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1692:畏怖の対象。

 卵さんが孵るところを見守ること、数時間。


 無事に卵の殻を割って出てきた竜の仔は緑色と紫色の鱗を持っていた。よたよたと卵から這い出た竜の仔は暫くの時間を経て、目が開き、周囲を認識することができたようだ。きょろきょろと部屋の中を見渡すと、ぷるぷると震えだして置いている家具の隙間へ逃げ込んでしまっている。


 頭だけ隠して身体と尻尾は丸見えだから、隠れていると言えるのかは分からない。興味深そうに毛玉ちゃんたちが三頭近寄って、嗅ぎ取っているけれど怯えるばかりで竜の仔二頭は彼女たちに気付いていない。ジークとリンは無言で、ヴァルトルーデさまとジルケさまは『どうするの?』『どうしようもなくね?』と言いたげな表情になっていた。とりあえず私は竜のことならばと、定位置にいるクロへと顔を向けた。


 「無事に孵ったけれど」


 『すっごく怯えているねえ……どうしてだろう……』


 私の声にクロがうーんと唸っている。私の魔力と女神さまの力の影響を受けているから、強い個体の仔たちとなるそうだ。だからどうして二頭が怯えているのかクロもよく分からないとのこと。

 アズの時のようにブレスを吐いてもおかしくはないけれどねえ、と悠長にクロが教えてくれると、アズはジークの肩の上で微妙な表情を浮かべていた。


 『怖くないよ~出ておいでよ~』


 クロの声に竜の仔たちの震えが止まるけれど、家具と家具の間に頭を突っ込んだままだ。毛玉ちゃんたちも『あしょぼ?』『こわくにゃい!』『でてくりゅ!』と声を掛けたけれど、答えてくれそうにない。


 ヴァルトルーデさまが私に大丈夫なのかと言いたげな視線を向けてくるのだが、どう答えたものか。私は専門家ではないから答える知識を持ち得ていない。でも、なんとなくだけれど……状況に竜の仔が追いついていけないだけではないだろうか。今度はジルケさまが息を吐いて、竜の仔たちの下にしゃがみ込む。ぴくりと竜の仔二頭が尻尾を動かすけれど、それだけだった。ジルケさまは彼らの様子を見ながら、片手で頭を掻きながら言葉を紡ぐ。


 「にっちもさっちもいかねーなら、無理矢理引っ張り出すしかねえけど……今はまだ放っておいて良いんじゃねえか?」


 そのうち勝手に動き回るかもしれないと言葉を付け加えたジルケさまにヴァルトルーデさまが本当かなと言いたげな表情になっていた。ジークとリンと私もジルケさまと同じく放置が一番良いかなと考えて、とりあえず明日に備えて寝ようとなった。


 ヴァナルと雪さんと夜さんと華さんは竜の仔二頭を見守ってくれるそうで、なにかあれば叩き起こしてくれるとのこと。それは有難いとモフモフの身体を撫でまわした私はジークとヴァルトルーデさまとジルケさまを見送って、リンと一緒にベッドに潜り込む。クロとネルが一緒の篭に入ったところを見て、私が灯りを消すよと伝える前にリンの腕が身体に回って、強制的に顔を見合わせることになった。リンの顔を私が捉えれば、へらりと笑う。


 「ナイと一緒に寝るの久しぶり」


 「そうだね。忙しかったから」


 小さく笑うリンに私も笑い返せば、身体に回る腕に力が込められた。最近忙しかったし、ジークといろいろあったからリンと一緒に寝るのは本当に久しぶりである。


 「少し変わっちゃったかもしれないけれど……みんなと一緒にいられるのは幸せなことだよね、リン」


 本当に幼い頃の仲間内が今でも一緒に過ごしているなんて奇跡のような代物だろう。女神さまが屋敷で過ごしていることと同じレベルかもしれない。私がリンの頬に片手を当てれば、また身体に回っている腕に力が込められた。

 

 「うん」


 短く返ってきたリンの言葉に気が抜けた私は、そのまま眠りに落ちるのだった。ベランダで囀る鳥の声で目が覚める。ちょっと寝不足を感じながら目を開ければ、リンが隣で笑っている。きっと寝ぼけている私をリンは楽しんでいると踏んで私は声を上げた。


 「朝だ」


 「朝だね。おはよう、ナイ」


 リンが鸚鵡返しのように答えてくれ、小さく笑っていた。なにが楽しいのか分からないけれど、なにはともあれ挨拶をしなければとリンと視線を合わせる。


 「リン、おはよう。竜の仔たちは?」


 「あそこにいる」

 

 私が身体を起こすと、リンも一緒に起き上がり長い赤髪を手早く纏めていた。クロとネルも起きているようで篭から顔を出して私たちを見ている。竜の仔たちは家具の隙間から顔を出して、ヴァナルのお腹の所ですやすやと寝息を立てていた。ヴァナルは竜の仔たちを無下にできないようで、じっとしたままだ。そんなヴァナルを雪さんたちが愛おしそうに見つめ、毛玉ちゃんたちは器用にお腹を見せながら寝息を立てている。


 凄い光景だと私が苦笑いを浮かべると、籠の中のクロも小さく笑っていた。とりあえず出発前に朝ご飯を食べなければいけないけれど、呼び鈴を鳴らすには気が引ける。

 私とリンは抜き足差し足でベッドから降りて隣の部屋へと移動すれば、クロとネルも一緒に付いてきた。ふうと息を吐いた私は応接用の椅子へ腰を下ろす。こちらも自室だから、侍女の方を呼んでも問題あるまいと私は呼び鈴を控えめに鳴らした。


 今日の朝ご飯はなんだろうとリンと話していれば、ふと竜の仔たちのご飯をどうしようかと悩む。今までの仔たちは卵から孵ってしばらくはなにも食べずに過ごしていた。ある程度時間が経ってから、クロが食べている果物に興味を示して食べるようになっていたけれど……果たして今回はどうなるのだろうか。私とリンが首を傾げていると、クロが胸を張って答えてくれた。


 『ナイの魔力が満ちているからご飯は必要ないよ。一週間後くらいに食べたいって気持ちが湧くかもしれないねえ』


 クロが言うには私の周りには魔力が満ちているし、卵の頃に魔力を貯め込んでいるだろうとのこと。だから食事は必要ないし、食いしん坊な仔であれば一週間後くらいに果物とか好みの品を食べたくなるらしい。


 まあ、今回も孵った竜の仔たちの様子を見ながら一緒に過ごすしかないのだろう。亜人連合国からは卵から孵った仔たちの好きなようにさせて欲しいと言われている。もちろん悪さをすれば怒って良いし、手に負えなければ亜人連合国で預かると。

 竜の仔たちの話題を口にしていれば、侍女の方が部屋にやってきてくれた。今日はエッダさんではなく、タウンハウスで侍女を担っている方である。慣れないけれど、領主邸でもエッダさんではないこともあるから贅沢は言えない。

 

 しずしずと頭を下げる侍女の方におはようございますと挨拶をすれば、彼女も返礼をくれる。そうして、一緒に衣裳部屋へ移動すればずらりと並ぶ私の服に目が眩むのだった。


 「ご当主さま、介添え致します」

 

 「……よろしくお願いします」


 領主邸の衣装も随分と増えたけれど、タウンハウスの衣装部屋にある服も随分と増えているのではないだろうか。皆さまから衣装をたくさん頂くし、ソフィーアさまとセレスティアさまも私に似合うと衣装を買って――侯爵家の予算で――くれる。自分で服を買った記憶は遥か昔だなと目を細めて入れば、リンがひょこっと私の視界に入る。


 「私がナイの着る服を選んで良い?」


 「良いけれど……地味なものでお願いします」


 リンが選んでくれた方が私の選ぶ衣装より映えるのは確実だ。どうして私の衣装選びのセンスはあまりないのだろうか。他の方の衣装を選ぶ時は結構的確な物を選んでいるはずだが、自分が纏うものを選ぶとなればどこかがズレている。

 本当に不思議だなあとリンが選んでくれた衣装を纏って衣裳部屋を出れば、クロとネルが待っていてくれた。ちょこんと私たちの肩に乗った二頭は機嫌良さそうに尻尾を振っていた。


 そうして自室に戻ればヴァナルのお腹のところで寝ていた竜の仔たちが目覚めており、私たちの登場にこてんと首を傾げている。ヴァナルと雪さんたちは竜の仔の下でちょこんと座って、様子を見てくれていたようだ。

 毛玉ちゃんたちはお腹を出していた体勢が疲れたのか普通に伏せて寝てたままである。私たちはヴァナルと雪さんたちと竜の仔たちにおはようと挨拶をした。するとヴァナルと雪さんたちからおはようと声が返ってきて、竜の仔二頭はなにか言っているけれど意味が分からないと言いたげにしていた。


 『今日は怖がっていないね。慣れたのかな?』


 クロの声にネルが嬉しそうに一鳴きして竜の仔の下へと飛んでいく。なにやら一生懸命にネルは卵から孵った竜の仔たちに声を掛けており、竜の仔たちも最初は警戒していたけれど少しずつ緊張を解いていき、仕舞には鼻先をくっつけて挨拶を交わしている。


 『ネルが怖くないよって説明してくれたねえ。仔たちも理解してくれたみたいだ』


 「そっか、良かった。ネルは良い仔だねえ」


 クロの声に私が目を細めていれば、リンがドヤと胸を張る。リンは胸を張らなくても立派なものがあるので羨ましいが、強調されると更に立派になっていた。竜の仔たちはネルに短い鳴き声を上げてなにかを訴えている。するとネルがこちらに身体を向けて、長めに一鳴きした。クロがこてんと首を傾げると、通訳をしてくれるのか口を開く。


 『女神さま方が怖かったみたいだよ』


 どうやら竜の仔たちが昨晩怯えていたのは、女神さまの雰囲気に当てられてのことだったようである。私たちは慣れてしまったけれど、竜の仔たちにとって初めてのことで脅威と捉えてしまったようだ。ネルが二柱さまは怖い方ではないと伝えたようだが、果たして竜の仔たちに伝わったのか。うーんと少し考えて私は口を開く。


 「ヴァルトルーデさまもジルケさまも力が強いだけで、優しい方たちだから怖くないよ。もう少し時間が経てば部屋にきてくれると思うけれど大丈夫かな?」


 私の声に竜の仔たちがまたこてんと首を傾げた。分かっているのか、いないのか。どっちか分からないけれど、ヴァルトルーデさまとジルケさまが部屋にきてくれれば分かるだろう。

 その前にジークが先にやってきて『おはよう』と挨拶をくれた。部屋にいるみんなも声を上げると、ジークは竜の仔たちが落ち着いていることに感心している。次に部屋へと顔を出したのは噂をしていた方々だった。おはようと声を上げる二柱さまに気付いた竜の仔たちは、また家具と家具の間に顔を突っ込んでしまう。

 

 ヴァルトルーデさまとジルケさまはまだ竜の仔たちは怯えたままなのかと口にするけれど、先程までヴァナルたちの側にいたことを伝えれば凄く怪訝な表情になった。


 「私たちが怖い……」


 「姉御。力、抑えられていねーのな」


 ヴァルトルーデさまはショックを受け、ジルケさまは姉神さまを揶揄う言葉を放つ。そして何故か私の指輪を一つヴァルトルーデさまが身に付けて『これで怖くない』と胸を張った。どうして皆さま立派なものがあるのでしょうと世界の不条理に私が嘆いていると、竜の仔たちが家具の隙間から顔を出す。こっちへおいでと口にしたヴァルトルーデさまであるが、竜の仔たちは固まったままであった。


 「……怖くないのに」


 「自覚ねえのな」

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― 新着の感想 ―
竜の仔が怯えているのは 女神様 ナイ様 ケルベロス フェンリル 竜達に囲まれて怖がっていると 皆さま 神力や魔力が半端なく多いの忘れてますよね ☆ナイ様は リンちゃんと同衾 以前リンちゃんサバおりかま…
2026/08/30 23:42 あかマント
更新お疲れ様です。 今度は緑色と紫色の竜麟を持つ幼竜様ですか (^^ゞ 無事に卵から孵ったと思ったら、プルプル怯えて家具の隙間に逃げ込んじゃった幼竜ちゃん達ですが、翌朝にはまだ少し怯えていたものの、…
同居してからだいぶ年月が経ってますのですっかり忘れてましたが、女神様が2柱も側に居たら新生の緑の仔と紫の仔のように抗えざる怯えを感じるのが正常ですよねw……とにかく同じ生物とは言えない神格化wの存在と…
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