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1696:【①】ちょっとしたトラブル。

 ナイさまから唐突に連絡がきた。


 手紙を読み解くに、王都からアストライアー侯爵領へと戻る際に出会って治療を施した人がなにか良からぬことを考えているとのこと。その手紙をフィーネさま……フィーネにも読んで貰えば『事が起こる前に察知されているなら三流ですよね』と割と手厳しいことを口にしている。俺はよからぬことに巻き込まれそうな店の主人へと手紙を出して、気を付けるようにと伝えたところである。そしてなにかあれば直ぐにベナンター子爵家に連絡するようにとも。

 

 「なにも起きなきゃ良いけれど……領地を跨いているから、少し手間が掛かってしまうな」


 王都にあるベナンター子爵家のタウンハウスでひとりごちれば、執務室に一緒にいる家宰が片眉を上げた。


 「自領であれば領主権限で拘束することもできますからね。相手がいる子爵領の領主に期待するしかありませんが、なにもしていないのに捕えれば悪評が立ってしまいます」


 さっくりと解決したいなら、事件を起こしてくれる方が手っ取り早い。けれど狙われている商店はベナンター子爵領では重宝されている店である。税金を納めるのが苦しいような財政状況ではなく、隣にあるジークフリードの領に新店を出すくらいには勢いがある店だ。

 調べて貰えば狙われている店は孤児を救い上げ店で働かせている。店主も孤児たちに慕われており周囲の評判も良い。それ故か、商売敵から目を付けられることもあるようだ。真っ当な店を何処とも知らない店の主に潰されたり、乗っ取られるわけにはいかないと俺が真っ当な店の主に手紙を出したのがつい先程である。


 急ぎだから飛竜便を使ったため、真っ当な店の主は驚いてしまうかもしれない。


 店は雑貨屋でなんでも売っていた。だからこそ子爵領の人たちに重宝されている。自然に淘汰されて潰れたというのであれば仕方ないと納得できるものの、違う領地からうちの領地に手を出した者に潰されるのはちょっと癪に障るというか。

 ナイさまのお陰で向こうの子爵領領主も知っていることだから大事にならないと信じたい。ジークフリードの領地にも支店があるから、彼も目を光らせてくれるとのこと。もし本当に動いたならば痛い目に遭って貰うしかないだろう。怪我を負い、治療の順番に文句を付けた店の主は運がないなと肩を竦めながら。


 ◇


 少々手に入れ辛い商品を融通して貰うため手紙を認めていれば、どたどたと階段を昇る音が聞こえ、しばらく後に血相を変えた子供が私の部屋の扉を開いた。ノックをしなさいと窘める前に彼は口を大きく開く。


 「ご店主さま! り、竜が、竜がお店の前に現れました!!」


 竜が現れたという言葉に少し驚くものの、街を襲うような竜であれば今頃壊滅しているだろうし、私はふと王都の例の店を思い出した。


 「落ち着きなさい。王都の飛竜便ではないのかな?」


 「た……確かめてきます!!」


 私の疑問に部屋を訪れた彼がはっとした顔になり、勢い良く身体を翻してまたどたどたと階段を降りていく。騒がしい子だと苦笑いを浮かべ、様子を見るために私も階下へと降りる。店に出れば中には客人が数名おられ、店前に降り立った竜に何事だと驚いている。店番をしていた子供たちも驚いているようで、どうすれば良いのか分からないようである。

 そして先程、二階に現れた子供が『ご店主さま! 飛竜便の竜でした!!』と窓から覗いて報告をくれた。ただ怖くて外に出て確かめる気はないようだ。私はそのようだねと言葉を紡いで、店の前にいる竜の前へと進み出る。


 『ここはエーリヒの領都で、一番おっきなお店だよね?』


 竜のお方は私が出るなりそう問うた。ベナンター子爵領のご領主さまのお名前は確かにエーリヒである。そして領都で一番大きな店は私のところだということも。


 「はい。ベナンター子爵領で一番大きい商店でございます。なんでも揃う、風見鶏商会へようこそいらっしゃいました」


 私が店の名前を告げると、竜のお方は『そうだった! そんな名前~』と口にする。少し不安になる言葉だが、きちんと手紙を届けてくれたのであれば文句はない。そうして竜のお方は首から下げている革製の鞄を前脚で器用に私の前に差し出した。中身は自分で取れないから、私に取って欲しいそうだ。それでは失礼してと鞄を開けて中を見れば、一通の手紙が入っていた。そして裏面を見ればベナンター子爵家の封蝋が施されてある。


 「ご領主さまから……何故……?」


 『エーリヒからだねえ。んっとねえ、手紙を読んでお返事があれば、僕が預かってエーリヒに届けることになっているの~』


 私の声に竜の方が顔を傾げつつ言葉を紡いだ。本当のことであれば、急いで手紙に目を通さなければいけないのだが、この場で開封するのは気が引ける。竜の方に大事な内容かもしれないので、部屋で読んでも良いかと問えば『いいよ~僕、待ってるから~急がなくて良いよ~』と答えてくれた。

 それならばと私は身体を翻して店の中へと戻った。すると心配そうな顔を浮かべる子供たちに囲まれる。私は大丈夫だと声を上げて、二階にある執務室へと戻り手紙を開けた。


 どうやら私の店に魔の手を伸ばそうとする者がいるようだ、という知らせだった。


 新しく開いた新店の主人に元孤児を置いたことが気に食わないようで、血縁者に任せないのであればウチが引き取ろうと邪な考えを持ったようだ。ふむ、と私は顎に手を当てて、ご領主さまに認める手紙の内容をざっと浮かべる。さて、質の高い紙はどこにあったかと私が顔を左右に向ければ、執務室を心配そうに覗いている子らが集まっていた。


 「心配はいらないよ。竜はなにもしてこないし、手紙の内容はウチの店をご領主さまが慮ってくださっただけだからね」


 ふふふと私が笑って見せれば子供たちがほっとしている。幼い子たちは今の私の言葉で安堵してくれたようだが、歳を重ねた子らは本当だろうかと疑っていた。彼らの態度は年相応だろうと私はご領主さまに向けた手紙を認めて、また店の前へと戻る。竜の方は少し暇そうにしながら、店の前で待ってくださっている。時間にして十分ほど待たせてしまったが、怒っているだろうか。私は少し不安を抱えつつ、竜の方の前に立てばこてんと首を傾げた。


 『手紙書けた~?』


 「はい、こちらに」


 竜の方は私の手元にある手紙に目をぱちくりさせて覗き込む。うーんとなにやら考え込んでから竜の方は口を開いた。


 『エーリヒにだよね?』


 どうやら文字が読めないため、確認のために私に聞いたようだ。ご領主さまは竜のお方に名前で呼ばれているから、仲が良いのだろうか。アストライアー侯爵閣下が亜人連合国の竜の方たちと懇意にされ、空を飛ぶ竜を見る機会が多くなっていた。

 こうして目の前に現れるのは初めてだが、ご領主さまのご成婚式にも竜のお方がきてくださり子爵領の空を飛んで祝ってくれている。その繋がりで目の前の竜の方とも仲が良いのかもしれないと私は確りと視線を合わせた。


 「はい。この地を賜るエーリヒ・ベナンター子爵さま宛てでございます」


 『じゃあ、預かるね~鞄に入れて欲しいなあ』


 目の前の方は竜だというのに随分と柔らかい言葉を使う。お陰で対等な存在か下の存在と錯覚してしまいそうだ。たしかに子爵領の空を飛んでいた竜の方に比べれば、目の前の竜の方は凄く小さい。小さいが、人間の言葉を操りこうして私と相対しているから理性のある立派な竜なのであろう。私が手紙を鞄に納めるところを見届けた竜の方は、二歩、三歩と後ろに下がって翼を広げた。


 『またね~!』


 そう声を上げた竜の方は空を飛びあがって、王都の方へと去って行く。すると店を任せている幼い子が私の下へと駆け寄った。


 「ご店主さま、竜がくるなんて凄いですね!」


 「あんなに近くで見れるなんて!」


 彼らの声に歳高の子たちは額に手を当てて『あちゃー』と気まずそうな顔になっていた。歳高の子たちは彼らを止めようとしたものの、間に合わなかったようである。私の下へと駆け寄った子はまだ十にも満たないから、仕事のことより好奇心の方が勝ったようだ。


 「興奮するのは良いが仕事があるだろう? 戻って務めを果たさないとね」


 私は片眉を上げ、二人を諭せばはっとした顔になり『ごめんなさい』と謝って店の中へと戻って行った。歳高の子らも私に下の子たちの面倒を見れず『ごめんなさい』と頭を下げる。

 今日は致し方ないことだろう。竜が現れるという大きなことが起こったのだから。しかし、まあ。私の店を狙う者が出てくるとは。とはいえタダでやられるようなことはしないと、子供たちに分からないように私は口の端を伸ばす。


 ご領主さまへの手紙には相手に手を出されて潰れるような我が店ではないことと、やられたなら、やり返しても構わないかという旨を記した。ご領主さまから許可が出たならば、商人らしいやり方で報復を試みるつもりだ。執務室へと戻って私は亡くなった妻が描かれた小さな絵姿の前に立つ。


 「店が大きくなった証拠だろうね。君なら、どういう手を打ったかな?」


 ふっと笑った私は相手が行動に出る前にいろいろと仕込んでおこうとまた手紙を認めるのであった。


 ◇


 ――ロウ男爵領・風見鶏商会支店。


 僕が新しく出した店をご店主さまから預かって暫くの時間が経っている。式を挙げる前にはご領主さまとアストライアー侯爵閣下が店にこられて、買い物をしてくださっていた。

 それからというもの、店には沢山の方が訪れて買い物をしてくださっている。忙しいけれど、在庫の管理や発注の仕事は自分の性に合っているようで楽しい日々を過ごしている。忙しくなっているから、本店で仕事をしている見習いの子を一人寄越すとご店主さまは仰ってくれたので、僕が店に立つ機会は減るかも知れない。でもまあ……歳を重ねてご店主さまから信頼を得た証なのだろう。でなければ本店の子供を支店に寄越すなんてご店主さまは口にしないはずだ。


 今日も今日とて風見鶏商会ロウ男爵支店は忙しく、お店の中で僕はお客さんの相手を務めている。会計を済ませたお客さんに笑顔を浮かべた僕は言葉を紡いだ。


 「ありがとうございました。また、お越しくださいませ」


 挨拶は大事なことだとご店主さまに教わったのは、僕が孤児院から風見鶏商会へと引き揚げられて直ぐのことだったはずである。孤児院で過ごしていれば、店に立つこともなく気ままに院の子たちと遊んでいたのにと僕は不貞腐れていた。そんな僕をご店主さまは見捨てず、根気よく接してくれていたと懐かしい記憶が蘇る。感傷に浸っている場合ではないと僕ははっとした時、視界の端によくないものが映った。


 「……領地の人じゃない、かな」


 窓の外、建物と建物の間に少し柄の悪い男の人が二人立ってウチの店を見ていた。時折、商売敵の人が店にやってきたりするけれど、ああした柄の悪い人がくるのは初めてではないだろうか。どうしたものかと僕は考え、一先ず店に手を出してこなければ良しとして、報告だけはご店主さまにしておこうと判断した。


 ――なにも起こらないよね。


 その言葉は店に入ってきたお客さんによって紡がれないまま、僕は接客へと向かうのだった。

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エーリヒ・ペンテナー子爵様 フィーネ様とイチャLoveし過ぎて脳みそわいてない? 普通の商家に 飛竜便送るなんて よく店員さん達対応したね 店員さん怒っていいよ! (◎-◎;)(-.-#)
2026/09/03 21:58 あかマント
更新お疲れ様です。 成程、先ずはロウ男爵領支店の方にちょっかい掛けてきましたかw 孤児が店主を任された支店なので、弱い所から攻める心算でしょうね。どうも相手は先代の頃から領主が気付かない間に幾つかの…
国王関係とか貴族領での寄親貴族が知ったら青い顔しそう
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