1701:お楽しみの時間。
ナイはジークフリードとゆっくりと過ごしているのだろうか。
結婚を果たしたというのに、特別な関係になった様子はあまりない。エーリヒとフィーネは結婚を果たしてから私たちの前で凄く仲良くしているのに、ナイとジークフリードはいつもと変わらない。
そういえども夫婦になったため一緒の部屋で寝たりしているけれど……甘い雰囲気というものがあまり感じられない。フソウのドエの都にある帝の屋敷で私は畳の上に腰を下ろして首を傾げた。
『女神さま、如何なさいましたか?』
『なにか不都合がございましょうか?』
『教えてくだされば、なおします故』
一緒に過ごしているユキとヨルとハナが困り顔になって私を見ていた。西の女神だからと気遣ってくれているようだが、ナイの屋敷で過ごすように接して欲しいと願うのは酷なことだろうか。
人間の貴族やフソウの高貴な者たちの習慣はよく分からないから、なんとも言えなかった。ただ単に私は考え事をしていただけだから、伝えておかなければあとで大変なことになるかもしれない。だから私は先程まで考えていたことを言葉にする。
「ナイとジークフリードはオンセンで仲良くしているか……心配」
正座をしている私の膝にはクロがちょこんと乗っており、声に首を傾げている。ヴァナルはユキたちの横で毛玉の面倒を見ていた。卵から孵ったばかりの二頭の竜はクレイグとサフィールに懐いているからフソウにはきていない。
アズは私の膝には乗らないまま、横で首を傾げてなにか言いたそうにしていた。でもアズは言葉を操れない。力を使ってアズの気持ちを読むことはできるけれど、あまりやりたくなかった。ごめんねとアズの首の下を撫でてやれば、気持ち良さそうにか細く一鳴きしている。クロは良かったねと目を細めると、ユキたちがくすくすと笑っていた。
『ナイさんとジークフリードさんであれば、問題なくお過ごしなされているかと』
『温泉で裸の付き合いをしていることでしょう』
『わたくしたちはナイさんとジークフリードさんの子を早く見たいですねえ』
ふふふと笑うユキとヨルとハナは機嫌が良さそうに尻尾を振っている。ナイとジークフリードは上手くやっているのか心配だけれど、南の妹にはあまり干渉するなとも言われた。私が干渉して二人の仲が悪くなることもあるだろうと。本当は二人と一緒にオンセンに泊まりたかったが、妹の言葉で一緒に行きたいという言葉は飲み込んでいた。
『ミカドとナガノブにはお世話になるねえ。なにかお礼をしたいけれど、ボクが用意できるものでなにが良いかなあ?』
私の膝の上でクロがこてんこてんと首を傾げて、なにが良いかなあと考えている。ずっとずっと昔、大きな白銀の竜だった頃の面影は全くないけれど、こういう優しいところや気遣いはきちんと残っていた。アズに伸ばしていた手を今度はクロに伸ばして顎の下を撫でるとこてんと身体を横たわらせた。気持ち良いのかなと私が続けていると、ユキたちは横に振っていた尻尾を縦に振って畳を叩く。
『クロさまもお気になさらず』
『ええ。女神さまが屋敷と城に泊まったという事実だけで十分ですもの』
『彼らの治世を盤石にさせるものとなりましょう』
どうやらそういうものらしく、私たちがミカドの屋敷に泊ることとドエ城に泊ることは問題ないし、お金の心配も必要ないとのこと。そういえばナイの屋敷で過ごしているから、ただで過ごすわけにはいかないと働くことを申し出たのにいつの間にか仕事はなくなっていた。
ナイに言えば良いのだろうけれど、私が仕事について口にすると彼女は『側仕えとして控えてくださっているのでお気になさらず』と片眉を上げながら笑っていたけれど、それで良いのだろうか。母さんは自分の星で働き、お金を稼いで、好きなことをやっている。なら私もそうしなければいけない気がするのだ。父さんは島で飲んだくれているから参考にならない。
「よく分からない。タダより怖いものはないってナイが口にしていた」
むーと私が片眉を動かせば、クロとユキたちが苦笑いを浮かべる。本当に気にしなくて構わないとユキたちが口に出せば、南の妹が客室に戻ってきた。手にはトレイに乗ったヨウカンを乗せているから、誰かから貰ったのだろう。
「ま、あたしらは女神っつー事実は覆せねえからな。諦めろ、姉御」
末妹がそんなことを言いながら私の少し離れた位置にどかっと腰を下ろす。茶請けのお菓子がマンジュウだったため、末妹はヨウカンが欲しいと口にすると女の人が顔を真っ青にしてご用意しますと告げていた。
末妹はなにか察知したようで彼女と一緒にマカナイドコロまで向かい、欲しいヨウカンを選んできて戻ってきた。末妹は本当に黒い不思議なお菓子を好きだなと私が見つめていると『なんだよ』と声が返ってくる。
「なにも」
本当に末妹は良く食べる。ナイもよく食べるけれど、末妹は限界がないというか。止めないとひたすら食べているような。私も食べるけれど、小柄な末妹のどこに食べたものが収まっているのか不思議だ。
いや、力を使えば当然、際限なく食べることができる。けれど人間の身体を模している私たちはあとで反動がくる――コレも力でどうにかできる――のだ。
「マンジュウも美味しいのに」
「ヨウカンの方が美味えよ。好みだろうけどな」
私がマンジュウを口に運べば、末妹もヨウカンを口に運んで嚥下した。ユキたちが『お代わりはたくさんありますので』『お申し付けください』『直ぐ用意いたします』と口にする。
それは有難いと私と末妹は遠慮なくマンジュウとヨウカンを食べる。私たちが食べ過ぎていると、いつもナイが『他の方の分も考えてくださいね』とか『食べ過ぎると身体によくないですよ』と苦言を呈す。けれど今日は側にいなくて、私たちを止める人間がいない。たくさん食べるとミカドとナガノブが困るかなと、いい加減なところでマンジュウを食べる手を止めリョクチャを啜る。
「ナイとジークフリードはなにをしているのかな?」
ふと、私の頭の中にナイの姿が思い浮かんで、クロやユキたちに問いかけたことを末妹にも聞いていた。末妹はヨウカンを口に入れる寸前で手を止め、肩を竦めながらオンセンの方角へ顔を向ける。
「もう子供じゃねーんだ。よろしくやってるさ。あたしらが気を揉んでもしかたねーだろ」
やれやれと末妹は視線をこちらに戻して肩を竦めたあと、先程食べ損ねたヨウカンをひょいと口の中に入れた。美味いと目を細めたあと咀嚼した彼女は口を開く。
「それよりミカドのばあちゃんが晩飯は腕に縒りをかけて作るから期待してろって言ってたぞ」
末妹がそう教えてくれた。ミカドはフソウにおいて神官たちの長であるそうだ。私たちが女神だからミカドもマカナイドコロに立ってご飯を作ってくれるとのこと。ミカドが作った料理を食べるのは楽しみだ。誰かが私たちを思って作ってくれたのであれば、きっと美味しくなくても特別なものだから。
「本当? 楽しみだ。ナイに自慢できる」
私たちのためにミカドがご飯を作ってくれたとナイに伝えれば彼女は悔しがるかもしれない。四日後にナイに自慢しようと決めて、私たちは晩御飯の時間まで楽しく過ごすのだった。
◇
お風呂から出て部屋へと戻った私たちの目の前には豪華な料理が並んでいた。
小鉢がたくさんあって、酢の物やひじきに煮物やらが入っている。焼き魚は鮎のようで尻尾や鰭には飾り塩がたくさんついてた。お味噌汁はきのこが入っていて、ご飯はたきこみだった。他にも火鉢の上には水炊きの鍋が用意されており、ぐつぐつと良い音が鳴っている。匂いも景色もお腹を刺激する光景だし、フソウ食はザ・日本食で懐かしさも感じれた。
「凄く豪華!」
浴衣姿で座卓の前へと腰を下ろす。漬物もあるし、食べるのが楽しみだ。ジークは私の顔を見て苦笑いになりながら畳に腰を下ろした。
「凄いな」
きょろきょろと視線を動かしたジークは食べられるのか心配なようである。私はフソウのご飯に慣れているけれど、ジークは未知の物が多いのだろう。貧民街にいたから食べられるものであれば、なんでも食べる私たちであるものの、やはり慣れない品に対しては警戒心を抱く。
「苦手なものがあれば、私食べるよ。口付いてても気にしないし。二人しかいないしね」
私が笑いながら伝えるとジークは『ナイが食べたいだけだろう』と肩を竦める。そう言われればそうだけれど、フソウ独自のご飯はアルバトロス王国のご飯に慣れていれば、食べづらいのではなかろうか。納豆が提供されていないのが一番の救いかもしれない。フィーネさまがいれば凄く喜ぶし、みんなに勧めるのだろうと思い出し笑いをしそうになる。
「いただきます!」
「いただきます」
二人で手を合わせて食事に手を付ける。鮎は本当に久しぶりに食べるなあと、皮と身を一緒に解して口へと運んだ。お塩と皮目についた焦げと白身の味が口の中に広がって白ご飯が食べたくなる。
お椀を持ってお米を口に運べば、鮎の味がほんのりと甘い味が口の中に広がる。ジークは所謂三角食べに慣れず、一品ずつ食べようとしている。食べ方を強要するのは無粋だけれど、フソウのご飯を美味しく食べるコツだよと伝えれば、慣れない仕草で実践してくれた。
「同じ品を食べるより、教えて貰った食べ方の方がしっくりくるな」
「でしょ? でも、慣れないなら無理しなくて良いからね。誰も見ていないから、好きに食べて良いんだし」
ジークの分かったという声が聞こえ、私たちはゆっくりとご飯を食べ進める。きのこのお味噌汁も深い味わいだし、小鉢に入ったひじきも美味しい。お漬物の塩加減も絶妙だし、ちょこんとついていた梅干しは凄く酸っぱいけれど口の中をリセットしてくれる。ジークも梅干しを箸で摘まんで口に運べば、次第に表情が厳しくなっていく。
「凄い顔」
眉間を顰めるジークの顔は珍しく、イケメンが少しだけ残念になっている。
「エーリヒにオニギリには定番の具だと教えて貰ったが……まだ慣れないな」
「一口で食べるから」
私はジークの顰め面を眺めながら肩を竦めた。フソウの梅干しは前世で食べていたものより凄くしょっぱいから、一口で食べればそりゃ眉間に皺を寄せる羽目になる。用心していた私は梅干しは一口で食べていない。
「先に教えてくれ」
「ごめん、ごめん」
私が笑い返すとジークは仕方ないなという雰囲気をありありと醸し出していた。ふいに浴衣の襟から覗くジークの鎖骨に目が行って、少し見えている筋肉質な胸にも視線が止まる。三泊の内に良い雰囲気になれるかなと、今度は鍋へと手を伸ばすのだった。




