1699:ちゃんちゃん。
次の日。
ご飯をみんなで食べようと食堂へとやってきている。席にはヴァルトルーデさまとジルケさまとジークとリンとクレイグとサフィールが腰を下ろしていて、私が最後だったようである。
みんなに遅れてゴメンと謝れば、まだ時間前だと言ってくれた。私の手には篭があり、そこには竜の仔二頭がちょこんと鎮座している。ヴァルトルーデさまとジルケさまの気配を察知したのか、籠の縁から顔を見せていたのに隠れてしまっていた。
本当に女神さまが苦手のようだと私が肩を竦めると、ヴァルトルーデさまとジルケさまは微妙な表情となった。クレイグとサフィールは竜の仔二頭と初対面になると、私はお互いの紹介してみた。竜の仔二頭は声が頭の上から振ってくる形となり、なんとなく自分たちに話ているということは理解できているようである。下げていた首をちょこっと上げて、クレイグとサフィールをじっと見ていた。
「大分落ち着いたか?」
「大丈夫なの?」
クレイグがやっと孵ったと肩を竦め、サフィールが女神さま方を怖がっているけれど良いのかと首を傾げる。女神さま方が怖いのは慣れるしかないから、時間が解決してくれるはずと私が口にすると、竜の仔二頭が篭から急に飛び上った。
一体何事と食堂に集まった面子は驚いてしまうが、竜の仔たちは直ぐにクレイグとサフィールの肩に乗って鳴き声を何度も上げる。クレイグはどうしたら良いのかと身体を固くし、サフィールも困り顔を浮かべるものの竜の仔に手を差し伸べていた。私の肩の上にいるクロがこてんと首を傾げて、尻尾をてしてし私の背に打ち付けながら言葉を紡ぐ。
『クレイグとサフィールの側が良いみたい。気が合うのかなあ?』
クロの声にアズとネルも鳴き声を上げて、ご機嫌な様子である。緑と紫の竜の仔二頭もなにやらご機嫌そうになっていた。逆にヴァルトルーデさまはむうと顔を顰め、ジルケさまははあと息を吐く。
「怖くないのに……」
「仕方ねえよ、姉御。あたしらは女神だ。竜の仔はなにか感じ取っているんじゃねえのか」
少し不満そうなヴァルトルーデさまにジルケさまがフォローを入れた。女神さまから発せられる圧は凄いから、竜の仔といえども近づいてはならない存在と自然に感じ取ってしまっているのだろう。少しはマシになっていたけれど、まだまだ慣れるまで先は長そうだと私が苦笑いを浮かべるとクレイグが声を上げる。
「ナイ。これ、どうすりゃいいんだよ!」
クレイグは普段の声より音量を絞っていた。肩の上の竜の仔を驚かせてはいけないと考えたのだろうか。咄嗟にそう判断できるのであれば、十分竜の仔と過ごしても問題なく一緒にいることができるはずだ。
アズとネルも問題なくジークとリンの下で過ごしているし、ソフィーアさまとセレスティアさまに懐いた仔たちも、一緒にご実家へと戻っていて何事もなく過ごしているのだから。だから、クレイグとサフィールも竜の仔二頭と仲良く過ごせるはずである。
「竜の仔が一緒にいたいなら、良いんじゃないかな。一緒にいることに対して問題ないでしょ?」
私が疑問を投げれば、クレイグは微妙な表情になって黙り込んでしまった。緑色の竜の仔がクレイグの顔を覗き込んでこてんと首を傾げていた。クレイグは竜の仔に対してなにかいろいろと考えることがあるのだろうと私は次にサフィールを視線に捉える。
「サフィールは平気?」
「僕なんかが竜の仔を預かって良いのかな」
うーんと悩ましい顔になるサフィールだが、紫色の竜の仔は機嫌良さそうに彼の肩の上にいる。僕なんかがとサフィールが口にしたけれど、紫色の竜の仔が決めたのであれば一緒にいれば良いはずだ。どう答えようかなと考えていると、私より先にクロが言葉を紡いでくれる。
『肩に乗ったのは、その仔がサフィールに気を許している証拠だからねえ。迷惑じゃなければ一緒にいてあげて欲しいなあ』
クロの声掛けにサフィールは目を少し見開いたあと、小さく首を傾げた。また少ししてサフィールは紫色の竜の仔と視線を合わせる。
「そういうことなら……えっと、よろしくね」
『!』
サフィールが笑いながら手を伸ばすと、一生懸命に紫色の竜の仔は鼻先を擦り付けていた。クレイグが『サフィールが受け入れただと……』と呟けば、はあと大きく息を吐く。
「大した世話はできねーし、遊び相手にもなってやれねーけど……本当に俺で良いのか?」
クレイグが緑色の竜の仔と視線を合わせて問いかければ、ひときわ大きく一鳴きして顔を顔にぐしぐしと擦り付けた。
「力強ぇ……よろしく頼む。いろんなところ飛び回るだろうから、嫌になったら離れても良いからな」
そう言ったクレイグの背に緑色の竜の仔の尻尾が思いっきり叩きつけられた。結構いい音が鳴ったものの、クレイグはあまり気にした様子はない。
『そんなことしないよって。嫌がられなくて良かった~って二頭とも安心しているよ』
クロがそう教えてくれると、ご飯の用意ができたと給仕の方から声を掛けられる。少しヴァルトルーデさまは不満そうだが、いつも通りに食事を済ませていた。クロとアズとネルと竜の仔二頭も果物を食べて満足したようで、あとは部屋に戻って自由時間となる。
本当にいろいろあるなあと自室のベッドに飛び込めば、ばふんと跳ねて何度か身体が浮き沈みした。ユーリも順調に成長しているし、テオは警備部で頑張っているし、アンファンもユーリの下で侍女として学びながら日々を過ごしている。
私もアストライアー侯爵家当主として頑張って行こうと誓い、お風呂を済ませてジークとリンと夜の駄弁りを済ませたら寝る時間に迫っていた。リンが自室へ戻って行き、ジークは夜着で私の部屋へとやってきた。私はベッドの上でじーっとジークの顔を見ていれば、側に立っている彼が不思議そうに顔を傾げる。
「どうした?」
「……ジークと寝るのに慣れてきたけれど、リンと一緒に寝るのとは違う気恥しさがあるというか」
私はベッドに置いている大きなクッションを一つ取って両腕で抱きしめた。するとジークはベッドの端に腰を下ろして私の顔をじっと見る。身体を重ねているのだから今更恥ずかしがる必要もないけれど、やっぱり一緒に寝るのはちょっと緊張するというべきか。
でもまあ、お互いにその気にならなければ本当にただ一緒に寝ているだけである。他の夫婦がどのくらいのペースでいたしているのか分からないが、回数を増やした方が良いのだろうか。こういうことを聞くのは流石に憚れるかなと抱きしめたクッションにさらに力を入れた。するとジークは片眉を上げながら小さく笑う。
「妙なことを言っていないで、もう寝よう」
「ん」
そう言ったジークがベッドに身体を忍び込ませる。私はジークが余裕を持って寝られるようにと少し奥へと移動して、持っていた大きなクッションを元の位置に戻した。お互いにおやすみと声を掛ければ、一緒にいたクロとアズとヴァナルと雪さんと夜さんと華さんに、機嫌が直った毛玉ちゃんたちも挨拶をくれる。
気持ちは疲れていなかったけれど、執務で身体は疲れていたのか、私は一瞬にして眠りの世界へと向かう。そうして朝を迎えれば、リンと同じ抱きしめ方をしているジークに苦笑いを浮かべながら、私はベッドから身体を起こすのだった
今日もお互いに頑張ろうと声を掛けて、ジークは私の部屋を出て行った。
入れ違いにリンが顔を出して私の着替えを眺めている。なにが面白いのか分からないけれど、何故かリンは私の着替える姿を楽しそうに見ているなとふと思い返す。特に深い意味はなく、単に一緒にいる時間を増やしたいだけだろうと、リンと一緒に部屋を出て朝ご飯を済ませた。
クレイグとサフィールは緑色の竜の仔と紫色の竜の仔と一緒に寝たそうである。特に問題はないそうで、ちょこんと彼らの肩の上に乗る竜の仔は機嫌良さそうにしていた。ヴァルトルーデさまはちょっと不本意そうにしているけれど、ジルケさまに慰められてどうにか機嫌を戻している。食堂でみんなと別れ、執務をいつも通りに終えて昼食を摂り、ユーリと遊べば陽が沈み夜になっていた。
私の部屋にはリンとクロとヴァナルと雪さんたちと毛玉ちゃんたちがまったりしている。もう直ぐ夕ご飯だと笑っていれば、神妙な顔をしたジークが部屋へと入ってきた。私の前に立った背の高い彼は肩を竦めて言葉を紡ぐ。
「ナイ。不利益は受けていたぞ」
「なんのこと?」
ジークはなにを言っているのだろうと首を傾げると、もう忘れたのかと苦笑いを浮かべていた。なにかあったかなと私は過去の記憶を掘り漁る。
「もしかして、初日に助けた馬車の人のこと?」
私の声にジークが頷いた。私は不利益を受けていないから特に商人の方に対して行うことはなく、エーリヒさまとジークと商人の方の店がある領主さまに任せると言ったなと記憶が蘇る。けれど。
「不利益を受けていたっていうのは?」
どういうことだろうか。一日目の宿泊先である領地に入るなり、ご領主さまに謝り倒されたから特に気にしていなかった。とはいえ店の主人がなにかをしようとしたことは事実なのだろう。
エーリヒさまの領地に店舗がある風見鶏商会になにやらちょっかいを出したようだから。ジークの領地にも風見鶏商会の支店があるため、エーリヒさまと相談して動いている。ちゃんと話を聞いた方が良さそうだと私はベッドの端に腰を下ろしてジークを見上げる。
「ナイが馬から治療を施したことを悪評として流そうとしていた」
「よく突き止められたね」
流そうとしていたなら未遂で終わっているようだ。というか竜の方に雇ったならず者が捕まっているので、そこから芋づる式にバレたのだろう。もう少しジークの話を聞いた方が良いかと私は先をお願いする。
「子爵領の領主が必死になって噂の出所を探した、と言いたいところだが先手を打っておいたからな。功を奏した」
「でもまあ、私が店主の人より馬さんを優先させたのは事実だしね」
店の主人は私のことを侯爵閣下と呼んでいたけれど、治療の順番を問いかけられた際には聖女の名を出していた。根に持っていたのかと少し呆れてしまう。私の噂は子爵領の中で広まる前にご領主さまが真実を話してくれて収まったとか。
「店の主の処分はどうする?」
「アストライアー侯爵家に泥を塗られた形ですが、子爵領の領主さまとエーリヒさまとジークがきっちり裁いてくれるのであれば私の出番はないかと」
あとは陛下にも話が伝わるだろうから、正しく裁かれることになるだろう。治療の順番についての是非は問題視されるなら、教会から文句が飛んでくるはずだ。今だないということは、構わないと言われているようなものである。
馬車が脱輪していたことは、なにか大事になるきっかけかなと考えていたけれど特に問題なく終わって良かったと私は安堵の息を吐く。あとは任せられる方に任せてしまうのが良いだろうと、私はジークの報告に感謝を伝え、エーリヒさまと子爵領のご領主さまにもお疲れさまでしたの手紙を認めるのだった。




