。フソウの大刀よりも短いものを使っているから、忍者専用のものかもしれない。その辺りを聞き出そうとすれば、一族の秘密だと躱されてしまう。秘密を暴くつもりはないからしつこく聞いたりしないけれど、ジークはご老体の強さの秘密を知りたいようだ。
「そういえば訓練で負けることがあるって聞いた」
「情けない話だがな」
私の声にジークが肩を落とす。生きている時間が違うからご老体の方が実戦経験が豊富なのだろう。負けるのは仕方ないことだが、ジーク的には常に勝てるようになりたいようだ。
だからこそ木刀を見つめていたようだし。値段は張らないから買うかと聞いてみれば、一本だけと試しに入手するようだ。小学生や中学生の男子みたいな中二病ではなく、本気で研究するために購入を決めている。笑っては駄目だと私は自分に言い聞かせて、店の方にこれくださいとお願いをした。本物が欲しいならドエの都にある商店に行ってみて欲しいというアドバイスを受けながら買った木刀を受け取る。
他に目新しいものはなさそうだなと私たちは土産物店から出て行く。また町を歩いていれば、真っ白な兎に出会った。どうやら野兎のようで、雪の降るフソウでは真っ白な兎が多いとのこと。
「可愛いねえ」
「ああ」
兎肉も美味しいんだよなあとしみじみしながら、花菱屋へと戻れば女将さんにあらあらまあまあと口にする。どうやら寒さで顔が赤くなっていて、早く部屋に戻って暖まってくださいと言われてしまった。部屋へ戻る前にきなこと砂糖、醤油と海苔を分けてくれないかとお願いすると、凄く不思議がられた。お餅を買ってきたと告げれば納得してくれて、直ぐに用意するとのことである。
「暖まりながら食べようか。喉に詰まらせないでね」
「気を付ける」
ジークの顔を見上げると確かに顔が寒さで赤く染まっている。ジーク曰く、私の顔も赤いとか。本当かと手で頬に触れてみれば、手も冷えているのか温度差が分からない。苦笑いを浮かべたジークがそっと手を伸ばして私の頬に触れた。
「あったかい」
「冷えたな。早く戻ろう」
「だね。お餅、楽しみ」
小さく笑う私にジークが片眉を上げる。護衛の方たちも『ご当主さまは相変わらずで』と言いたげな顔になっていた。いや、でもお餅食べたいし、火鉢で焼いて食べるなんて贅沢はなかなかできないことだ。
帝さまかナガノブさまに伝えれば直ぐに用意してくれるだろうけれど、そんなことで彼らの手を煩わせるわけにはいかない。凄く広い玄関の土間を上って廊下を歩いて、花菱屋の奥の部屋へと移動する。淹れて貰ったお茶の椀を握れば、熱さで手が温められた。火鉢の近くに座って買ったお餅を取り出していると、女将さんと仲居さんが揃って部屋へと入ってきた。
「ご所望の品でございます」
女将さんがお盆を私たちの前へと出してくれる。そこにはきなこと砂糖と醤油と海苔が用意されており、仲居さんが持ってきてくれたお盆には餡子や塩に黒蜜が乗っていた。私は首を傾げつつ、先にお礼を伝えなければと女将さんと仲居さんの方へと向き直る。
「ありがとうございます」
「いえいえ。フソウをお楽しみいただいているようでなによりでございます」
女将さんがにっこりと笑って、勝手に用意した品があるが私たちに興味はあるかと問うてきた。もちろんと私が告げると、女将さんがどう食べるのかを説明してくれる。そして、よろしければ餅を焼く者を残しておきますよとも。自分たちでやりたいから大丈夫と伝えれば、承知しましたと告げて直ぐに部屋から去って行った。火鉢に掛ける網も用意してくれたので凄く有難い。
「新しいことも試せるね」
「俺はよくわからないから、ナイに任せる」
ジークにそう言われて気を良くした私は火鉢に網を乗せ、お餅も乗せていく。アルミホイルがあれば良かったけれど、ないものを強請っても仕方ない。搗きたてのお餅を頂いたから、熱が通るくらいで良いだろう。
硬いお餅が熱でぷーっと膨らむところを見るのも面白いけれど、それだと時間が掛かってしまう。直ぐには焼けないからジークと話ながら時間を潰そうとして、ふと思い出した。
「あ。温泉卵食べようか。美味しくなくなるかもしれないし」
「そうだな。食べていなかった」
丁度、小腹が空いていたからおやつ替わりになると、袋から温泉卵を二個取り出す。残りは部屋の外にいる護衛の方たちで食べて欲しいと渡して。真っ黒な温泉卵の殻を剥くと、白身が現れる。
中まで黒くは染まっていないようで、少し安心してしまった。ぱくりと勢いよく卵に齧りつくと、卵の匂いが口の中に広がる。半熟かなと期待していたのだが、中は完熟になっており少しだけ残念だった。
「塩っ気がちょっと強いね」
「だな」
少ししょっぱい温泉卵を食べて、喉のつっかえをお茶で流し込む。そうしている間にお餅に焼き目がついていて、手を伸ばして反対側も焼き目を付けるのだった。




